北極圏の「安全保障」は何を守るのか――グリーンランドの現場から
飛び交う大国の思惑 愛着と誇りとともに生きる市民たちの静かな怒り

  • 2026/2/28
 

 2026年早々、アメリカのトランプ大統領が、北極圏に浮かぶデンマーク自治領のグリーンランドを「領有する」と言及しました。武力行使も辞さない構えに、デンマークとグリーンランド自治政府は強く反発。欧州諸国もこれを支持する姿勢を示すと、トランプ大統領は、関税をカードに圧力をかけるなど、緊張が高まっています。

 現地に暮らす人々はこの状況をどう受け止めているのでしょうか。トランプ大統領の発言を受けて、ジャーナリストの構二葵さんが1月、グリーンランドに飛びました。市民の生の声を伝えるレポートです。

 

首都ヌークの漁港 日の出前から多くの漁業関係者が行き交う(2026年1月13日、 筆者撮影)

 アメリカのトランプ大統領が「領有」に向けて強い意欲を示している世界最大の島、グリーンランド。

 日本の約6倍の面積を持ち、アメリカ大陸とヨーロッパの間に位置するこの島は、アメリカや欧州諸国にとって、ロシアへの警戒を背景に、北極圏の安全保障上の要衝と位置づけられてきた。

 一方で、日本に暮らす私たちは、グリーンランドに生きる人々の声にどれほど耳を傾けてきただろうか。デンマークの自治領で独自の自治政府を持つこと、人口の9割を占める北極圏の先住民族イヌイットの暮らしや文化、そして自らの土地を「領有」されるかもしれないという現実に、人々がどのような想いを抱いているのかを、どれだけ知っているだろうか。

 筆者は、市民発信メディア「8bitNews」のメンバーとして、2026年1月12日から17日までグリーンランドを訪れた。そこで見えてきたのは、大国の言葉に揺さぶられる不安や反発、憤りだけではない。この土地に生き続ける人々の、グリーンランド人としての誇りと笑顔だった。

夕方4時を過ぎると帰路につく人が多く行き交う(2026年1月12日、 筆者撮影)

突然持ち込まれた「選択」

 グリーンランド南西部に位置する首都ヌークに降り立ったのは、12日の正午ごろだった。デンマークのコペンハーゲンから飛行機でおよそ5時間。グリーンランドが持つ地理的、そして政治的な「距離感」を実感させられる移動だった。

日本から約30時間かけヌークへと降り立つ(2026年1月12日、 筆者撮影)

 ヌークは北極圏のすぐ南に位置し、冬の日照時間はおよそ5時間。取材当時、日中でも気温はマイナス3度前後まで冷え込んでいた。

 街で出会った住民は、トランプ大統領の「領有」発言に対し、率直な不快感を口にした。

 「正直、嫌です。特に、その言い方が」

 「デンマークがグリーンランドを渡さなければ、力ずくで取るとも受け取れる言い方でした。とても不快ですし、怖いです」
 「もし渡さなければ武力で取る、と言っているように聞こえます」

 職場でもこの話題は頻繁に上っているという。

 「みんな本当にうんざりしています。『ばかげている』という意見で一致しています」

取材答えてくれた住民。静かに怒りを露わにした(2026年1月12日、 筆者撮影)

 取材を進めるなかで、筆者には一つの懸念があった。それは、トランプ政権がグリーンランドの領有に向け、住民一人あたり約150万円から1500万円の一時金を支払う可能性があると報じられたことをめぐり、住民の間に分断が生まれてしまわないか、という点だった。

 しかし、この住民は、「グリーンランドはお金で買えるものではない」と断言し、一時金による住民同士の分断についても「ないと思う」と否定した。

 そのうえで、こう続けた。

 「もしトランプ大統領がグリーンランドを手に入れることになれば、あらゆるものにお金がかかるようになると思います。税金や医療、薬代なども含めてです。多くの人にとって、かなり厳しい状況になるでしょう」

 一方で、異なる迷いを口にした住民もいる。魚の運送などを行う会社「Nuuk Transport」で働くデイビッド・ヨセニウスさんは、率直にこう語った。

 「何がグリーンランドにとって最善なのか、正直、分かりません」

デイビッドさんは「英語は苦手」としつつ丁寧に言葉を紡いでくれた(2026年1月13日、 筆者撮影)

