映画『海辺の彼女たち』 技能実習生の今と未来
日本を目指す、日本に暮らすベトナムの若者たち

  • 2021/6/9

外国人が技能や知識の習得を目指す「技能実習制度」。この制度により来日した技能実習生は2020年に40万人を超え、いまや日本社会に不可欠な貴重な労働力となっている。他方、違法な労働条件が原因で失踪者の増加や犯罪などのトラブルも相次いでおり、彼らの置かれている社会的な環境に対する関心も高まりつつある。そんな中、2020年には技能実習生の半数を占めるベトナム人たちを描いた映画『海辺の彼女たち』が公開された。本稿では、日本で働く技能実習生の現状とこれからについて、同映画および筆者自身が見聞きした事例を通じて考えたい。

『海辺の彼女たち』より©️2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

藤元明緒監督が浮き彫りにするリアル

 2021年5月から全国で順次公開されている『海辺の彼女たち』が描くのは、ベトナム人技能実習生の女性3人の姿だ。公開前から”技能実習生問題に一石を投じる社会派作品”として関心が寄せられたが、脚本・監督・編集を手がけた藤元明緒監督によると、最初の着想はベトナム人技能実習生に的を絞ったものではなかったという。
 制作のきっかけは、農業に従事していたミャンマー人技能実習生から2016年に受けた1本の連絡だった。在日ミャンマー人のビザや生活相談に乗っていた監督とミャンマー出身の妻の下に、「不当な契約で困っている」とFacebook経由で相談が寄せられたのだ。然るべき機関に紹介してひと安心したのもつかの間、当の機関が適切な処置を怠り、その実習生は失踪してしまった。日常生活の中で”逃げざるを得なかった人”と出会った体験はあまりに衝撃的だったうえ、「もっといい方法があったのではないか」という心残りもあり、「いつか、その実習生の“その後”を描けたら」と考えるようになった。
 その実習生の話は、かつて留学生だった妻の体験とも重なるものだった。妻も、来日前に受けた説明とは異なる劣悪な住環境に耐えかね、スーツケース一つで逃げ出した経験があった。幸い妻は日本語が堪能だったため、その後、生活の改善を図ることができたが、実習生の話を聞いた監督は、「もしかしたら妻もどこかで失踪せざるを得なくなっていたかもしれない」と感じ、「制度への怒りより恐怖を感じた」という。「一歩間違えば、身近な人も同様の苦しみに遭うかもしれない」。そんな思いに駆られた頃から、ベトナム人技能実習生に関する事件を多く見聞きするようになった。

劇中の一場面。逃亡先の雪深い港町で魚の仕分けや漁具の清掃にあたる元実習生たち ©️2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

 時を同じくして妻が妊娠し、命への思いは更に深くなった。日本へ働きに来る人たちにも人間的な営みがあって当然であるにも関わらず、労働の道具として使い捨てられていく現状に矛盾を感じた。「存在意義を奪われるのはおかしい。人間的なものを失っていくことに想いを馳せたい」。このテーマで映画を撮らなければ、と初めて強く感じた瞬間だった。
 脚本をつくるために情報収集する中で、監督が重視したことは2つあった。
 まずは「手段」。実習生たちがどうやって失踪するのか、手引きの方法やシステム、行動を細かく把握した。そして「感情」。描写のほとんどは妻の聞き取りをベースにしている。”逃げざるを得なかった”経験のある妻との対話を通じ、日本に暮らす若い外国人女性が、起きてしまった問題に対峙せざるを得ない局面に立たされ、何らかの決断を下す時、その覚悟は決してないがしろにされたり責めを負わされたりするものではないことを痛感させられた。「だからこそ、冒頭は逃げるシーンから始める必然がありました」と、監督は振り返る。

劣悪な環境から逃れるため、北へ向かう”彼女たち”(左から アン、フォン、ニュー)©️2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

