今田哲史監督作品「迷子になった拳」
「地球上で最も危険」なミャンマーの格闘技に見た人間ドラマ
- 2021/3/29
通常の格闘技で禁じ手とされる技がほとんど許され、「地球上で最も危険」とも言われるミャンマーのラウェイ。拳はグローブをつけず、素手にバンテージを巻いただけ。レフェリーが勝敗を判定することもなく、裂傷を負い、血を流し、時に失神してさえ、長いタイムの間に復活すれば試合が続行される過酷なこの伝統格闘技に挑む日本人たちがいる。何度リンクに沈んでも、彼らはなぜ闘い続けるのか。傍らで支え続ける家族や、運営関係者らの思いとは。4年にわたる撮影と1年間の編集を経て、3月26日に公開されたドキュメンタリー映画「迷子になった拳」の今田哲史監督に、カメラを通して見えたことを聞いた。
対照的な2人の選手
映画は、早朝のヤンゴンの街をランニングする金子大輝選手と、ミャンマー人指導者ウィン・ジン・ウーウィン会長の姿から始まる。金子選手は体操選手の夢を諦め、格闘家を目指すも、連戦連敗する中でラウェイと出会い、ミャンマーのラウェイジムに弟子入りした。2017年12月に67Kg級でミャンマー人選手を破り、大会勝利者になった経歴の持ち主だ。
続いてカメラは、ジムで共にトレーニングに励むミャンマー人の兄弟弟子や対戦相手たち、厳しくもあたたかい母親、日本の支援者、大会運営関係者、そして、さまざまな日本人格闘家たちを淡々と映し出していく。特に、元総合格闘家で、30歳までに成功しなければ辞めることを条件にリングに復帰し、ラウェイに転じた渡慶次幸平選手の描写は厚く、金子選手と対照的な存在感を放つ。
しかし本作は、2人をはじめ、登場人物の誰かのヒーロー物語でもなければ、ラウェイが日本で爆発的な人気を博すというサクセスストーリでもない。むしろ、ヤンゴンでベルトを獲得して英雄的な存在になった金子選手が、後日、現地で恋愛のもつれから訴訟を起こされかけたことや(最終的には不起訴)、当時、日本に存在していた2つのラウェイ興行団体の間にあった確執すら、隠すことなく映し出す。一格闘技の枠を超え、文字通り、壁にぶつかり苦悩しながら自らの道を探し続ける「迷子」たちの人間ドラマだ。
「見たもの」に基づいてつくる
今田監督がラウェイと出会ったのは、偶然だった。2016年、10年にわたり所属していた映像制作会社を不景気から退職することになり、たまたま受けた取材で独立後の抱負について「長年ファンだったプロレスを撮りたい」と答えたのがプロデューサーの目に留まってオファーされたという。
金子選手のドキュメンタリーを撮ってほしいという当初の依頼の範囲を超えて撮影対象を広げようと判断したのは、長年の勘からだった。金子選手と2~3度会い、弱い部分もずるい部分も隠すことなくカメラの前で見せてくれる人柄に惹かれながらも、監督自身はどこか共感しきれない部分を感じたという。「ミャンマーという異国の、ラウェイという未知の格闘技を扱う以上、どこかに観客が共感したり、自分と重ね合わせて入り込んだりできる要素がないと、終始、他人事で終わってしまう。その意味で、カメラを回す僕自身が対象に共感できなければ非常に危ういと思った」と、今田監督は振り返る。
また、当時、日本にラウェイの興行組織が2団体存在していた以上、どちらかだけ撮影して過剰に評価したり、もう片方をおとしめたりしては作品として成立しないという、ドキュメンタリー作家として当然の思いもあった。
今田監督にとって、映画とは、あくまで自分が面白いと思って撮ったものを人様に見てもらうもの。「特定の選手のカッコよさを知ってもらおう」とか、「ラウェイの面白さを伝えたい」というメッセージありきでつくった時点で、その作品はドキュメンタリーではないと考えている。「僕が見たラウェイは、危険で過酷なルールの反面、試合の最後まで立っていれば両者とも勇者としてたたえられる神聖さもある。時にえぐく、時に美しく見えたので、そういう作品をつくりました」。淡々とした口調に、ドキュメンタリー作家としての矜持がのぞく。
「自分が見たものに基づいてつくる」ことに徹した結果、完成した作品は、撮影に協力した関係者が、一様に「こんなことがあったなんて知らなかった」と驚きの声を上げるほど、当時の出来事やそれぞれの心情がリアルに記録されたものになった。
終わりを見つける作業
映画に余計な味付けをしないという信念は、昔からだ。映画学校の卒業制作でハンセン病患者のドキュメンタリーを撮った時も、「ハンセン病の事実を伝えたい」といった目的やメッセージは一切載せず、ただ、目の前の療養施設の様子を見たまま撮影して作品にした。「差別の実態を糾弾したり、患者の苦境を訴えたりするためにつくる “運動のための映画”もあるが、僕はそういう表現方法は好きではありません」
そんな今田監督は、ドキュメンタリーとは「終わりを見つける作業」だと考えている。いくら頭の中で「このシーンはこういう場面で使うだろう」と事前に構成を考えて撮影に臨んでも、現実と突き合わせてみると、たいてい一気に崩され、組み立て直さなければならなくなる。組み立てては崩され、また組み立てる…。エンドレスに思えるこの作業は、「撮影者と被写体がどこかで何かを察知する瞬間」が来るまで続き、「よし、ここまでだ」という撮影の辞め時は自分で決める。本作の場合、2016年から続けていた撮影を切り上げたのは、2019年末のことだった。
モノローグを監督が自分で務めたのも、見たものを忠実に描くための工夫だった。スクリーンには、金子選手が怪しげな地下倉庫で腕自慢の男たちと次々に闘う「訓練」をはじめ、過激なシーンが多い上、登場人物も皆、一癖も二癖もある個性派ばかり。多くの人の日常からはあまりにかけ離れており、対象から距離を置いて淡々と映すだけでは、観客に「変な人たちが変なことをしている」としか見てもらえない恐れがあった。「だからこそ、会社を退職して揺れ動いていた僕自身が彼らを見て何を感じていたのかや、いつしか彼らに自分を投影するようになっていたことを明らかにすることで、観客をガイドしようと思いました」と、今田監督は振り返る。