旧正月のベトナムに新型コロナの第三波が到来
”封じ込め優秀国”は市中感染の拡大で往来再開をどう進めるか
- 2021/4/3
ベトナムは、世界の中で新型コロナウイルスの感染拡大の封じ込めに成功している国の一つだ。ところが、旧正月を目前にした1月下旬、北部を中心に市中感染が発生し、ウイルスのしぶとさが改めて思い知らされている。幸い、大規模な感染拡大には至らなかったものの、休校や社会的隔離などの措置が国内各地で講じられた。3月末現在、国内で確認された感染者数は約2600人、死亡者数は35人に上っている。
「網の目」の対策すり抜けたウイルス
1月下旬、北部のハイズオン省で工場勤務の女性から陽性反応が確認された。その後の調べにより、彼女はベトナムから日本へ向かった女性と接触しており、当の渡航女性は日本到着後に英国型の変異種に感染していることが判明した。また、近隣のクアンニン省でも、海外からの到着便の拠点となっているバンドン空港で、空港職員の感染が判明。この日1日だけで、2つの省で82人の市中感染が確認された。
前日まで市中感染者ゼロが約2カ月間続いていたベトナムだが、2月初旬の旧正月を控えたタイミングでの市中感染に帰省や旅行を断念した人も多く、正月準備や旧正月中のイベントもあいついで縮小や中止を余儀なくされた。1月28日以降に確認された市中感染は、国内13の省・市で合わせて910人に上る。うち726人が、ハイズオン省で確認された。こうした事態を受け、前出のハイズオン省とクアンニン省はどちらも学校を休校にしたり、大規模なPCR検査を実施したりと対策に踏み切った。さらに、ハノイやホーチミンなどの都市部でも、旧正月の連休を前倒しにして休校措置に踏み切った上、旧正月の風物詩であるカウントダウン花火も中止となり、例年に比べるとかなり静かな新年のスタートとなった。
旧正月が明けた2月中旬、在住邦人の友人とのLINEグループにあるメッセージが送られてきた。首都ハノイで日本人男性が亡くなっているのが発見され、その後の検査でコロナの陽性が確認されたという内容だった。男性は約1カ月前にホーチミンから入国し、ホテルで2週間の隔離生活を終えた後でハノイへに移動し、2週間弱が経ったところだったという。日本を出発する時点や、ホーチミンに到着後、さらに隔離期間中の複数回の検査でも陰性だった。
筆者が受け取ったLINEメッセージは、男性がハノイで立ち寄った飲食店や病院の情報が時系列でまとめられ、「心当たりのある人はぜひ届け出てほしい」と呼びかけるものだった。読みながら、「なぜ?」という疑問が頭に浮かんできた。これだけの対策を取っていても、網の目に穴があったということだろうか。ベトナムの地元紙の論点も、そこにあるようだった。結果的には、その後、濃厚接触者2人の感染がさらに確認されたものの、それ以上の感染拡大は食い止められた。
この出来事は、新型コロナウイルスの手強さを改めて思い知らせるものだった。男性はホーチミンからハノイへ移動する間のどこかで感染したのではないか、と言われているが、感染源はいまだに明らかになっていない。
省ごとの社会的隔離を解除へ
上述のハイズオン省では、2月16日から、政府が定める中で最も厳しい社会的隔離措置が実施された。省内と近隣の行き来は厳しく制限され、幼稚園から高校まで休園・休校措置が取られたほか、バーやディスコなどの遊興施設は一斉に営業が停止された。
筆者が暮らすホーチミン市内も、休校措置と遊興施設の営業停止が2月いっぱい続いた。思い返せば、ちょうど1年前にコロナ禍が始まり、2月末から3月にかけてさまざまな施設が相次いで営業を停止し、4月1日からは”ソフトロックダウン”に突入。日常の買い物以外は外出を自粛する日々が1カ月間続いたのだった。