 一時金の話を初めて聞いたときの気持ちを尋ねると、「分からない」と前置きしたうえで、少し考え込むようにしてこう答えた。

 「私たちにお金が必要なのは事実かもしれません。多くのグリーンランドの人たちが、あまりお金を持っていないのは確かです」

 大国がグリーンランドに向ける視線についても、戸惑いを隠さなかった。

 「ロシア、中国、アメリカ、デンマークに対して、何と言えばいいのか分かりません。あの国々は、グリーンランドのことをどう考えているのでしょうか。正直、あまり考えていない気がします」

 日々の仕事に追われ、家族や周囲の人々と政治について話す機会はほとんどないというデイビッドさん。それでも、望ましいグリーンランドの未来を尋ねると、こう答えた。

 「自分は、グリーンランドの人間であり続けます」

 筆者がグリーンランドに滞在していた間、世界各国のメディアもまた、グリーンランドに集まっていた。

 ドイツ公共放送連盟ARD(German TV & Radio)の記者、ヤナ・シンラム氏は、これまで何度もグリーンランドを取材してきたと話したうえで、「今回は、『今、来る必要がある』と感じました」と、強調した。

ヤナさんからも「なぜ日本から取材に?」とインタビューを受けた(2026年1月12日、 筆者撮影)

 「人々が今、何を感じているのかを確かめたかったのです。ただ同時に、今はメディアの注目が非常に大きく、話してくれる人を見つけるのがとても難しい状況です。それだけ多くの人にとって圧倒される状況なのだと思います」と話すシンラム氏。ドイツ国内の反応については、「多くの人が驚き、不安を感じていると思います。こんなことが現実に起きているのか、と」と語った。

 グリーンランドに暮らす住民は、それぞれ異なる背景や状況を抱えている。彼らが賛成しようが、反対しようが、判断を保留しようが、本来、自由であり、一つ一つの意見は尊重されるべきものである。

 だからこそ、住民の間に分断を生みかねない選択肢が、当事者ではない第三者――アメリカという大国――から突然持ち込まれたという事実に、一方的な力の使われ方を感じざるを得ない。
 それは、すでに厳しい生活や経済状況のなかで暮らす人々に、さらに重い判断を迫る構図でもあるからだ。

「私はイヌイットです」港で聞いた誇りと10代のシビックプライド

  ヌークの港には、グリーンランド経済を支えてきた漁業の現場が広がっている。港のすぐ隣にある倉庫を訪ねると、延縄漁の仕掛けを作る漁師の姿があった。

 「こんにちは」

 筆者が日本から来たと伝えると、すぐに日本語であいさつを返してくれたのは、漁師のピーター・クロイツマンさんだ。

ピーターさんの柔らかな笑顔に安心感を抱いた(2026年1月13日、 筆者撮影)

 「私はイヌイットです。デンマーク人ではありません。アメリカ人でもありません。イヌイットです」

 猟師でもあるピーターさんは、アザラシやトナカイ、ジャコウウシ、そしてクジラを狩るという。

 トランプ大統領の「領有」発言について尋ねると、ピーターさんは怒ってはいないとしたうえで、淡々とこう述べた。

 「敬意を欠いています。そんな言い方をすること自体が、です。それ以上、言うことはありません。私たちは、もっと敬意を払われるべきです。第三国が勝手に踏み込むべきではありません」

 取材中にピーターさんが呟いた「私たちは人間です」という言葉が重く響いた。

 発言が伝えられた直後は漁師の仲間内でも何度かこの話題になったものの、すぐに話題すら上らなくなったという。

 「私が一番願っているのは、魚の価格がもっと良くなることです」

ここでは漁師たちが漁具を作っていた(2026年1月13日、 筆者撮影)

 彼は、デンマークとの取引について率直な不満を語った。

 「デンマークは、私たちから多くの魚を奪ってきました。私たちは安い値段でしか魚を売れません」
 「私たちは、もっと良い価格を受け取るべきです。世界の他の漁師と同じように」
 「デンマーク以外の国とも取引して、もっと高い価格で売りたいです」

 こうした声の背景には、グリーンランドの漁業を取り巻く厳しい経済状況がある。グリーンランドでホームレスの人々に対して食料支援を行う団体でボランティア活動をしている女性によると、漁師の収入は乗り込む船によって大きく異なるという。十分な報酬を得られない漁師も少なくなく、彼らは家賃や生活費が高額なグリーンランドで厳しい生活を強いられている。そのため、彼女が活動する団体では、漁師も支援の対象に入れているという。

 最後に、ピーターさんが望むグリーンランドの未来を尋ねると、はっきりとこう答えた。「グリーンランドの独立です。デンマークだけに向いた国ではなく、世界に開かれたグリーンランドでありたいです」。

