中国とカンボジアがFTAをスピード締結
ASEANを包含した中華経済圏の構築は実現するのか

  • 2020/10/26

合致する両国の意向

 こうしたカンボジア側の意向は、中国側の狙いと見事に合致している。

カンボジアの首都プノンペン市内の様子(筆者撮影)

 中国は、新型コロナウイルスと先鋭化する米中対立の影響を踏まえ、2021~25年の第14次五カ年計画の経済政策に「双循環」戦略を盛り込む予定だという。これは、国内の内需主導による経済発展に注力しながら対外開放を深めることを目指す戦略で、米国・西側経済圏に対抗すべく新たな中華式権威主義的経済圏を構築することを視野に入れたものである。

 しかし、その実現は巨大な人口を擁する中国がいかにエネルギーと食糧を確保できるかにかかっている。だからこそ、中国は農業国カンボジアからの農産品の輸入額の拡大に大きな期待を寄せているのだ。

「果物の王様」と言われるドリアンもカンボジアの名産品の1つだ(筆者撮影)

 さらに、農業は中国が東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国との間で展開する経済協力の中で非常に重要な分野でもある。

 中国商務部の統計によれば、2020年8月までの中国とASEAN諸国の貿易総額は、前年の同じ時期より3.8%多い4165.5億ドルで、中国の対外貿易総額の14.6%を占めるという。特に農産品の貿易が占める比重は大きく、ASEAN諸国を中国の経済圏に組み入れることは食糧確保の観点からも最重要課題である。その意味で、今回、カンボジアとFTAを締結したことは、中国にとって、インドの離脱や新型コロナの影響で延期になっていたRCEPの年内締結を実現するブースターとしての意味を有していると言えよう。

RCEP交渉のカギ握る日本

 中国がカンボジアをここまで重視するのは、この国が対中警戒論もくすぶるASEAN諸国の中で最も中国に従順で、域内の国々を取り込む上で突破口として最適であるためだ。

『米中ソに翻弄されたアジア史』(扶桑社、2020年)

 カンボジアがなぜこれほど中国に従順なのかについては、東洋史家の宮脇淳子氏と、国家安全保障研究に造詣の深い江崎道朗氏と筆者の共著『米中ソに翻弄されたアジア史』(扶桑社、2020年)を参照いただきたいが、今の状況について言えば、カンボジアはすでに中国のオフショアだと言っても過言ではない。

カンボジアの観光業は中国語を使えないと生き残れない(筆者撮影)

 なかでも中国企業の資金力と労働力によって開発されたリゾート都市のシアヌークビルは、カジノ客がほとんど中国人ということもあって、人々は中国語を話し、人民元で商売を行う。新型コロナの影響でこの地も例外なく中国人観光客が激減しているが、だからこそこの国の経済がいかに中国に依存しているか、骨身にしみていることだろう。

カンボジアの誇るリゾート地、シアヌークビルは中国の労働力と資本力で開発された © Paul Szewczyk /Unsplash

 中国がシハヌークビル開発に注力するもう一つの理由は、近くにあるリアム海軍基地だ。リアム海軍基地はもともと米軍支援で建設されたが、資源輸送のシーレーンを確保し、米英豪印という戦略的ライバルに対抗する拠点を築きたい中国がここを国家安全保障上の拠点にしようとしていることは、公然の秘密である。

 2020年9月、米シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は衛星写真の分析結果を基に、米国が基地内に建設した施設が破壊されていると発表した。相前後して、ウォールストリートジャーナルや日経新聞も中国の国有エンジニアリング会社である中国冶金科工集団がリアム海軍基地の拡張工事を進め、カンボジア政府との間で基地を軍事利用する代わりにインフラを整備するという秘密合意を結んだと報じている。

カンボジアの僧侶(筆者撮影)

 カンボジアのみならず、ASEAN諸国がこのまま中国のペースで経済的に飲み込まれていけば、グローバル経済の中でデカップリングされるのは中国か、それとも新たに生まれる中華式権威主義的グローバル経済圏から締め出されるアメリカか。いずれにせよ微妙な雲行きになっていくのは間違いなさそうだ。

カンボジアの朝焼け(筆者撮影)

 その不確実性のカギを握るRCEP交渉の行方を左右するもう一つのキー国が日本であるという自覚を、果たして日本政府は持っているのかいないのか。

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