映画『海辺の彼女たち』 技能実習生の今と未来
日本を目指す、日本に暮らすベトナムの若者たち

  • 2021/6/9

ホーチミン市の送り出し機関 

 筆者は、以前、技能実習候補生に2カ月ほど日本語を教えていた。1コマ90分、週2回。どんな人々がどんな過程を経て、実習生として日本へ向かうのか、ジャーナリズム的な興味もさることながら、彼らが日本の言葉や文化を学び、日本で働くことを望んでくれていることが単純に嬉しかった。

埼玉での技能実習に向けて、ハノイのノイバイ空港を出発する40人の実習生たち (c) 送り出し機関の情報サイトから転載 (https://japan.net.vn/ngheo-ngao-tien-bay-40-thuc-tap-sinh-ra-san-bay-sang-nhat-lam-viec-lhm-3244.htm)

 レッスンは、日本以外では、韓国や台湾向けに労働輸出を行う送り出し機関が行っている。ホーチミン市の空の玄関口、タンソンニャット空港に近い5階建てのビルは、事務所や教室のほか、半分は寮として使われていた。学んでいたのは大半が20歳代前半の若者で、北部や中部、メコンデルタの地方出身者が多い。筆者の担当クラスは日本語を習い始めて3カ月ぐらいのレベルだと聞いていたが、中にはすでに実習生として日本で暮らした経験のある30歳代の男性や、姉が元実習生の若者など、「経験値や志が高い」候補生もいた。もちろん、授業中に後ろの席で居眠りをしたり、指示に従わなかったりと「座学が得意でない」子たちもいたが、基本的な挨拶や会話表現をはじめ、日本で困った時にはどうするのかや、お金の数え方など、生活の不安が少しでも和らぐように心を砕いたつもりだ。
 彼らは3カ月~半年かけて日本語や文化習慣を学んだ後、機関によっては職業訓練を受け、適性検査をパスして日本を目指す。筆者が一時帰国する際に利用する福岡行きの直行便でも、しばしば彼らと乗り合わせる。おそろいのシャツに帽子をかぶり、緊張した表情で飛行機を降りる一団を見かけるたびに、実習先の生活が実り多きものになることを願わずにはいられない。

大勢の家族や友人に見送られ、日本へ向けて出発する技能実習生たち (c) 送り出し機関の情報サイトから転載(http://www.gmas.com.vn/tin-tuc-va-su-kien/hinh-anh-tien-thuc-tap-sinh-nhat-ban-xuat-canh-thang-06-09-2016)

実習生を受け入れる大阪の建設会社
  「ベトナム人の技能実習生を雇えないかと考えている」。大阪在住の友人からそんな連絡をもらったのは、2016年のことだった。道路舗装などを手掛ける建設会社の専務取締役を務める橋美佐緒さんは、慢性的な人材不足が続く現場に悩んでいたという。橋さんは、仲介業者に任せきりにはせず、自分でもベトナムに数回、足を運んだ。もともとアジア各国への旅行経験が豊富で、文化や習慣への理解も深い橋さんが採用したのは、北部出身のタイさんとドアンさんだ。首都ハノイから離れた山奥に暮らす両親や祖父母らに向かい「息子さんをお預かりします。日本の”お母さん”やと思ってほしい」と伝えたのは、技能実習生を受け入れる上で、信用してもらうことが第一歩だと考えたからだった。
 建設現場は体力仕事で、先輩や職人の指導も時には厳しいが、タイさんも、そして以前はかなり”やんちゃ”だったというドアンさんも、社外の人や受入れ組合に「上手く行き過ぎている」と驚かれるほど真面目に働いている。

橋さんの下で働くタイさん(27歳、左)と、ドアンさん(23歳)(橋さん提供)

 だからこそ心を砕いているのが、「給料の保証」と「信頼関係」だ。給料については、悪天候で現場が休みになっても月間21日の勤務日数をベースに計算し、収入の安定を図る。信頼については、厳しく指導する代わりに大事な時にはしっかりフォローすることを心掛ける。

 「時々みんなで食事して交流を図るのもコミュニケーションの一つ」と橋さん。こうした配慮が仕事の原動力につながってほしいとの期待もあるが、2人が喜んで家路につく姿を見るだけでも嬉しいという。

会社の忘年会で先輩と大好きな焼肉を囲む2人。職人さんは厳しいが時々ご馳走してくれるそうだ(橋さん提供)

 8月にはベトナムから新たに技能実習生を2人迎え入れる予定で、その準備にも余念がない。先輩2人と新入生2人が一緒に住めるよう新居への引越しも考えており、ご近所にも事前に挨拶に行った。通院に付き添わなければいけないなど、身の回りの世話は手間がかかる。「日本人を雇用した方が楽かもしれんけど、長続きするかどうか。うちの子らは毎日休まず、風邪引かず来てくれる。この業界は、それだけで80点」だと話す橋さんにとって、実習生の受け入れを決めた経営者が彼らを大切にするのは当然のことだ。「19や20歳の子たちやで。親戚の子が手伝いに来ているようなものよ。こっちがかわいがっていることを行動で示せば信頼関係が生まれ、よくやってくれる。今では、母(社長)が重いものを持っていたらすぐに飛んできて、持ってくれるんよ」「うちの子らな、育てるのは楽しいよ」と微笑んだ。

深まる制度と実情のズレ
 2人はまもなく実習生期間の満期である3年が過ぎようとしているが、あと1年は日本で働きたいと希望しているため、最大5年間の滞在や転職が可能な「特定技能」への切り替え手続きを進めている。
 法にのっとり雇い入れている橋さんにとって、『海辺の彼女たち』で描かれているように実習生を搾取する人たちがいることは許せない。実際、タイさんの友人の1人は、給料が少ないために逃亡し、入管へ行ったという。15時間の連続労働や給料の搾取はありえないことだとした上で、それでも橋さんは「逃げたら終わり」だと強調する。「実習生はお金を稼ぎに来ている。今の環境を改めるには、本人の努力も必要だ。双方の思惑がかみ合わなければいづらくなるため、お互いが直していかないと、好転しない」
 「実習生が来てくれてて助かる」という見解は、橋さんの周囲の経営者たちとは共通しているという。近年は実習生が選べる職種も広がり、特に大手の介護や工場の現場では、寮や福利厚生も整備が進んでいるのは良い傾向だが、その結果、建設業界が避けられるようになることを橋さんは懸念している。実際、日本人の採用に戻る企業もあるそうで、橋さんも「8月に迎える子たちが最後の実習生になるかも」という思いがよぎる。
 「うちの子らはしっかり働いてくれてる。ベトナムに帰って、もし上手くいかんかったら戻って来てくれていいし」。そう語る橋さんの前向きな姿勢と懐の深さは頼もしい。

ドアンさん(左)タイさん(右)は生活の様子をFacebookでベトナムの友人や家族に知らせている(橋さん提供)

 『海辺の彼女たち』に描かれている現実があることも、橋さんのような経営者がいることも、どちらもまぎれもない事実であり、日本各地で働く技能実習生たちの置かれている状況はさまざまだ。実習生制度自体や、受け入れ企業と実習生の間の齟齬など、見直されるべき余地も大きい。外国人労働力に支えられている今日の日本の姿を捉え直す意味でも、映画を通して身近な実習生の姿に目を向けていただきたい。

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