戦時中の日系米国人収容を謝罪したバイデン大統領の真意
急増するアジア系へのヘイト犯罪と見えない出口

  • 2021/3/5

 イデオロギーや人種による社会の分断が深刻化する米国で、アジア系移民、特に高齢者や女性などの弱者や、アジア系米国人への暴力や憎悪犯罪の増加が報告されている。容疑者や加害者の多くは若い黒人男性などの非白人で、「ほとんどのヘイト犯罪はトランプ前大統領が煽った白人至上主義者の仕業だ」とする主要メディアや専門家の指摘では説明できないことが、問題を複雑にしている。
 そうした中、バイデン大統領は2月19日、第二次世界大戦中に約12万人の日系米国人や一世移民が各地の強制収容所に送られたことについて、これまでの米政府の公式謝罪を「改めて確認する」との声明を発表。「ブラックライブズマター(BLM)」運動に次ぎ、アジア系に対するヘイトも争点として浮上している。

冷害に見舞われたテキサスで州兵に話しかけるバイデン大統領 ©大統領ツイッターより

全米で相次ぐ脅迫や襲撃事件

 2020年春に米国を襲った大規模なコロナ禍により多くの人が失業や減収に見舞われる中、アジア系の外国人やアジア系米国人への脅迫や襲撃が全土で相次いでいる。
 東部では、2020年3月にニューヨーク市で、韓国人女性(23)が知り合いの女性に「お前のマスクはどこだ、このアジア人のビッチめ」と言われ、顔面を殴られた。翌4月には、同市ブルックリンでごみを出していた中国人女性(39)が何らかの強酸性の腐食物質をかけられ、顔面、首、肩、背中に重度のやけどを負った。7月には、中国人移民の女性(89)がブルックリンで13歳の少年2人に襲われ、顔面を殴られた上に着衣に火を付けられ、軽傷を負った。
 2021年に入ってからも犯罪は続き、1月にはニューヨーク市で地下鉄に乗っていたフィリピン系米国人のノエル・クインタナ氏(61)が、20~30代とみられる黒人男性(未逮捕)に、突然、カッターナイフで顔を切り付けられ、100針を縫う大けがをした。翌2月には、同市クイーンズ地区で中国人女性のリーリー・チン=ヤン氏(52)が白人のパトリック・マティオ容疑者(47)によって歩道に顔面を叩きつけられて気絶し、数針縫うけがをした。さらに同月、アジア人男性(36)が市内マンハッタン地区の連邦裁判所前で「目つきが気に食わない」との理由から中東系のサルマン・ムフリヒ容疑者(23)に刃渡り20センチのナイフで刺され、腎臓に達する重傷を負った。

バイデン氏が国民に団結を呼びかけるスローガン ©大統領フェイスブックより

 一方、西部でも、サンフランシスコ市で今年1月にタイ人移民のビチャ・ラタナパクディ氏(享年84)が朝の散歩中に黒人のアントワン・ワトソン容疑者(19)に突然タックルされ、頭を歩道に叩きつけられて死亡するという痛ましい事件が起こったほか、近郊オークランド市の中華街では、高齢男性(91)が黒人青年ヤヒヤ・ムスリム容疑者(28)に背中を押されて歩道に顔を打ち付け、負傷した。翌2月には、ロサンゼルス市の韓国人街において、韓国系米国人で空軍退役軍人のデニー・キム氏(27)が30代と見られるヒスパニック系の男2人に殴打されて鼻の骨を折った。彼らはキム氏に対し、「中国ウイルス持ちは中国に帰れ」と暴言を吐した上、「殺すぞ」と脅したという。2月25日には、市内の東本願寺別院が放火され、灯篭が破壊されたばかりだ。

