トランプ米大統領のコロナ感染で明らかになった2つの事実
「世界の警察官」は健在も米国主導の秩序は終焉へ

  • 2020/10/15

内政のカギ握る指揮命令系統

 内向き外交を進める米国の存在感が否応なく縮小し、転換期を迎えている国際社会だが、米国主導の秩序に反対する者も、そうでない者も、まるで「慣性」のように従来の秩序に従い行動しており、簡単に崩壊することはなさそうだ。ネコがいなくなっても、ネズミがすぐに「悪さ」をするわけではない。

 しかし、大統領が最高指導者として職務を遂行できなくなった場合に誰が代行するか、明確にしておくことは重要だと指摘する識者もいる。国際関係を専門とするアメリカン大学のゴードン・アダムス教授は10月6日、アカデミック評論サイト「ザ・カンバセーション」に寄稿し、「米国政府の誰が決断を下し、米軍や米外交官、米諜報員に命令するかが明確になっていることは、米国人および世界の人々にとって非常に重要だ」と指摘した。

 1963年11月にケネディ大統領(当時)が暗殺され、米国社会が混乱に陥った経験を教訓にして1967年に制定された米国憲法修正第25条では、大統領の地位の継承について「副大統領→下院議長→上院議長代行→国務長官→財務長官→国防長官→司法長官→内務長官」の順で定められているが、実際にどのような場合に適用されるのか、条文のあいまいさが常に問題視されてきた。実際、1981年にレーガン大統領が狙撃され病院に搬送された際、ヘイグ国務長官(当時)が憲法上の規定順位を無視して「今や私が責任者だ」と宣言した逸話は有名である。

 アダムス教授は、「仮に大統領が職務遂行不能になっても、その影響は有能な官僚や軍人によってカバーされ得る」との見解を示した上で、「最終的に首脳陣の中で秩序が確保されていることが米国社会にとって何より大切だ」と主張する。誰がトップの座にあり、誰が誰に命令を下すかという指揮命令系統が混乱すると、軍人や外交官がどう行動すべきか分からなくなるためだ。だからこそ、「トランプ大統領が4年の任期中に人事の刷新を繰り返し、国防長官を3人、国務長官を2人も任命したことは問題だ」と、教授は語る。

新たな秩序を模索する時代へ

 2人の教授が主張するのは、「大統領が病に倒れても、有能な人材で固められた米軍や米政府はきちんと機能する」ということだ。つまり、今回、トランプ大統領が一時的とはいえコロナで重篤な状態になっていた間も、米国が世界に対して行使する影響力はすぐに弱体化することなく、結果的に見れば当面の心配はなかったと言えよう。

 反面、アダムス教授が指摘する通り、首脳陣の中で指揮命令系統が混乱すれば、米国は間違いなく中長期的に脆弱化するだろう。こうした認識は米国の識者の間では広く共有されてきた。米外交問題評議会が今年5月に発表した報告書『世界秩序の終わりと米外交政策』でも、ロバート・ブラックウィル研究員らが、「米国の外交政策は、国内の統治強化と米経済の競争力の維持から始まる」と論じている。「米国の内政が安定している限り、米国主導の世界秩序は揺るがない。その基盤の上に、隣国カナダやメキシコをはじめ、欧州など同盟国との関係を発展させ、国際機関に投資すべきだ」というのが、ブラックウィル研究員らの主張だ。

 長期的なトレンドとして、米国が主導する世界秩序がゆっくりと、しかし確実に終焉へと向かいつつあるのは既定路線だと言える。米国がリーダーシップを発揮しようにも、指揮命令系統の混乱によって国内が分断され、内政が一向に安定しないからだ。第二次世界大戦後、受け継がれてきた従来の秩序には、もはや永遠に戻るまい。そうした中、米国が自ら米国中心の秩序を破壊し、「新たな世界秩序」が模索される時代が、今後しばらく続くのではないだろうか。

 トランプ大統領が新型コロナに感染し、一時的に政治から離れた今回の騒動は、国のトップが職務遂行不能になっても世界に対する米国の強大な支配力は慣性のように機能し続けるという事実と、内政の混乱によりそのパワーが揺らぎ始めている事実を2つ同時に示した出来事であったように思われる。

 

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