 この土地でイヌイットとして生きることは、彼の誇りであるように見えた。
 そしてこの誇りは、グリーンランドの将来を担う10代の若者たちの中にも、確かに根付いていた。

 ヌーク最大のショッピングモールやカルチャーセンターが立ち並ぶ中心街で、学校帰りの10代の若者たちに話を聞いた。

「日本から取材にきたの?撮っていいよ!」と声をかけてくれた子どもたち(2026年1月14日、 筆者撮影)

 グリーンランドの好きなところを尋ねると、返ってきたのは迷いのない答えだった。

 「自然」
 「美味しい食べ物がある」
 「グリーンランドの全てが好き!」

 なかには、イヌイットの伝統的な食文化を挙げる声もあった。

 「マクタック! 鯨の皮です。生のまま食べます!」

 「人が好きだし、自然が好き。そして、夏と冬が好き」
 「ここで生まれたことに感謝しています」

 自然、食、季節、人――。若者たちの言葉には、この土地で生きることへの誇りと、日常に根ざした愛着がにじみ出ていた。

 しかし、話題がトランプ大統領の「領有」発言に及ぶと、空気は一変した。

 「グリーンランドが買われるのは、正直、すごく嫌」
 「僕たちは売り物じゃない」
 「今のグリーンランドが好きだし、変えたくない」

 発言を「不快」「良くない」と受け止める声が相次いだ。

 「グリーンランドは、買えるものじゃない」
 「国だよ。商品じゃない」
 「私たちはただ、グリーンランド人でいたい」
 「それに、私たちには文化がある」

「夏のグリーンランドに遊びに来て!」と笑顔を見せる2人(2026年1月14日、 筆者撮影)

このニュースは、10代の若者たちの間でも、決して他人事ではなく、学校やSNS、日常会話の中で繰り返し話題に上っているという。

 彼女たちにデンマークとの関係について尋ねると、「関係は良いと思う。学校が無料だし、病院も無料。医療やヘルスケアはすべて無料だし」と、現実的な評価が返ってきた。

若者たちが語る「無料」という実感の背景には、デンマークからの財政支援が大きく関与している。しかし、若者たちは無条件に肯定しているわけではない。

「良いところも悪いところもあったけど、全体としてはまあまあ良い」
「絶対にアメリカよりも関係はいい」

 若者たちは、制度的な恩恵と複雑な感情の両方を抱えながら、両国の関係を見つめている。

 一方、グリーンランドの住民として、今の心配事は何かと尋ねると、率直な恐怖が口々に語られた。

 「私は、ただ怖い」
 「トランプ大統領が何をするか、何ができるのか、すごく怖い」
 「もしかしたら攻撃してくるとか」
 「爆撃されることが一番怖い」

 また、将来の夢を聞くと、子どもたちの表情は再び明るくなった。

 「サッカー選手になりたい」
 「パイロットになりたいです」
 「私は客室乗務員になりたい」
 「世界を探検したいです」
 「私は……人を助けたいです」

 特筆すべきは、デンマークから家族で移り住んできた若者を除き、多くが「大人になってからもずっとグリーンランドで暮らしたい」と答えた点だった。
 「ここにいたいです。楽しいから」
 「ここが僕の家」
 「出ていく理由が見当たらない」

 「世界を探検したいです」
 「私は……人を助けたいです」

 特筆すべきは、デンマークから家族で移り住んできた若者を除き、多くが「大人になってからもずっとグリーンランドで暮らしたい」と答えた点だった。

 「ここにいたいです。楽しいから」
 「ここが僕の家」
 「出ていく理由が見当たらない」

デンマークから来た女性(左)は「世界を飛び回りたい」と話す(2026年1月14日、 筆者撮影)

 最後に、自身が望むグリーンランドの未来はどんな姿かと尋ねると、若者たちは次々に「独立」という言葉を口にした。

 「デンマークやアメリカに所有され続けるなら独立は無理だと思うけれど、同時に、自分たちの国が独立してほしいとも思っています」
 「デンマークからの独立です」
 「彼女と一緒です、独立」

 そして、変わってほしくないものについてはっきりと言葉にする若者もいた。

 「グリーンランドの未来は、今のままでいてほしい」
 「うん、今が完璧。これ以上よくならない」
 「すごく平和で、ここで育つのは最高だよ」

日没の瞬間。澄んだ空気に夕陽が煌めく(2025年1月14日、 筆者撮影)

 大国の言葉が飛び交うなかで、10代の若者たちは、恐れながらも自分たちの言葉で「ここで生きる意味」を語っていた。その声は、グリーンランドの未来を静かに支える、確かな「シビックプライド」だった。

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