コロナ第二波を封じ込め正常化に向かうベトナム社会
国内経済の活性化が課題 菅新首相の訪越は起爆剤となるか
- 2020/10/6
「今日から2週間、わが家にお越しいただけないので、オンライン授業をお願いします」
7月下旬、家庭教師に伺っているお宅からそんな連絡が入った。中部ダナンの病院でクラスター感染が発生して、わずか数日後のことだった。事態が明らかになるやいなや、病院をはじめ、感染者の往来があったアパートや地区はことごとく封鎖され、翌々日にはダナンを発着する航空便やバスの往来もストップ。さらに、7月以降にダナンを発着した人々約1万人を対象に、健康調査や、必要に応じてPCR検査も行われる徹底ぶりだった。
対策の甲斐あってか、9月30日現在、ベトナム国内の感染者数は1094人で、回復者が1010人、死者は35人にとどまっている。8月中旬以降の新規感染は激減し、感染者はいずれも外国からの入国者のみ。市中感染も1カ月近く確認されておらず、隔離が徹底されていると言えよう。
クラスターが発生したダナンの徹底対策 情報開示は当たり前
冒頭の家族は、ダナンで4日間の滞在を楽しみ、航空便がストップする前日に運良くホーチミンへ発ったそうだが、ちょうどクラスター感染が明らかになったこともあり、予定を繰り上げてダナンから出ようとする人々が空港に殺到し、出発が1時間ほど遅れたという。ホーチミンに戻ってからも、アパートの管理会社からPCR検査を受けるよう要請され、結果は陰性だったにも関わらず2週間の自宅待機を余儀なくされた。本人たちは、第二波が起きた街に”たまたま居合わせた”だけで、市街地から離れたホテルで終日過ごし、人が密集する場所には出かけていなかったそうだが、それでもここまで徹底して足取りを辿られるのは、日本の感覚からすれば驚きだろう。
ベトナムでは、今年1月末に初めての感染例が確認されて以来、感染者には「BN0000」(BNとは、”患者”を意味するベトナム語「benh nhan」の略で、0000は通し番号)という識別IDが振られ、保健省のcovid-19専用ウェブサイトやメディア報道に用いられている。このウェブサイトでは、性別や年齢、国籍、居住地、治療の状況に関する情報がリストの形で公開され、報道各社も名前こそ公表しないものの、当人の行動履歴を詳細に報じている。日本では、感染が確認されると誹謗中傷を受けたり差別的な扱いをされたりして問題になったようだが、ベトナムでは、市中感染が分かると噂や憶測を呼ぶ前に当局が対応に動き、アパートや居住地域の路地への立ち入りが全面的に禁止される。私見ではあるが、こうした迅速な対応こそが住民に安心を与え、個人攻撃に至らなかった要因ではないかと思う。
もっとも、中国や韓国、日本などで急速に感染が拡大し始めた頃は、これらの国の人間だと分かると接触を避けるような態度を取られた人もいたという。その後、西洋人が集まるホーチミン市内のバーでクラスター感染が起きた際には、矛先が西洋人に向けられたと聞いており、ベトナムで誹謗中傷や差別が全くないとは残念ながら言い切れない。それでも、感染者の情報や行動履歴が開示されていることで、余計な詮索や噂の拡大が食い止められているのを感じる。
一党支配の強みか 政府の施策に素直に従う国民
冒頭の家族をはじめ、ダナンに滞在記録がある人々の管理や通知がここまで徹底したのには、理由がある。ベトナムでは今年4月以降、国内旅行に際して健康申告が義務付けられており、飛行機で移動する場合はそのルールが特に厳格化されているためだ。
具体的には、移動の数日前か、空港でチェックインする際、所定のQRコードなどで保健省の専用ウェブサイトにアクセスし、出発地、到着地、利用便名や座席番号を登録する。加えて、健康状態の申告を行う。入力を終えるとQRコードが発行され、それを元に航空会社側も情報を管理するという仕組みだ。万が一、同乗者の感染者が判明した場合は、乗客全員にすみやかに通知され、検査や隔離などの処置が取られるという。
さらに、今年4月にはベトナム独自の接触通知アプリ「Bluezone」の運用が開始され、7月末に第二波が確認されてからは、2カ月弱にわたって通信業者を通じて携帯電話利用者の画面にインストールを促すメッセージが表示されるようになった。9月22日時点で、全国民の約5分の1にあたる2290万人がインストール済みだという。
先日開かれた運用状況と今後の改良に向けた専門者会議では、8月上旬からの1カ月の間にBluezoneを通じて72人の感染者と濃厚接触者1920人を特定し、適切な指示を行ったという。バーやディスコが営業停止になったり、大規模集会が禁止されたりするのも、決定からわずか数日の間に実施されており、期間はすこぶる短い。日本ならブーイングが出るところだろうが、おしなべて皆、政府の方針に従っているのは、一党支配の強みと言える。あるいは、これまで経験したことのない規模のパンデミックに対し、これといって他に対策が見つからないため、従わざるを得ないのかもしれない。