バイデン政権のガザ対応と米大統領選の行方
- 2024/6/10
パレスチナ自治区を拠点とするイスラム組織ハマスが2023年10月にイスラエルを攻撃し、1200人以上のユダヤ人を殺害した報復としてガザへ侵攻したイスラエル。その軍事作戦は出口戦略が見えないまま、5月下旬現在、3万6000人以上のパレスチナ人犠牲者を出し、瓦礫に埋もれたままの死者がさらに1万人ほどいると現地の保健当局は推定している。
イスラエルによる爆撃・砲撃や市街戦などの軍事行動を可能にしているのが、米バイデン政権による物心両面のサポートだ。その額は、2024年度だけで182億ドル(約2兆8178億円)規模に上る(米外交問題評議会調べ)という。
こうしたバイデン大統領の姿勢に対し、一部の学生や若年層がデモやキャンパス占拠など抗議を行っていることは、日本でも広く伝えられる通りだ。その一方で、抗議の意思を実行に移す者は少数で、「11月5日の大統領選および連邦議会選挙に与える影響は限定的ではないか」と分析されてきた。ところがここに来て、パレスチナ人に同情的な若者たちだけでなく、イスラエルの作戦を支持する層も含め、多くの米国民がバイデン大統領の一連の対応に「一貫性を欠く」と感じているという世論調査の結果が明らかになっている。
バイデン大統領の中東政策の成否は、大統領選の帰結を左右するのか。米有権者の声を中心に、専門家の分析なども交えて大統領選の行方を読み解く。
「トランプ氏には投票しないが…」
米国の支援をバックに圧倒的な火力を誇るイスラエル軍が、ハマス殲滅の大義を掲げて民間人の殺戮を行っている。その行動は、標的の排除というより、むしろ「攻撃そのもの」が目的化したように映り、米国の多くの大学で春先から抗議活動が先鋭化している。
イスラエルが何をもって「ハマスの壊滅」と見なすかは当初から明らかでなかったうえ、ハマスの加害に見合わない規模の報復によって理由なく民間人が殺され続けることには、民主党支持者の間で世代間の対立が表面化している。すなわち年配者ほどイスラエル支持が多く、若年層はパレスチナ支持が多い。
南部ノースカロライナ州のデューク大学に通うコラル・リンさん(20)は、米ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで、「私や私の友人はみな中東の戦争をとても心配しており、(イスラエルを止めようとしない)バイデン政権のやり方には同意できない」と語った。民主党支持者のリンさんは、同党の大統領候補予備選において、バイデン大統領に票を入れずに、「支持候補なし」と書いて投票したという。
同じく民主党支持者で、フロリダ大学の学生であるキャメロン・ドリガーズ君(19)も、「バイデンに投票することに嫌気がさした友人がたくさんいる。(2020年の大統領選でバイデン氏は)若い人のおかげで当選できたのに、その若者たちの神経を逆なでしている」と手厳しい。
米公共ラジオ局のNPRによれば、前回の大統領選は、有権者の6人に1人が18~29歳の若者で占められていた。そして、民主党のバイデン候補が共和党のトランプ候補を破ることができたのは、この層の圧倒的な支持が大きな要因であったと言われている。
NPRによる若年層限定の世論調査によると、「バイデン対トランプ」の一騎打ちとなった場合は、バイデン氏50%に対しトランプ氏48%と、バイデン氏がやや優勢だ。
しかし、ここに民主党を離れた独立系候補であるロバート・ケネディ・ジュニア候補ら「第3の候補」が加わると形勢が逆転し、45歳未満の層でトランプ氏がバイデン氏に4ポイントのリードを保ち、それよりもさらに若いミレニアム・Z世代では6ポイントも差をつける。
実際に、民主党支持者の若年層がトランプ氏に投票しないまでも、棄権する、白票を投じる、あるいは第3の候補へ票を入れるという可能性が大きくなってきたことを示唆している
また、米Yahoo Newsと調査企業ユーガブが若年層を含む1794人の米成人を対象に5月に実施した世論調査でも、バイデン政権のイスラエル・ハマス対応について、上図のように「イスラエル寄り過ぎる」(紫線)が23%、反対に「十分にイスラエル寄りではない」(オレンジ線)が25%、「ちょうどよい」(緑線)が24%と、かなり割れている。
しかし、バイデン政権の対処方針を正しいと考える米国民の割合が2023年10月の30%台からおよそ10ポイントも低下する一方、2024年5月には意見が正反対であっても、不満を持つ層が合わせて48%にも達していることには留意すべきだろう。
中東情勢自体は大統領選で争点としての優先順位が低いものの、インフレや不法移民など国内問題で低支持率にあえぐバイデン大統領にとって、「投票の際の最後の追い討ち」となる可能性があるからだ。
低い支持率にさらなる打撃
バイデン大統領は、イスラエルに対して「ガザ地区南部ラファへの攻撃は、超えてはならぬ『レッドライン』だ」と警告していた。にもかかわらず、イスラエル軍は簡単にその一線を越えた。
5月26日のラファに対する攻撃では、イスラエルがハマスの潜伏先だと主張する地点に「精密攻撃」が実施され、隣接する難民キャンプのパレスチナ人45人が巻き添えとなって死亡した。イスラエルを制御できないバイデン大統領に対して、「世界一の軍事大国の指導者であるにもかかわらず、効率的に紛争を解決できない」というイメージが形成されつつある。
こうした理由もあり、米外交専門家のアンドリュー・ペイン氏は、ニュースサイトの米ビジネスインサイダーによる取材に対し、「バイデン政権の対応は再選を危うくする可能性がある」との見解を明らかにした。
ペイン氏はその意味について、「即座にバイデン票がトランプ氏に流れるということではない。有権者は米軍の最高司令官であるバイデン氏に強く有能であってほしいと願っているにもかかわらず、彼がここ数カ月間、イスラエルの方針を変えさせることができず、弱い大統領に見えることが問題なのだ」と解説する。
米アトランティック誌によれば、米国人有権者は一般的に大統領選において国内問題を外交問題に優先する傾向がある。
しかし、スタンフォード大学で教鞭を執る政治学者のマイケル・トムズ教授らが数千人の有権者を対象に実施したアンケートを基に2019年にまとめた研究によれば、民主党支持者も共和党支持者も、特に重要だと感じる外交政策について、自身の考えにより近い政見を示す候補者であれば、ライバル党であっても投票する意思があることが明らかになった。
事実、民主党は外交が大きな要因となって大統領選に敗れた例が何回かある。1968年にはベトナム戦争の泥沼化で支持を失い、1980年には対イラン・対ソ政策の失敗を突かれ、それぞれライバル共和党のニクソン候補とレーガン候補が当選した。2016年にトランプ候補が当選したのも、民主党の自由貿易政策に対して労働者層が反発したことが大きな要因であった。
ただでさえ接戦の大統領選で苦戦しているバイデン氏。共和党支持者のみならず、身内の民主党支持者からも、「バイデンは(ハマスあるいはイスラエルに対し)弱腰だ」と見られ、少なくない票を失う可能性がある。外交問題における有権者の不満という黄信号が、1968年や1980年、2016年のように点滅し始めている状態だ。