加害者の多くは黒人やヒスパニック系男性

 これらは、氷山の一角だ。アジア系住民に対するヘイト犯罪を集計しているNPO団体「ストップ・アジア太平洋諸島系住民に対するヘイト犯罪」によれば、2020年3月から12月の間に報告されたコロナ関連のヘイト暴力や脅し、差別行為は少なくとも2800件に上り、被害者の多くが高齢者だという。また、米国をはじめ世界の人々の問題意識に関する情報を調査するシンクタンクのピュー研究所は、「アジア系米国人の58%がコロナ禍により差別が増加したと感じている」との結果を明らかにしている。
 アジア系米国人を困惑させているのが、こうした暴力犯罪の容疑者あるいは加害者の多くが若い黒人やヒスパニック系男性であることだ。カリフォルニア州を拠点に活動するジャーナリストのアンドリュー・ワン氏は、ワシントン・ポスト紙の2月23日付紙面に「黒人を犯罪者扱いしたくないと考えるアジア系米国人もいるが、黒人の暴力行為に関する記事や動画をソーシャルメディアで拡散し、BLMは偽善的だと非難している者も多い」との分析を寄稿し、アジア系米国人の間で黒人への反感が高まっていることを認めた。

ロサンゼルス暴動の犠牲者を追悼するために、暴動から25年目の2017年4月29日にロサンゼルスの街を行進する参加者ら ©ロイター/アフロ

 こうした状況を見ていて思い出されることがある。「韓国人移民は黒人地区で商売して得た利益を還元せず、長きにわたり抑圧され、貧困に苦しんで来たわれわれを尻目に成功してゆく」と感じる黒人たちが韓国人の商店を襲撃した1992年のロサンゼルス暴動だ。ワン氏をはじめ、アジア系米国人リーダー層は一様に否定するが、筆者には、コロナを機に、黒人やヒスパニック系の人々の間で、当時と同じような恨みがアジア系に対して再び噴出しているように見える。米国社会では、建国以前から人種の分断がノーマル状態であったため、いくら「結束」の理想を掲げても、何か危機が起こればすぐにメッキがはげてしまう。

2019年12月から2021年1月の黒人の失業率の推移。全米平均よりも常に数ポイント高い(出典: 米労働省労働統計局)

 この背景には、民主党首長が中心になって各地で推し進めた都市封鎖(ロックダウン)政策によって、サービス業の従事者が多い黒人やヒスパニック系の方が、リモートワークが可能なホワイトカラー職種の従事者が多い白人やアジア系に比べて失業率や減収率の悪化が顕著だったことが挙げられよう。

声明の真意は戦略的なコマ

 こうした状況下でこのほどバイデン大統領(民主党)が発表した日系人への謝罪声明の再確認に関する文言は、1988年に当時のレーガン大統領(共和党)が署名した謝罪・補償法案や声明とは興味深い違いがある。
 差別をはね返すために大戦末期の欧州戦線で勇敢に戦った二世部隊(第442連隊戦闘団)にちなんで「下院法案第442号」と名付けられたこの法律は、「人種的偏見や戦時ヒステリー、戦時指導者の過ち」によって不正義が行われたとした上で、米議会が米国を代表して謝罪し、補償を行うという形式が採られていた。

第442連隊を閲兵するトルーマン大統領 ©米国立公文書館の公開写真

 これに対し、今回のバイデン大統領の声明では、この法律を再確認するとしながらも、強制収容の原因として「構造的人種主義、外国人恐怖症、移民排斥主義」を挙げている。今日のリベラル対保守のイデオロギー的対立において、民主党が共和党を非難する際に使う表現に言い換えられているのだ。まるで、トランプ前大統領が新型コロナウイルスを「中国ウイルス」と呼び、白人至上主義者たちのヘイト行為を容認する姿勢を見せたことが、急増するアジア系への犯罪行為につながっていると言わんばかりである。 

 そもそも、来年には強制収容80周年という節目を迎えるにも関わらず、なぜ今なのか。筆者の目には、今回の声明は、アジア系を暴力から保護するためというより、むしろ、接戦だった2020年の大統領選挙の後も続くリベラル対保守の政治的せめぎ合いにおける戦略的なコマであるように映る。その理由として、次のような筆者自身の経験を紹介したい。

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