インドネシアの伝統医薬品が起こす新たな風
1000年の歴史を誇る「ジャムウ」が日本に本格上陸

  • 2021/8/31

 インドネシアで1000年以上かけて自然素材から開発され、医療や美容など、人々の生活に深く浸透し、受け継がれてきた「ジャムウ」。同国では、ジャムウの認知度を高め、国際的に普及しようという動きがあるものの、いまだ十分な成果は上がっていない。そんな中、期待を集めているのが、かつて中国から漢方を輸入し、国内で発展・確立させてきた日本市場への展開だ。インドネシアにおけるジャムウの普及の歴史と、日本に注がれる熱い視線について、ジャムウ開発に詳しい筆者が解説する。

日本で手作りジャムウ出しているお店の伝統的ジャムウ          (c)筆者提供

美を求める女性たちが開発

 インドネシア発祥の伝統医薬品ジャムウは、根茎や木の皮、花、種子、葉、果実といった自然素材から開発された植物性の内服薬で、その起源は1300年前の古マタラム王国時代にさかのぼると言われる。ジャワ島の中央部に位置するリヤンガン考古遺跡には、当時、薬草から薬を作る習慣がすでに定着していた痕跡が見られる。
 より明らかな証拠は、9世紀に建立され、1991年に世界遺産にも指定された石造のボロブドゥール遺跡で目にすることができる。ボロブドゥール遺跡には、人間の一生を描いた彫刻が今なお残っており、植物などをすり潰してジャムウを調合し、健康と美容に効果のある医療を女性に施していると見られるレリーフが刻まれているのだ。また、ジャムウで配合される生薬の多くが、インドのアーユルヴェーダ医学で用いられるものと共通していることから、インドのアーユルヴェーダ医学がジャムウの起源ではないかという説もある。

ジャムウのアメリカ輸出向けパッケージには、ボロブドゥール遺跡の壁画の写真が使われている (c) 筆者提供

 インドネシアで1000年以上の年月をかけてさまざまな種類のジャムウが開発されてきた背景には、女性たちのたゆまぬ努力があった。一夫多妻制で、男性側から離婚を言い渡されることも許されていた当時、女性たちにとっては、パートナーとの性生活をいかに充実させて健康な子どもを産み、産後はどれだけ早く体系を戻して性生活に戻り、再び子どもを産むことができるかということが、非常に切実な問題だった。ジャムウの歴史とは、いつまでも若々しく、美しくい続けたいと願う古代の女性たちが、苦悩しながら、その方策を必死に探求してきた歴史そのものだと言える。
 実際に調合される生薬の種類や配合割合、効能は、長い年月をかけて、現在に伝わっているものへと変容してきた。その種類は、中国の漢方より多いと言われているが、中でも「クニットアッサム」(ウコン&タマリンド)は、子どもからお年寄りまで手軽に飲むことができるジャムウとして、インドネシア人なら誰でも知っていると言っても過言ではないほど、人々の生活に根付いている。

庶民からセレブまで愛飲

 ジャムウは、20世紀初頭までインドネシアの各家庭で手作りされ、受け継がれてきた。しかし、1949年にオランダとの独立戦争が終結した後、インドネシア政府がジャムウを民間薬から国民薬にしようと科学的な製法を導入し、製品の標準化を推進。その結果、1980年頃から大手企業が工場で大量生産するようになり、家庭で作られることは、ほぼなくなった。ジャムウを背中に担いで行商する「ジャムウゲンドン」と呼ばれる女性の姿を見かける機会も急速になくなる一方、ドリンク剤やカプセル、粉末など、さまざまな形状に加工されたジャムウが、スーパーマーケットや夜市の屋台などで手軽に購入できるようになった。いまや美容目的にとどまらず、産前産後などライフステージの節目で直面する女性特有の悩みを軽減して健康を促進する目的や、医療用の目的などにも用いられている。

ジャムウの3種類の認証マーク (c) 筆者提供

 1日あたり約2000ルピア(約15円)からと安価で、庶民層でも気軽に生活に取り入れることができるのも魅力だ。その一方で、たとえばジョコ・ウィドド大統領が毎日愛飲していることを公言しているように、ジャムウはセレブ層にも浸透している。年代や階層を問わず、ジャムウはインドネシア国民にとって非常に身近な伝統医薬品なのだ。
 大量生産されるようになったことでジャムウ市場も拡大し続けており、2019年には21.5兆ルピア(約1150億円)を記録した。2020年からは、世界的なコロナ禍の影響もあって国内外からジャムウの効能について注目が一層高まっており、売り上げは爆発的に伸びている。

「ジャムウモダン」の登場

ジャムウの市場は、インドネシア国内だけではない。ジャムウを国際的に普及し、輸出を促進するために、インドネシア政府は1981年、8つの生薬研究施設を開設した。その後、2013年にはジャムウを科学的に調査するために全国委員会を発足させ、研究を進めているほか、世界無形文化遺産として国際連合教育科学文化機関(UNESCO)に申請するなど、莫大なコストと時間を投じ、国を挙げてジャムウの振興に取り組んでいる。にも関わらず、いまだ十分に科学研究の成果が上がっているとは言えず、UNESCOへの登録も実現できていない。

インドネシア随一の老舗、シドムンチュル社のジャムウ製品。 売れ筋の「トラックアンギン」と「ククビマ」にはハラールマークがついている   (c) 筆者提供

 こうした中、インドネシア最大のジャムウメーカーで、創業90年の歴史を誇るシドムンチュル社をはじめ、大手企業が相次いでイスラム教の戒律に則って調理・製造された製品であることを示すハラール認証を取得し、新たな市場の獲得と拡大に向けて進化を始めたことは注目される。
 最近、ジャムウ業界に新たな風が吹き始めた。伝統医薬品という従来のイメージを一新するおしゃれなデザインのボトルが登場しているほか、洗練されたスタイルでジャムウを提供するカフェやレストランも次々にオープンしているのだ。「ジャムウモダン」と呼ばれるこの動きは急速に広がっており、ジャムウモダン関連で起業する若者も急増している。インドネシアで1000年以上の年月をかけて変容し、受け継がれてきたジャムウは、今後、さらに1000年の時間をかけ、人々のライフスタイルや時代に合わせて形を変えながら、息づいていくだろう。

ナリナル社のジャムウドリンク商品 (c) 筆者提供

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