アメリカの対ベネズエラ斬首作戦と台湾有事の行方
トランプ大統領の「力による正義」より警戒すべき習近平政権の「悲願」

  • 2026/1/25

 2026年は国際情勢の激動の幕開けだった。象徴的なのは、アメリカのベネズエラ・カラカス奇襲作戦とニコラス・マドゥーロ大統領の逮捕、それに続くイランの反政府デモへの介入発言、さらにグリーンランド割譲要求と欧州への追加関税圧力だ。多くのメディアは「トランプ大統領の暴走が世界秩序を破壊する」と、懸念を示している。国際法に抵触しかねない彼のアクションについては、「中国を喜ばせ、台湾武力統一を行う口実を与えかねない」という意見と、「中国をおびえさせ、台湾武力統一への抑止力となる」という正反対の見方がある。どちらの見方が、より説得力を有しているだろうか。

明白になったグレーゾーンにおけるハイブリッド戦

中国のラテンアメリカ問題特別代表としてベネズエラを訪れた邱小琪氏(左)を歓迎するニコラス・マドゥーロ大統領(右)(2026年1月2日撮影) © Miraflores Palace/ロイター/アフロ

 ベネズエラ作戦は、国際法上、どのように解釈されるのか。ベネズエラの民主主義や国民の暮らしにとって、独裁者のマドゥーロ大統領に対するアメリカの行動は「正義」だったのか。「力による正義」は、まかり通っていいのか。さまざまな観点があるなか、一つはっきり言えるのは、国際社会の秩序や枠組みの変革スピードが、今年に入って一気に加速しているということだ。そして、トランプ政権の一連のアクションは、中国を最終的に最も強大なライバルと想定した「グレーゾーン(平和=白から戦争=黒に至る過程)」における、一種の「ハイブリット戦」であることを疑いなくした。これは私個人の意見ではなく、少なくない中国の識者たちがそのようにとらえている。       ベネズエラに関与していた最大国は中国であり、ベネズエラ作戦は、まさに中国がベネズエラに外交特使を送り込んでいたタイミングで実施された。中国がベネズエラに提供していたステルス防空レーダーY-27Aは、中国外交官たちの目の前で無力化し、彼らの帰国予定を大幅に狂わせた。

 ラテンアメリカは、アメリカが自分たちの裏庭だと自任する一方、中国も一帯一路政策などを通じて浸透工作を着々と進めてきた。世界最大の確認済み埋蔵石油を保有するベネズエラをはじめ、ブラジルやチリ、ペルーなどの中南米諸国はレアアースを含む重要資源の宝庫だ。今回、トランプ大統領が強行したベネズエラ作戦は、そんな中南米地域から、中国の政治的および経済的な影響力を排除することを最終目標に置いたものだろう。同じ理由から、アメリカは、世界第三位の石油資源国であるイランの反政府デモにも軍事介入をほのめかしている。事実、イランの原油の97%は中国が輸入している。

中国で高まる台湾統一期待論

 一般的に、ハイブリット戦とは、通常兵器による実際の戦闘、いわゆるホットウォーが始まる前に、さまざまな形の戦闘が複合的に行われる状況を指す。具体的には、情報戦、認知戦、サイバー戦、金融戦、貿易戦、外交戦、法律戦、あるいは軍事演習による圧力や戦争には至らない隠密軍事作戦なども含まれる。また、メディアや文化交流などを通じて戦略的に世論を誘導する形もあれば、ベネズエラ作戦のような戦争一歩手前の軍事行動まで、一言でグレーゾーンと言っても、白に近い段階から、きわめて黒に近い段階まで、幅広い。

 いずれの場合も、資源の囲い込みのほか、新たな同盟国の獲得や既存の国々との関係の強化、あるいは実際にホットウォーが始まったときの勝利を確実にするために、国内外の世論の誘導を通じて環境を整えることが目的だ。また、戦争に至る前に仮想敵の政権を転覆させたり内乱を起こしたり、敗北を認めさせたりすることで、戦争をせずして勝ちを決めることを目指す場合もある。戦争を抑止するための「火のない戦争」と言えよう。

 中国はこれまで、相手の戦力を少しずつ滅ぼしていく、いわゆるサラミスライス的なやり方でアメリカの同盟国である日本に対して領海領空の侵犯を重ねたり、アメリカの裏庭である中南米地域で一帯一路戦略を通じて事実上の植民地化を進めたり、TikTokや小紅書などのSNSツールを使って世論の誘導や分断を図ったりして、アメリカ国内や同盟国、そして国際社会の政治や選挙に影響力を与えようとしてきた。また、統一戦線部や公安部の秘密警察、国家安全部の特務によるヒューミント(スパイ活動や捕虜の尋問など)や、サイバー攻撃による情報収集、機密窃取、妨害工作、破壊工作なども行ってきた。こうしたやり方は、アメリカが20世紀の旧冷戦時代以来から得意としてきたところである。つまり、中国のやり方はアメリカを大いに参考にしたものだと言える。

