【歩く・見る・撮る】― 写真民俗誌/民族誌へのいざない ―
ミャンマー(ビルマ)から ⑭ <ナッ(精霊)信仰>

  • 2024/4/26

ミャンマーで国軍が与党・国民民主同盟(NLD)を率いるアウンサンスーチー氏らを拘束し、「軍が国家の全権を掌握した」と宣言してから3年以上が経過しました。この間、クーデターの動きを予測できなかった反省から、30年にわたり撮りためてきた約17万枚の写真と向き合い、「見えていなかったもの」や外国人取材者としての役割を自問し続けたフォトジャーナリストの宇田有三さんが、記録された人々の営みや街の姿からミャンマーの社会を思考する新たな挑戦を始めました。時空間を超えて歴史をひも解く連載の第14話です。

 ⑭<ナッ(精霊)信仰> 

 ミャンマー(ビルマ)は、人口(約5600万人)の約9割が上座部仏教を信仰する社会である。この国に数年間暮らし、あちこち歩き回って実感したのが、<表の上座部仏教>に対して<裏のナッ(精霊)信仰>や<ウエザー(超能力)信仰>が存在していることである。
 ミャンマー(ビルマ)における上座部仏教の話をする際、少しばかり注意を要する。というのも、名前に「仏教」とついているが、ミャンマーをはじめ、タイ、カンボジア、スリランカなどの国々は上座部仏教である一方、日本は大乗仏教であり、両者はやや別ものだからである。上座部仏教と大乗仏教の違いについては、インターネットなどで調べれば、仏教関係者や僧侶、宗教専門家がそれぞれの立場で解説しているページがたくさんあるので、そちらを参照いただきたい。
 もっとも、私がここで「注意を要する」と言ったのは、別の観点からである。それは、一般的に説明されているビルマ(ミャンマー)の上座部仏教とは、あくまでも多数派ビルマ民族(ミャンマー民族)の歴史的な解釈(説明)を前提としていることである。
 ビルマ(ミャンマー)における仏教は、歴史的に王権と強く結び付いている。そのため、一般社会にはおのずと支配者の解釈が広まってきた。外国人である私も、資料を読みながら、無意識のうちにビルマ民族にとって当たり前の解釈を受け入れているかもしれない。
 例えば、ラカインについて研究しているラカイン人専門家のエーチャン氏は、ビルマ(ミャンマー)おける上座部仏教について「ヤカイン人(ラカイン人)は、涅槃(救済)に至ることよりも、ドウッカ(苦)を減らすことを望む傾向がある。」(「ヤカイン世界」『ミャンマー概説』、メコン、2011年)と指摘している。同じことはシャン人についても言える。必ずしもひとくくりにはできないものの、シャン人による上座部仏教の解釈や実践もまた、厳密に言えばビルマ人のそれとは異なると聞く。
 さらに、もう一つ、気に留めておかなければならない点がある。それは、上座部仏教においては、《「言葉を唱える人」の中心である僧侶》(髙谷紀夫『ビルマの民族表象』法藏館、2008年)がその重要な担い手とされることである。確かに、経典を中心とする上座部仏教を理解するには、言葉の役割は必要であろう。だからこそ、言葉による説明や解釈に慣れた思考方法や表現が、はたしてビルマ(ミャンマー)におけるナッという精霊信仰の事象を的確に表しているのかどうか、少し立ち止まって考える必要があるのではないか、と思っている。

 <上座部仏教>を考える際、いつも前置きが長くなってしまう。それは、「そもそも上座部仏教とは何か」や「ミャンマー(ビルマ)において上座部仏教徒とはどんな存在か」など、奥深い議論が尽きないからである。また、それと同様に、「裏の信仰であるナッ」についても、誰が(ミャンマー人か、外国人か、多数派のビルマ〈ミャンマー〉人か、少数民族のシャン人か)、どこで(都市部か、農村部か)見るかによって、その説明や解釈が異なってくると思っている。
 しかし、今回の連載「歩く・見る・撮る」は、言葉で考えるのではなく、視覚で考えるということを主眼にしているため、ナッやウエザー信仰を文字で解説したり説明したりすることはまず横に置くことにして、これまで現地で撮影してきた「ナッ(精霊信仰)」関連の写真を並べるに留めることにしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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