中国とカンボジアがFTAをスピード締結
ASEANを包含した中華経済圏の構築は実現するのか

  • 2020/10/26

  ポストコロナの世界について、米中対立が今以上に激化し、米国を中心とする開かれた自由主義経済圏と、中国を中心とする中華式権威主義経済圏の二大経済ブロックに分断されていくと予測するアナリストは多い。中華経済圏が今後、どれぐらいの規模を占め、拡大していくのか、あるいは衰退していくのかを見極めるうえで、中国が東南アジア諸国をいかに取り込めるかが重要な要素の一つとなる。その意味で、中国とカンボジアがこのほど二国間自由貿易協定(FTA)を締結し、90%以上の品目についてゼロ関税が承認された事実は、両国の経済一体化を加速し、年内署名が目指される東アジア地域包括的経済連携(RCEP)が中国主導の経済圏となる傾向を示すものと言えよう。

カンボジアの首都プノンペンを訪れていた中国の王毅外相(左)は220年10月12日、カンボジアのフンセン首相との間で二国間自由貿易協定(FTA)に正式に署名を交わした (c) 新華社/アフロ

過去最高水準の開放

 10月12日、中国商務部の鐘山部長とカンボジアのパン・ソサラック商務相は、中国とカンボジア両政府を代表して「中国・カンボジア自由貿易協定(FTA)」に調印した。これは、カンボジアにとって初の対外的な二国間FTAとなる一方、中国にとってもコロナ禍が発生して以来、初めての、そしてこれまでFTAを結んできた17カ国と比べ最貧国との締結となる。さらに、カンボジア製品の97.53%、中国製品の90%がゼロ関税という開放度も、両国にとって「過去最高水準」である。中国商務部によれば、双方とも国内法による批准を急ぎ、早急にFTAを発効させるという。

市場で見かけた洋裁店。カンボジアには縫製業を営む零細事業主も多い(筆者撮影)

 この協定に基づき、中国側は今後、アパレルや靴、皮革ゴム製品、機械電器製品部品、農産品などの重点産品・製品について、カンボジアからの輸入を免税とし、カンボジア側はアパレル素材・製品、機械電器製品、雑貨、金属製品、交通ツールなどの中国製品の輸入を免税とする。 

アンコールワットでは漢服を着た中国人観光客の姿も多くみかける(筆者撮影)

 この協定には、中国にとって今後の戦略地図を想定した意欲的な試みが盛り込まれている。第一に、「一帯一路」協力について初めて独立した項目が設けられている点である。カンボジアが一帯一路の建設に参加する代わりに全方位的に政策コミュニケーションを図り、貿易、資金融通、意思疎通を強化するとともに、インフラ建設、投資、経済回廊など重点領域の協力を行うことで同意。一帯一路への協力によってFTA効果が最大化される、とのメッセージが打ち出された。

プノンペンにあるカラオケ店。中国人観光客の姿も多い(筆者撮影)

 第二に、経済技術協力の項目が設けられている点である。両国は、FTAの枠組みの中で貿易、サービス貿易、観光、産業協力、運輸物流、農業、非関税措置、情報通信技術、Eコマースの9分野の優先領域を規定し、経済技術協力を推進するとした。また、FTA連合委員会が決めたルールのもとで資源開発のための技術援助と資金の支援なども行うことで合意した。電子商務(Eコマース)項目のレベルも高く、FTAの締結も電子認証、電子署名、デジタル証書を実践。オンラインの個人情報保護、デジタル技術の応用など、新興産業の育成を奨励し、貿易の利便化をレベルアップさせるとともに、消費者の権益保護を強化するためのルールも盛り込んだ。

アンコールワット寺院のすぐ近くに店舗を構える小売業のメイソウも中国資本だ(筆者撮影)

 第三に、投資領域では、中国企業の“走出去”政策、つまりカンボジア進出に便宜を図る内容が重要な柱となっている。中国からの投資を重視するカンボジアは、中国側が中国企業のカンボジア進出を後押しすることを歓迎し、双方が投資情報を識別して分かち合い、投資促進の努力を行うことで合意した。