インビジブルな存在に光

 とはいえ、技能実習生という現在進行形の事象を柱とした作品を世に出すにあたり、藤元監督は「社会の闇に切り込む作り手」と見られることを危惧していた。「自分はジャーナリストではなく、人の感情や生活から滲み出てくるものをフィクションとして撮り、発表しているに過ぎない」からだ。監督は、日本で生きる1人としてこの現在進行形の事象にぶち当たり、制度や事件について自分なりの考えを持っている。とはいえ、「彼女たちは主義主張を伝えたくて演じているわけではない」からこそ、それを出演者の3人に背負わせることはしたくなかった。あくまでも「作品世界に生きる彼女たちをとらえ、彼女たちの生き様に集中すること」に専念したかったのだ。「この作品を観た人が、映画館の外に出て想いを馳せて行動し、能動的なハブになってくれたら」と、監督は期待を寄せる。
 そんな思いに応えるように、映画の感想が続々と寄せられている。ベトナム人技能実習生からも感想が届いた。「身分証がなくなったらどうなるのか想像できず、怖さを感じた」という、登場人物を反面教師と受け止めるような声もあれば、「これは私自身です」「私は発言できないので、表現してくれて感謝します」という声もある。「彼らは異国の地にあって声を出せず、光が当たらない状況にある。祖国に残してきた家族のために、何としても日本で生きていかねばという思いを登場人物と共有したのだろう」と監督は話す。

ある決断を迫られるフォン。苦悩と寒さに顔を歪めながら、雪の中を歩く。©️2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

 藤元監督の長編映画は、今作で2作目だ。日本に暮らすミャンマー人家族を描いた前作『僕の帰る場所』(2018)との共通点は、存在しているのに認知されず、目的地はあるのに承認されないという、「世界の中にある孤独感」だ。「両作品とも、インビジブルな存在に光を当てた。彷徨いながらも生きる人たちの姿に惹かれる」。
 そんな監督が今後、描きたいと思っているテーマは「無国籍者」だ。「世界の矛盾やひずみを映画として残したい。日本には外国籍の人々がたくさんおり、彼らを描くことがもっと普通になっていいはずだ。僕らがそのような作品を作って発信し続け、その背中を他の作家に見せていけば、”日本の中の多様性”への関心も高まるはず。相互理解はその先にある」。
 「映画を通じて”隣人たち”に出会ってほしい」という監督の思いは、作品の細部にまで込められている。

映画『海辺の彼女たち』のポスター©️2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

【作品紹介】

技能実習生として来日した若きベトナム人女性のアンとニューとフォンは、ある夜、搾取されていた職場から力を合わせて脱走を図る。新たな職を斡旋するブローカーを頼りに、たどり着いた場所は雪深い港町だった。やがては不法滞在となる身に不安が募るも、故郷にいる家族のためにも懸命に働き始める3人。しかし、安定した稼ぎ口を手に入れた矢先に、フォンが体調を壊し倒れてしまう。アンとニューは満足に仕事ができないフォンを心配し、身分証が無いままに病院に連れて行くが――

*日本各地の映画館で順次公開
詳しいスケジュールは公式ホームページで随時更新 https://theaters.jp/6367

撮影中、モニターをチェックする藤元明緒監督©️2020 E.x.N K.K. / ever rolling films

脚本/監督/編集:藤元明緒
1988年生、大阪府出身。ビジュアルアーツ専門学校大阪で映像制作を学ぶ。日本に住むあるミャンマー人家族の物語を描いた長編初監督作『僕の帰る場所』(18/日本=ミャンマー) が、第30回東京国際映画祭「アジアの未来」部門2冠など受賞を重ね、33の国際映画祭で上映される。長編二本目となる『海辺の彼女たち』(20/日本=ベトナム)が、国際的な登竜門として知られる第68回サンセバスチャン国際映画祭の新人監督部門に選出された。現在、アジアを中心に劇映画やドキュメンタリーなどの制作活動を行っている。

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