ベトナムの都市交通はカオスからの脱却なるか
環境にやさしいスマートシティを目指して

  • 2022/4/5

 ベトナムの都市部は、朝夕のラッシュ時間のたびにバイクに乗用車、バスに貨物トラックが道路にひしめき合う。外国人観光客の目には、勢いがあり、エネルギッシュで刺激的に映るだろうこの風物詩は、交通インフラの脆弱さが原因であり、長い目で見れば、街の発展を妨げかねない。そこで近年、ハノイやホーチミンで整備が進められているのが、都市鉄道だ。さらに、電気バスやレンタル自転車などの活用といった、環境に配慮した新しい都市交通を導入する取り組みも始まったばかりだ。

ホーチミン市中心部・レロイ通りを走るバイク(筆者提供)

代名詞だった「バイクの大群」

 「道が混んでいたから」が、仕事や待ち合わせに遅れる理由としてまかり通ってしまうことが、ベトナムに暮らし始めた当時、筆者が驚いたことの一つだった。
 この国では、ほとんどの市民が交通手段としてバイクやタクシーを使っている。筆者も例外ではない。路線バスも走ってはいるが、時刻表はあってないようなもので、時間が読めない。さらに、これからの季節は、雨も憂鬱だ。整備が不十分な排水溝から水とゴミが道路にあふれるからだ。特に土地の低い川沿いの地域では、満潮の時刻と雨が重なると、目も当てられない。当然、通行は妨げられ、悪循環に陥る。
  特に、ハノイやホーチミンなどでは、通勤通学のラッシュ時間に道路がひどく混雑する。歩道に乗り上げて追い越しを図るバイクの猛者もいて、歩行者の安全がおびやかされている。
 都市部におけるバイクや車の数が増加の一途をたどる一方、道路の拡張や駐車場の整備といったハード面の改良は進まない。道路に依存した交通インフラからの脱却の必要性は近隣諸国の例からも明らかであり、都市交通の整備は、ベトナムの発展に不可欠だと言える。

サイゴン川沿いのトンドクタン通り。中心部と新副都心をつなぐ交通の要衝だ(筆者提供)

 実際に公共交通機関が整備されれば、市民はバイクに乗らなくなるだろうか。ベトナム人の友人に聞いてみると、「便利なら乗る」「安ければ乗る」という反応が多かったものの、それと同じぐらい「ドア・ツー・ドアに慣れているから、(公共交通機関は)面倒くさそう」という意見もあった。確かに、この国の子どもは、生後、まだ首も据わらない頃から抱っこされたままバイクに乗せられる。通園通学の送迎時にも、バイクの前や後ろに乗せられたまま器用に居眠りしたり、ご飯をほおばったりしている姿を見ることも珍しくない。バイクは、もはや身体の一部だと言っても過言ではない。
 駅やバス停が目的地に直結しているならまだしも、歩いたり乗り換えたりする必要があるなら、自分のバイクやバイクタクシーで手っ取り早く移動しようと考えるのは、ごく自然だろう。観光客の多いエリアなら歩道が整備されている一方、車道と歩道の境界がなかったり、舗装が粗かったりする場所も多いため、徒歩での移動はハードルが高い。
 そんな中、街の中心部でアクセスが良く、歩道も整備されていれば、公共交通の利用がどれぐらい伸びるのか。その試金石とも言える都市鉄道が2021年、首都ハノイで開通した。

ホーチミン中心部に繋がる道路は、今日も賑やかだ(筆者提供)

新線の計画が目白押しの首都ハノイ

  首都ハノイで2021年11月6日、「カットリン〜ハドン線」が開通した。中心部に近い商業エリアのドンダー区と市郊外のハドン区を23分で結ぶ、全長13キロ、12駅の都市鉄道だ。総工費は8億6800万ドルは中国の支援で、ローンの問題から延期を重ねながらも、中国系企業が10年かけて建設し、開業にこぎ着けた。運賃は、8000ドン(約40円)〜1万5000ドン(約75円)で、1カ月のフリーパスは20万ドン(約1000円)。開業から15日間は無料キャンペーンが実施されたことから、初月の乗客は約24万人に上り、開業2カ月で100万人を突破した。

 この中には、いわゆるご祝儀相場というか、物珍しさから乗ってみた市民も多かったと見られるが、実際に日々の移動手段として利用される可能性はどれぐらいあるのだろうか。

 11月末、大手オンラインメディア『VNエクスプレス』に、ある女性の声が掲載されていた。フオンさん(29歳)の場合、自宅の最寄駅であるカットリンと、勤務先の最寄駅まで約2km離れている上、そこからオフィスまでバイクタクシーを利用しなければならないという。鉄道の定期代に加え、バイクタクシーの往復が日に6万ドン(約300円)かかるため、通勤代が月に140万ドン(約7000円)になり、自宅から自分のバイクで通う場合のガソリン代の数倍になるという。仕事帰りにスーパーに寄って買い物をしたり、用事を済ませたりすることを考えても、自分のバイクで通勤する方が便利だというフォンさんは、「鉄道で通勤することはないかな」と話しているそうだ。

