自粛と不買が広がるプノンペン カンボジアとタイの武力衝突で
内戦後の歩みの停滞を懸念も、新たな文化表現の芽吹きに期待
- 2025/8/20
ゆるキャラ「ワッティー」に託す平和へのメッセージ
そこで、弊社は8月31日、団体声明を出すことにした。内容を検討するために、カンボジア人メンバーたちに現状への思いを尋ねると、想像以上にタイへの印象が悪化しているのを感じた。これまで公私でタイと交流した経験があるメンバーは、それでもなんとか公平さを保とうとしている様子が伝わってきたが、そうでないメンバーはタイへの嫌悪感を隠さなかった。特に、国境近くに実家があるメンバーは、「今日も爆発音が聞こえた」と親から連絡を受けたと言い、不安をあらわにしていた。なお、その村に避難指示は出されておらず、両親は今も実家で暮らしているという。
一方、新たな世界遺産に登録されたキリングフィールドやトゥールスレンの悲惨な記憶がいまだ癒えていないカンボジアでは、戦争は決して多くの市民が望むものではないはずだ。しかし、身近な存在の生活が脅かされたり、衝突の正当性を主張する国内メディアの報道に触れたりすることによって、タイに対する悪感情が強まるのは、ある程度、いたしかたないことかもしれない。
また、国際的にカンボジアのイメージが悪化していることに強い危機感や憤りを抱いている人も少なくない。メンバーの本音を深掘りし、SNSへの投稿を繰り返し眺めていると、根底には「一刻も早く現状が解決してほしい」という共通の思いと平和への願いがあると感じた。
そこで、弊社の声明では、これまでもさまざまな啓発アニメで社会課題について伝えてきたアンコールワットがモチーフのゆるキャラ「ワッティー」に、カンボジアに暮らす人々の思いを託すことにした。代弁者としてのワッティーを通じてソーシャルコンパスが伝えたかったのは、カンボジアの人々が決して戦争を望んでいないというメッセージだ。
カンボジアとタイの武力衝突を受け、ソーシャルコンパスの団体声明として制作したアニメ。ゆるキャラ「ワッティー」にカンボジアの人々の思いを託した(2025年8月31日公開)
その一方で、アートやデザインの仕事に携わる者として、筆者は今回の紛争をきっかけにカンボジアのナショナリズムが刺激され、それが文化的な盛り上がりにつながる可能性を感じているのも事実だ。
カンボジアは内戦終結後、西洋諸国をはじめ、日本やタイなど、他国の文化、音楽やファッション、デザインの影響を大きく受けてきた。
しかし、今回の出来事は、カンボジアにおいて「伝統文化とは何か」「カンボジアらしさとは何か」を改めて問い直す契機となり得ると思うからだ。
事実、プノンペンでは近年、そうした兆しが現れつつあった。今年4月には、カンボジア初の建築家であり、モダニズム建築とカンボジアの伝統文化を融合させた「新クメール建築」の生みの父でもある巨匠ヴァン・モリヴァン氏(1926–2017)の自宅を、カンボジア発のコーヒーショップであるブラウンコーヒーが買い取り、新店舗を開業した。旗艦店となるこの店には、カンボジアではまだ珍しいギャラリースペースが併設されて、ヴァン・モリヴァン氏の実績などが展示されるなど 、現代的な空間の中で自国の文化を再発見する場として注目を集めている。
今回のタイとの武力衝突を受けて、国を挙げた結束の機運が高まりつつあるなか、カンボジア文化への関心は、さらに高まる可能性がある。社会の混乱や対立を背景に、自国の歴史や美意識を掘り下げようとする機運が強まることは、世界各地で繰り返されてきた現象だ。カンボジアでもこうした流れに乗って、より「カンボジアらしさ」を追求する新たな文化表現が芽吹く未来が待っているかもしれない。
(なかむら・ひでたか)京都造形芸術大学を卒業し、イギリスで3年間勤務後、2009年に(株)HIDEHOMARE(現:コンパスアカデミア(株))を設立。東京大学内ベンチャー企業でアートディレクターも兼任し、米国のビジネスコンテストiEXPOでは最優秀賞を獲得した。
2012年にカンボジアに移住し、2014年に(一社)Social Compassを設立。アンコールワットをモチーフにした「ワッティー」と、プノンペン市内の独立記念塔をモチーフにした「インディー」という“ゆるキャラ”を通じてカンボジアの子どもたち向けに啓発活動を行っているほか、日本、ラオス、ミャンマーなどにも活動を広げ、アートとデザインの力で社会課題の解決を目指している。