アメリカ海軍空母で移送されるベネズエラのマドゥーロ大統領 (2026年1月3日撮影)© United States Department of Defense / wikimediacommons

 だからこそ、今回、アメリカがベネズエラのマドゥーロ大統領とその妻だけを拘束するという軍事的な「斬首作戦」に踏み切り、グレーゾーンをより黒に近い段階にレベルアップしたことを受け、中国もアメリカを模倣して、より黒に近いグレーゾーンの戦いを仕掛けてくるのではないか、という見方がある。

 中国の国営テレビ局CCTVは1月12日、中国解放軍が内モンゴルに設置した模擬の台湾総統府施設でアメリカの「斬首作戦」を真似て頼清徳総統をターゲットにした訓練を行った様子を軍事チャンネルで放送し、ネット上の愛国世論者たちの間で台湾の武力統一が近づいているという期待ムードが広がった。少なくとも、今回のアメリカによる「力による正義」がまかり通るのであれば、中国の「力による正義」も押し通すことができる、と考える人が増えているのは事実だ。

カナダ・アルバータ州カナナスキスで開かれたG7サミットに出席した同国のカーニー首相(左)とアメリカのトランプ大統領(右)(2025年6月16日撮影)The White House / wikimediacommons

 実際、トランプ大統領のやり方は、旧来のアメリカの同盟国の結束を揺るがした。デンマーク自治領であるグリーランドの割譲を要求しているトランプ大統領は、これに拒絶反応を示し、アメリカ軍が侵攻してきた際の「盾」として小規模部隊をグリーンランドに派遣したデンマークなど欧州8カ国に対し、すべての輸入品に追加関税をかけて屈服させようとしている。これを受け、カナダのカーニー首相は1月16日に中国を公式訪問し、中国とカナダの関税戦争を終わらせて劇的な関係改善に合意した。カナダは「新しい国際秩序」を見据え、中国寄りに舵を切ったのだ。この背景には、中国を信用したというより、むしろアメリカに対する不信感が募ったことが挙げられる。中国のネットユーザーたちの中には、国際社会の中で中国に味方する世論がさらに広がり、台湾統一に利することを期待する声が強まっている。

底力を見せつけたアメリカ軍特殊部隊

 しかし、逆にトランプ大統領の「力による正義」が、台湾を武力統一したい中国の野望を抑止した、という見方もある。アメリカ軍が作戦を鮮やかに成功させ、その底力を中国に見せつけたことにより中国を心胆寒からしめたというのが、一つの理由だ。作戦は、中国の外交部特使がカラカスを訪問し、マドゥーロ大統領と晩餐を共にした夜に実行された。作戦の実施に向けて、アメリカ側は特殊工作員を潜入させ、数カ月にわたって情報収集を行い、決行直前の大停電をはじめ、さまざまな工作を行った。もし、中国が一切、それに気付いていなかったのだとしたら、その時点で両国の間には大きな実力差があったということになる。

 また、ベネズエラが使用していた中国製の防空レーダーと、ロシア製の防空ミサイルシステムが、アメリカ軍特殊部隊の前になんら役に立たなかったことも露呈した。

 中国解放軍内では2023年以降、幹部たちが文化大革命以来の勢いで大粛清されているが、その背景には根深い汚職や腐敗によって軍事力が低下していることが習近平国家主席に露見したことが挙げられるとも言われている。特にロケット軍、発展装備部、軍工系、そして海軍の苗華閥に問題が集中していると言われており、それが事実であれば、中国のレーダーシステム自体に機能不全があったとしても不思議ではない。

ベネズエラへの攻撃とマドゥーロ大統領拘束についてフロリダ州パームビーチで会見するアメリカのトランプ大統領(2026年1月3日撮影)© The White House /wikiediacommons

 対する台湾は、防空システム上、アメリカ軍との共同開発を進めており、防空ミサイル装備もアメリカが売却したものも多い。それが台湾全土に分散して配置されているため、今回の斬首作戦のような少数精鋭による短期隠密作戦を台湾に仕掛けることは難しいと見られ、解放軍自身もそれを承知していると言われている。

 中国が斬首作戦を成功させられる唯一の方法は、少数精鋭の特殊部隊を使った隠密作戦ではなく、それなりの規模の陸海空軍を投入して台湾海峡を封鎖する「開戦」方式と同時に踏み切るしかないと見られる。