市街に複数の湖があるハノイ。車窓からの風景も楽しめそうだ。 (鉄道メディア Hanoi Train Confession 提供)

 おりしもコロナ禍の影響で休校やリモート勤務が拡大したことから、乗車率が10%前後にとどまる日もあったが、2月の旧正月以降は徐々に学校が再開され、ウィズコロナの生活様式が浸透するのに伴って、利用客は徐々に増えているという。鉄道とバスの乗り換えが促進され、現在、53の路線バスが駅と連結していたり、「パーク・アンド・ライド」がしやすくなるよう、ターミナル駅付近に駐車場を整備したりするといった施策が鉄道利用を後押しているという。

 メトロハノイのディレクター、トゥオン氏は新聞の取材に対し、「1路線が運行しているだけでは、利便性は十分とは言えない。今後、複数路線の開通が予定されており、ネットワーク化が進めば、利用客はさらに伸びると期待している」と話している。現在、ハノイ駅と郊外を結ぶ「メトロ3号線」の8.5km区間の建設が進んでおり、今年末の開通が見込まれている。2030年度までには、前述の2路線を含め、計9路線が運行する計画だ。

画像左上が建設中のハノイメトロの高架。 工事を迂回するバイクや車で混み合っている。(鉄道メディア Hanoi Train Confession 提供)

料金収受システムが課題のホーチミン

 一方、商業都市のホーチミンでも、都市鉄道の建設が進んでいる。背景には、急激な人口増がある。同市では、2019年までの10年間で人口が約180万人増加し、現在は900万人に上っているうえ、今後も増加が見込まれている。渋滞や排気ガスによる大気汚染も深刻で、都市鉄道の早急な整備が求められていた。
 計画されているのは全8路線。このうち、中心部1区のベンタイン市場と郊外のロンビン車庫を結ぶ1号線(全長19.7km)は、日本のODA(政府開発援助)によって計画・設計され、2012年に着工した。3つの地下駅と11の地上駅をつなぐ同路線は、都心部の2.5km区間が地下である上、隣接するビンタイン区との間はサイゴン川底を通るというルートで、日系企業のコンソーシアムによって大がかりな工事が進められている。
 そのため、区画整理や迂回路の建設も必要で、ここ数年は中心部を訪れるたびに通行ルートが変わっている印象を受ける。当初、2018年に竣工が見込まれていたが、用地収容や資金繰りの問題から2021年に延期され、その後、コロナの影響でさらに工期が延びた。現在、全体の9割近くが完成しており、2023年末に完工予定だという。

ベンタイン市場周辺では、「駅ナカ」施設を備えた地下通路が整備される予定だ(筆者提供)

 高架や駅の建設などハード面の工事が進み、日本から新車両も運ばれたと報じられる一方、問題になっているのが、自動料金収受(AFC)システムの不備だ。当初予定されていた2018年の運行開始を見込み、2010年に採用されたシステムで、普通乗車券、1日または3日間乗車券、およびプリペイド式メトロカードの3種類があるものの、いずれも購入は駅の窓口か自動券売機に限られ、現金払いのみ。プリペイドカードも互換性がなく、バスなど他の公共交通の支払いには使えない。

 しかし、ここ10年ほどの間に、ベトナムでは電子決済が驚くほど普及した。銀行のデビットカードやクレジットカードはもちろん、スマホによるQRコードやeウォレット、アプリでの支払いなど、その種類の多さや手軽さは、日本よりも進んでいると感じるほどだ。さらに、コロナ禍の2年の間に、非接触型の支払いも一気に広がった。

 メトロ1号線は、開業後3カ月で利用客が1日あたり6万8000人に達すると見込まれているが、実情に合わない改札システムでは、この明るい見通しも修正せざるを得ないだろう。社会情勢や利用者の行動様式の変化に応え、利便性と安全性を備えたソフトの見直しが求められるが、現行のシステムをアップグレードするためには、700万米ドル(約7億円)かかるという。

道路と高層住宅の間をぬうように通る都市鉄道の高架線路(筆者提供)

 なお、メトロ1号線の開業が持つ意味は、単なる交通手段のオプションの一つに留まらない。ホーチミンと地方都市を結ぶ大動脈の幹線道路、国道1号線(ハノイハイウェイ)に沿って建設されていることから、近年、沿線の不動産価値がどんどん高まっているのだ。駅が建設される地域では、特にその傾向が顕著で、新しい分譲住宅が次々に建設されている。
 経済にも多大な影響を与える都市鉄道。その力を目の当たりにする日々だ。

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