トランプ米大統領のコロナ感染で明らかになった2つの事実
「世界の警察官」は健在も米国主導の秩序は終焉へ

  • 2020/10/15

 米国で新型コロナウイルスの感染増加が止まらない。感染者数は800万人に迫り、死者数も22万人に近づくなど、世界最悪の記録を更新中だ。10月初旬には、コロナ対策の不備を批判されるトランプ大統領その人も感染。一時は容態が悪化し、ホワイトハウスや担当医の「大本営発表」より深刻な状態だったことも明らかになった。その後、最先端のコロナ治療を受けて早期回復を果たし、選挙戦の終盤で「完全復活」を印象付けて票かせぎを狙う大統領が、今回、図らずも内外に示したのは、米国第一主義をはじめ、これまで掲げてきた内向きな孤立姿勢に相反し、「世界の警察官」としての米国の役割はいまだ健在だという事実だった。「慣性」とでも呼ぶべき米国主導秩序がコロナ禍でどう発揮されたのか、専門家の意見を基に、分析を試みる。

感染後、初めてフロリダ州の選挙キャンペーンに登壇したトランプ米大統領(2020年10月12日撮影)  (c) AFP/アフロ

ネコがいなくなればネズミは…

 「ネコがいなくなれば、ネズミは悪さをする」という言葉がある。「米国大統領が不在になれば、覇権拡張を目論む国々は途端に画策を始める」という、世界の安全保障上の「都市伝説」だ。しかし今回、トランプ大統領がコロナで政治から離れている間も挑発行為や世界秩序の変動を企てた国はなく、実際は何も起こらなかった。この事実を、どう解釈すべきだろうか。

 ハーバード大学で国際関係を教えるスティーブン・ウォルト教授は10月6日、外交評論サイト「フォーリン・ポリシー」に寄稿し、「ワシントン・ポスト紙をはじめ、主要メディアがトランプ大統領のコロナ感染によって米国の安全保障に新たな危機が生まれたと報じ、国民を不安に陥れた」との見方を示した。同教授は、こうした見方は、米国と敵対関係にある国や、トルコのように覇権拡大を狙う同盟国が、大統領の不在を形勢逆転の好機ととらえ、動き出すはずだという前提に立ったものだと主張する。その結果、一部の論客によって「中国が今にでも台湾への侵攻を実行するのではないか」「ロシアのプーチン大統領がバルト海で軍事行動を命じるのではないか」「北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が新型長距離ミサイルを試射するのではないか」「イランが米国に暗殺された精鋭コッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官の復讐に出るのではないか」との不安が煽られたというのだ。

 事実、ワシントン・ポスト紙のコラムニスト、デイビッド・イグナチウス氏は10月6日付コラムで、「米国が一時的であるにせよ弱体化していると考える世界の指導者たちが、非常に荒々しい方法で利益を追求しようとしている」「アゼルバイジャンとアルメニアの間で血生臭い戦闘が激化し、病気で“お休み中”のトランプ米大統領に代わってロシアのプーチン大統領が解決に乗り出そうとしている」「米国務省が在イラク米大使館の閉鎖準備を進める間にもイランの民兵がイラクの秩序を乱そうとしている」「中国は台湾を支配するために譲れない“レッドライン”を強化しつつある」などと述べている。

真の危機はパンデミック

 しかし、ウォルト教授は「反米の国々が想定外に暴走する可能性はゼロではない」と前置きした上で、「トランプ大統領が病に倒れたからといって、これらの国々が即座に事を起こすと考えるのは短絡的過ぎる」との見解を示す。

 その理由として同教授は、「米国の防御が弱くなった途端、覇権の拡大を狙う国々がパワーを全開にして襲い掛かって来るという考え方は、これらの国々にも準備や情勢判断の時間が必要だという事実を無視している」「ひとたびそうした行動に出れば、大統領が誰であれ、米国が反撃に出るだろうということも考慮していない」などと指摘。その上で、「確かにトランプ大統領は、理性的に判断を下し、有能な人材を起用し、規則に基づきうまく省庁間の連携を取っているとはとても言えない。しかし、責任感ある官僚が任務を遂行し、強大な軍隊と経済力をコントロールしているのは事実であり、大統領が数日入院した程度で政権がマヒすることはあり得ない」と言い切る。政権は大統領個人に依存しているのではなく、組織で回っているため、バックアップ体制があるという主張である。

 さらに、かのナポレオンが遺した「敵が間違いを犯しているのを止めてはならない」という格言を引用し、「トランプ大統領は誤った政策で米国を衰退に導いているため、中国もロシアも米国との戦争につながりかねない行動を自ら起こす必要がない」と述べている点も興味深い。つまり、自ら米国の力を弱めてくれるトランプ大統領が再選された方が、反米の国々にとっては中長期的に見て好ましいというわけだ。

 そんなウォルト教授が「もちろん米国の指導者が一時的とはいえ病気により政治を離れたのは好ましいことではなかった」と前置きした上で、「米国にとっての真の危機」として挙げるのは、人々の生活を健康や経済の面から脅かすパンデミックだ。「コロナ禍によって米国が中長期的に弱体化することこそ、米国に対する国際的な評価を下げる」と教授は警鐘を鳴らす。

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