 だが、台湾海峡の封鎖作戦を行った場合、中国が失う代償は途方もない規模になる、と推計されている。アメリカのシンクタンク、ドイツ・マーシャル基金会がこのほどネットで公開したリポート「もし中国が台湾を攻撃したら:小規模衝突と重大戦争のシナリオが中国にもたらす結果」によれば、中国解放軍が戦闘機と艦隊で台湾を包囲し、主要な港湾を封鎖した場合、アメリカがただちに介入して軍艦を派遣し、封鎖海域を航行する商船を護送すると見られる。そうした状態が数週間ほど続く小規模な衝突の場合から、数カ月間戦闘が続く重大な戦争の場合に分けてシナリオを想定すると、重大戦争の場合、中国解放軍の死者数は十万人規模になるうえ、外交面でも中国は国際社会の舞台からおよそ数十年分の後退を余儀なくされるという。さらに、各国も懲罰的措置に出て中国外交官の追放や中国との国交断交に踏み切るのみならず、台湾を国家承認する動きも広がるだろう、との見方を示している。

四期目続投の野望と台湾侵略のコスト

 リポートをまとめた国家安全保障アナリストのザック・クーパー氏は、「中国が台湾を侵略した場合に直面する可能性のある国際的なコストは、各国の制裁範囲、規模、速度、持続可能性によって決まる。小規模衝突に留まる場合、国際社会の反応は外交レベルが中心となり、公式な非難声明が出されたり、中国大使館・領事館職員が追放されたりするが、影響は比較的限定的で、短期的なものに留まることが多い」としている。

 だが、もし中国が台湾に対して上陸作戦を伴う戦争級の作戦に踏み切る時には、中国の攻撃目標は台湾にとどまらず、日本やグアムに駐留するアメリカ軍も対象となり、台湾とアメリカ軍は、上陸した後の中国解放軍の補給を断つための攻撃を行うことになる。その場合、戦闘は数カ月続くと見られ、アメリカと台湾は中国解放軍部隊を無傷で引き渡すことを条件に中国の降伏を求める、というシナリオが想定される。

 その場合、台湾側の人的損失は軍人や兵士が5万人、非軍事関係者が5万人、アメリカ側の人的損失は軍人や兵士が5000人、非軍事関係者が1000人に上ると推計されるうえ、日本も自衛隊員1000人と市民500人を失うと見られるとレポートは指摘する。中国解放軍が台湾本島から撤退後、結果的に金門・馬祖の支配権を勝ち取る可能性はあるものの、その後、中国はアメリカと同盟国から外交関係を断絶され、一帯一路戦略やBRICSから離脱する国が相次ぐなど、国際社会から広範に及ぶ制裁を受けるだろう。さらに、中国政府関係者やエリート層個人に対する金融制裁が行われたり、中国の航空機や船舶がアジアや欧州の領空・港湾から拒絶されたり、台湾の国連加盟が認められたり、中国への武器輸出が禁止されたりといった制裁の可能性もあるという。

フロリダ州パームビーチのマラゴ・クラブでアメリカ軍のベネズエラ作戦を監視するトランプ大統領(右)(2026年1月3日撮影)© Official White House Photo by Molly Riley / wikimediacommons

 アメリカの研究機関ロジウム・グループが2023年に行った「限定的な軍事対立エスカレーション」のシナリオに関する研究によれば、台湾有事による経済的コストは少なく見積もっても2兆ドルから3兆ドル、アメリカの金融情報サービス、ブルームバーグの推計では10兆ドルに上るという。アメリカや台湾、日本の損失は比較的短期に回復できるが、中国の回復には時間がかかり、場合によっては共産党体制そのものが維持できない可能性すらあるというのだ。

 つまり、今回の事件によって、中国にはまだ台湾を武力統一できる軍事実力がないことが可視化されたわけだが、中国にとっては、平和主義的なそぶりを見せながら一部の西側国際世論を味方につけ、アメリカを批判した方が得策だと思われる。

 では、中国はなぜ台湾の頼清徳総統をターゲットにした斬首作戦の訓練の様子をCCTVで放送したり、すぐ軍事作戦に転向できそうな台湾包囲の軍事演習を行ったりして、台湾の武力統一を期待する人々を刺激し続けるのか。それは、習政権が2027年以降、四期目の続投を狙っているからにほかならない。現在運営中の三期目で、経済も外交も軍事改革も失敗している彼が四期目を継続するためには、台湾統一という中華民族の悲願を叶える意思を掲げることが不可欠だ。その実力を備えるためにあらゆる努力と犠牲を惜しまないのだとすれば、中国における習体制の続投は、日本や台湾にとってトランプ大統領の「力による正義」より警戒すべきことだと言えるかもしれない。

 

執筆者プロフィール

1967年、奈良市生まれ。大阪大学文学部卒業後、産経新聞大阪本社入社。上海復旦大学での語学留学を経て、香港支局長、中国総局(北京)総局員で中華圏取材に従事。2009年に退職し、フリージャーナリストとして中華圏取材を継続している。主な近著に『習近平「独裁新時代」崩壊のカウントダウン』(かや書房)、『なぜ中国は台湾を併合できないのか』(PHP研究所)、『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス)、『コロナ大戦争でついに自滅する習近平』(徳間書店)など。メルマガ「福島香織の中国趣聞」(https://foomii.com/00146

 

 

 

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