ケニアの農村で高まるワクチンへの期待と不安
社会に生まれた分断のゆくえ

  • 2021/3/28

 新型コロナウイルスの感染拡大によって一変した世界。かつてない状況に各国ともさまざまな対応を迫られているが、ケニアの場合、特に農村部では高齢者が多いため、とにかく村人が誰も感染しないことが最も大切であり、ワクチンが地方にも適正に分配されるかどうか、人々の心配が募る。一方、大都市で発動されたロックダウンはある程度奏功したものの、社会に生まれた分断の意識はいまだに消えない。航空便や学校などの制限が徐々に解かれつつある中、農村部の現状と村人の意識に迫った。

人口密度が低い農村

 「もし無料なら、早くワクチンを打ちたいです。無料じゃなかったら家族全員分のお金がかかるから、お財布と相談しなくちゃいけないけれど」

 首都ナイロビから50キロほど北上したライキピア県の農村に住むマリー・ワンジルさんは、ワクチンのニュースに関心があるものの、こんな田舎では十分な情報が手に入らないと嘆く。メディアではワクチンの確保をめぐって進捗やスキャンダルが数々報じられているが、もしワクチンがすでに到着しているにしても、そんな情報はまったく耳に届かない。どこへ行けば受けられるのか、最初に接種するのは誰か、そして、どんな計画に基づいて接種が開始されるのか。疑問が膨らむばかりである。

 マリーさんによると、この村ではまだコロナ感染者はおらず、村人はたいていいつも畑に出て農作業に勤しんでいる。

 「一時間くらいその辺りを歩いてみるといいよ。多分、誰にも出会わないから」

 全ての村人とは顔見知りだが、そもそもお互いに会いに行ったり、人が集まったりすること自体、ほとんどないという。それもそのはず、ライキピア県は広大な面積の割に人口が少なく、人口密度は、日本で最も少ない北海道(68.6人/㎢)よりもさらに少ない(54人/㎢)。

 

村人と農作業を進めるマリーさん(右)(筆者撮影)

 マリーさんによれば、政府は国民に対して真剣に新型コロナウイルスに警戒するよう呼び掛けており、マスクの着用や手洗いの推奨、握手の禁止などを推奨しているという。これを受け、手洗い場を新設した家庭も多い。

 しかし、マリーさんはいつもマスクを着けるわけではないという。「近所に農作業のことで連絡する用事があったり、5人以上集まったりする時だけマスクを着けるよ。あとは、街に出かけたり教会に行ったりする時かな。村ではお互いに感染しないよう気を付けているからね。警官も、皆がマスクを着けているか、人込みができていないかいつも目を光らせているよ」

 幸い、旅行者が田舎の農村にわざわざやってくることないし、人々が村の外に出かけることも稀だ。ただし、首都ナイロビなど大都市から来る人々には注意する必要があるようだ。
 「隣の村で、葬式に参列するために街から来た人がいて、コロナに感染したという話を聞いたよ。子どもたちがコロナに感染しないように毎日祈っているけど、同時に、街に住んでいる人はそのまま街にいて、村にウイルスを持ち込んでほしくないという気持ちもあるね」

 マリーさんが今、一番心配しているのは、学校が再開され、子どもたちが感染リスクにさらされることだ。政府には、できれば子どもたちからワクチンを接種してほしいと願っている。

 「人の往来をなくして、村の中で勉強できればいいと思うんだよね。私もお正月には両親に顔を見せたかったけれど、バスを乗り継いで行かないといけないし、農作業も繁忙期だから、結局、諦めたよ。家族が健康でいることが一番大切だし、誰もコロナにかかってほしくないからね」
 家族を大事に思うからこそ帰省を見送ったマリーさんだが、ケニアの片田舎でも、ナイロビでも、そして東京でも、同じような選択を強いられた人々は大勢いたに違いない。

息子の感染を心配する親心

 定年で教師の職を退き、現在は同じライキピア県内の農村で小さな雑貨屋を営みながら老後を過ごしているチャールズ・カリウキさんも、ナイロビに住む息子がコロナに感染したが大事にはいたらなかったと胸をなでおろしつつ、当時の様子を話してくれた。
 「昨年11月のことでした。息子は私たちに心配かけたくなくて、電話してくるまで部屋に閉じこもっていたようです。幸いにも症状は軽く、入院することもなかったのですが、二カ月も咳が続いたと言っていました」

 チャールズさんは、昨年3月にケニア国内で感染者が確認され、ロックダウンが始まろうとしていた時に、地元に帰ってこないかと息子に尋ねたという。

チャールズさんが経営する店舗。手前のポリタンクは手洗い用に設置している(筆者撮影)

  さらにチャールズさんは、隣村に住む友人が感染した時の様子も話してくれた。
「彼はナイロビの工事現場で働いていた時に感染したらしく、気管に疾患が出て二週間も入院したよ。彼のように街から来る人のことをことさら心配したり、恐れたりする人は多いね。その気持ちも分からなくはないが、私の子どもや孫は街に住んでおり、彼らが拒絶されたり歓迎されなかったりしたら嫌な気持ちになるだろうと思うので、賛同はしない」

 もちろん、チャールズさん自身も感染しないよう、常にマスクを着けて、手洗いも欠かさない。雑貨屋の前にも手洗い場を設置した。今や、どの家庭にも手洗い場はあるし、教会をはじめ、街のいたるところにも設置されたという。チャールズさんは今、ワクチンが早く村にも届けられ、多くの命が救われることを願っている。

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