 異例のスピード合意

 振り返れば、今年1月に交渉が始まって以来、コロナ禍中に開かれたリモート会議を含め、3回の協議を経て、7月20日には双方が交渉事項におおむね同意した。一般的にFTA締結に向けた交渉は双方の利害が対立することが多々あり、数年から十数年かけて慎重な交渉が重ねられる場合が多いことを考えると、10カ月で正式署名に至ったのは異例の速さと言うしかない。同時に、このスピード感こそが、カンボジアがいかに一方的に中国に従属しているかの証左とも言えよう。

街中の商店の看板には当たり前のように中国語が書かれている(シェムリアップで筆者撮影)

 実際、中国税関のデータを見ても、2019年1年間の中国とカンボジアの貿易総額は650億元で、前年の同時期に比べ33.3%増えているが、中国のカンボジア向け輸出額は550億元で、前年比38.9%増である一方、カンボジアからの輸入額は100億元で、前年比8%増にとどまっている。さらに、2020年8月までの両国の貿易総額は415億元で、前年の同時期に比べマイナス0.2%だが、中国のカンボジア向け輸出額は355億元で、前年比1.8%増であるのに対し、カンボジアからの輸入額は60億元で、前年比マイナス10.7%に落ち込んでおり、中国が圧倒的な経済力でカンボジアを併呑しつつあるのは一目瞭然だ。

カンボジアの首都プノンペンにそびえる独立記念塔(筆者撮影)

 こうした中、双方が市場を90%以上開放するということは、結果的にカンボジアを経済的に中国の一部にするという意味にほかならない。

中国14億人市場の影響力

 もちろん、今回のFTAはカンボジアにとってもメリットがないわけではない。同国の紡績・アパレル産業は、75万人の雇用を生み出し、GDPの16%、そして輸出収入額の80%を占める一大産業だが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大が影響し、250以上の縫製工場が休業に追い込まれ、13万人以上が失業している。

 これを受け、内閣会議に出席したフン・セン首相は、後の目標として、紡績・アパレル産業以外の輸出産品の比重を15%引き上げること、そして加工農産品の輸出を2025年までに12%引き上げ、紡績・アパレル産業や靴産業への依存度を軽減することの2つを掲げた。さらに、「カンボジアの対中輸出額は25%引き上げられるだろう」と口にするなど、今回のFTAにはフン・セン首相自身、並々ならぬ期待を寄せている。

プノンペン市内にあるセントラルマーケットの外観(筆者撮影)

 中国最大の経済情報メディア「第一財経」は、哲学と社会科学研究の最高学術機構である中国社会科学院のアジア太平洋グローバル研究院で東南アジアについて研究する許利平主任が「FTAの締結によってカンボジアに外資が呼び込まれ、インフラ建設や農業の近代化が加速し、国内雇用も増大する」と語ったことを報じている。

 また、カンボジア商務省で国務秘書兼交渉チーム組長を務める孫蘇貼氏も、「巨大な市場を擁する中国とのFTAによって、カンボジアの産業は多角化し、特に農産品と農工業産品の対外輸出が促進されるだろう」との見方を示している。さらに、カンボジア国家最高経済委員会のメイ・カリヤン高級顧問も、「これまで以上に多くの農産品や果物が中国の巨大市場に輸出さられ、カンボジアの農業の飛躍的な発展につながることを期待する」と語る。

カンボジアの市場では豊富な農産物が売られている(シェムリアップで筆者撮影)

 6月9日にはカンボジア産マンゴーの中国向け植物検査検疫要件議定書の交換式が行われ、カンボジアの果樹園や加工工場から新鮮なマンゴーを中国に輸出することが可能になった。これにより、今後、年間50万トンのカンボジア産マンゴーが中国に輸出され、カンボジアにとって二番目に中国への輸出量の多い果物になる見込みだ。 

カンボジアから中国への輸出量が最も多い果物はバナナだ © Vincent Tan/ Pexels

  なお、カンボジアから中国への輸出量が最も多い果物はバナナである。2019年5月に初めて直接輸出が実現したが、この年、カンボジア産バナナの輸出総額は前年比647%増の15.78万トンに上り、うち99%が中国に輸出された。今年、カンボジアから輸出されるバナナの輸出総額は30万トンを突破する見込みだという。中国14億人の胃袋がカンボジア農業に与える影響力は、聞きしに勝る大きさだ。

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