アフガン撤退で問われる欧州の安全保障政策
独自の防衛体制の必要性が浮き彫りに

  • 2021/10/23

穴を埋めるのは誰か

 その一方で、たとえEUで独自の安全保障体制を築くことができたとしても、アメリカとの軍事同盟にはかなわないとの声もある。
 フランス軍は9月、サハラ砂漠周辺を侵略しようとしていたイスラム国リーダーのアドナン・アブ・ワリド・アル・サハラウィ容疑者の殺害に成功した。しかし、監視ドローンや軍事情報、後方支援のための巨大輸送機など、アメリカからの支援がなければ不可能だったと言われている。

フランス軍が9月17日に殺害したイスラム国リーダーのアドナン・アブ・ワリド・アル・サハラウィ容疑者 ©️ @ABC7NY/ Twitter

 また、アフガニスタンから民間人を退避させる際も、欧州はカブール空港を単独で警護することすらできなかった。あるEUの上級外交官は「フィナンシャル・タイムズ」の取材に答え、「アメリカは2つの空母グループを派遣して警護してくれた。欧州にはできないことだ」と振り返る。

 実際には、EUのNATO加盟国の兵力は約126万人で、米国の137万人と比べても、さほど劣らない。しかし、上述の通りEU間には連携体制がないため、大きな力が発揮しにくい。さらに、EUは2007年、各国の兵士から成る1500人規模の戦闘部隊を設置したが、いまだ戦闘現場に出たことがない上、大型輸送機も移動式防空システムもないため、単独で戦うことはできない。

 しかし、そのアメリカ側は安全保障の軸をアジアに移し、欧州防衛を以前ほど重視していない。実際、トランプ前大統領は欧米協調を軽視し、欧州最多の米軍基地を擁するドイツに防衛費の増大を求めたうえ、2020年夏には約4万人いた米兵のうち、1万2000人を撤退させた。北大西洋との関係重視を明言するバイデン大統領も、欧州に独自の防衛力強化を求める姿勢は変わらない。だからこそ、欧州自身がアメリカの穴を埋めなければならないのだ。 

有志部隊のアイデアも

 このように全体協調が難しい中、ドイツを中心に、まずはEUの一部の国で欧州独自の防衛軍を立ち上げる構想が生まれている。

 ドイツのアネグレット・クランプ=カレンバウアー国防相は、「必要な場合に独自に行動できるよう、有志の部隊を立ち上げて特殊部隊の合同演習を行ってはどうか」と提案した。オランダ、ポルトガル、フランスなども賛同している。しかし、参加国が一部であっても、EUの旗を掲げる以上は27カ国が全会一致で賛同する必要があり、どこまで現実的かは疑わしい。

 また、イギリスとの軍事連携を進めるアイデアもある。同国はEUから離脱しているが、強力な軍事力を有しており、9月に開かれたオランダのルッテ首相とイギリスのジョンソン首相との会談では、イギリスとEUの防衛協力強化を目指すという共通の意思が確認されたと言う。

 アメリカに依存し、横の調整を怠っていたために、同国抜きには十分な軍事力を発揮できない欧州。独自の体制強化は容易ではないが、議論は今後、進展するだろう。
 2022年前半にフランスがEUの輪番制議長国に就任するタイミングで、欧州防衛に関するサミットが開催される。マクロン大統領のリーダーシップで状況は変わるのだろうか。

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