幸い、今年はどうやらそこまでは長引かないようで、ハイズオン省では、感染拡大の封じ込めに成功したとして4月1日に社会的隔離措置を解除した。これに先立ち、ホーチミンでは3月上旬より市内のバーやディスコの営業が再開されている。市中感染が確認されたハイズオン省やクアンニン省との往来が多いハノイでも、2月1日より営業停止に踏み切った結果、3月下旬まで市中感染が確認されておらず、営業が再開されているが、警戒は続いており、感染予防の徹底が呼びかけられている。
初動の速さと抑え込み
現在、ベトナムの感染状況はと言えば、空港検疫で1日に数件ほど入国者の感染が判明する程度だ。とはいえ、ひとたび市中感染が判明した時のベトナム政府の対応の速さには、毎度、舌を巻いている。
これまでにも紹介してきた通り、ベトナムにおけるコロナ対策の特徴は、「速さ」と「範囲の広さ」に加え、政府の方針に従う「市民の姿勢」の3点が挙げられる。この1年を振り返ると、昨年2月には、感染がまん延していた中国など諸外国とベトナムを結ぶ国際便の離発着をいち早く禁止したほか、市中感染が確認された地域や建物を広範囲で封鎖するといった措置も行われた。また、特に都市部では、ひとたび市中感染が明らかになると、早ければ1日のうちに休校措置が決定され、実施に移されるというスピード対応だ。飲食店も、朝、営業停止が決定され、同日夜から適用されることもあった。日本ならかなり強い反発が起きるだろうが、ベトナムでは、補助金や一時金の救済策がほとんどなくても、皆、政府や地元自治体の判断に従順に従う。人口9000万人を擁する国で、現時点の感染が2500人程度に抑えられているのは、ひとえにこうした政策実行力の強さと市民の我慢強さのおかげだと言えよう。さらに、空港検疫や、入国者の強制隔離措置も徹底している。
日本では、緊急事態宣言が解除され、早くも第4波を危惧する声が聞かれる。1日に確認される感染者数が日に10人いるかどうかの国の封じ込め策と、1000人を超える国を単純に比較することはできないものの、初動の対応のスピードや、その後1年間の対策の違いについて、両国の動きを興味深く見ているところだ。
話は逸れるが、今年の旧正月期間中は、感染が拡大していたこともあってカラオケが禁止され、名実ともに静かな新年を迎えることになった。週末や祝い事など、三人寄ればカラオケ大会(しかも大音量)が始まるのがお決まりのベトナムでカラオケの自粛を余儀なくされたことは非常に珍しい出来事だったようで、新聞コラムでも取り上げられた。カラオケの騒音に日夜泣かされていた筆者にとっては福音だった。
外国人観光客受け入れ問題
ベトナムでは、3月8日から都市部でワクチンの先行接種が始まった。2月下旬に約11万7000回分のアストラゼネカ製ワクチンを調達しているほか、今後、米国やロシアから輸入することも検討している。さらに、ベトナム国内でもワクチンの開発が進められている。先日、この開発ワクチンの治験に副首相が参加したことが大々的に報じられていた。この国産ワクチンは、順調にいけば今年7月、遅くとも9月には生産が開始される見込みだ。
国際的にもワクチンの接種が進む中、3月11日付の新聞記事を読んだ。ベトナム系米国人医師が、ベトナムに入国するにあたって強制隔離が免除されなかったという。医師は、米国を発つ前にワクチンを2回接種し、米国疾病予防管理センター(CDC)が発行する「新型コロナ接種記録カード」を保持していた。このカードを保持している米国民なら、米国に到着した時の隔離は免除されるそうだ。 しかし、ベトナムではまだこれに相当する「ワクチンパスポート」が認められていない。今回のことで、接種が先行している国々からの入国者をどう扱うべきかという課題が浮かび上がった。
現在、ベトナムでは1年以上、外国人観光客を受け入れていない。3月末に観光分野の専門家が集まる会合が開かれ、「ワクチンを接種した海外からの観光客を対象に、いくつかの地域に限定して試験的に受け入れを開始すべきではないか」との答申が出されたという。候補地の一つとして挙がっているのが、南部のリゾートアイランド、フーコックだ。ワクチンパスポートの議論とともに、大変興味深く行方を注視している。