ラテンアメリカの今を届ける 第5回
コロンビアで拡大する格差と、分断される社会

  • 2021/6/14

コロナ禍で、世界的に貧富の二極化が進む。南米コロンビアも例外ではない。昨年、同国の貧困率は前年から6.8ポイント増え42.5%に、失業率は5.4ポイント増の15.9%となった。格差拡大は特に都市部で顕著だ。こうした中、4月15日、財政赤字解消のため増税目的の税制改革が発表され、市民が反発。全国的な抗議デモは激化し、5月2日、政府は改革案を撤廃、財務大臣が辞任した。しかし、貧困や治安対策など社会問題解消を求める市民のデモは収まらず、事態はまだ収束していない。治安部隊との衝突により、6月3日までに58人(警察官2人)が死亡し、多数が負傷した。実弾射撃など治安部隊の過剰暴力が国際社会に非難され、デモ参加者の一部が暴徒化するなど、状況は混乱している。背景に何が起きているのか、立場の異なる三者に話を聞いた。

5月、東京・渋谷駅前で在日コロンビア人が暴力に反対するデモをした(筆者撮影 2021年)

裏切られた「和平」 

 高校教員のノルベイ・サパタさんは、南部山岳地帯の農村から地域の中心都市カリ市のデモに、地域ぐるみで参加した。村はこれまで武力紛争の中にあり、多くの住民が犠牲になった。デモ参加の理由を「政府に訴えたいことがあるから」と話す。

 「2016年以降、私たちが暮らす地域は以前にも増して治安が悪化しました。いくつもの武装組織の板挟みになり、リーダーたちが次々に殺害されています」

 コロンビアでは2016年、国内最大の反政府ゲリラFARCと政府の間で和平合意が結ばれた。ノルベイさんらゲリラ活動地で暮らした人々にとって、平和への転換点となるはずだった。しかし、期待は裏切られた。

 「FARCがいなくなって生まれた<権力の空白>を政府は支配できず、そこに複数の武装組織が侵入し、対立が複雑化したんです」

政府に抗議する先住民族と対峙する治安部隊(筆者撮影 2008年)

 コロンビアでは現在、麻薬を資金源にする組織が要地をめぐり争っている。密輸ルート上にあるノルベイさんらの村は、その対立に巻き込まれた。同様の問題を告発する地域リーダーが、各地で毎年300人前後殺害されている。2020年、こうした暴力から逃れる避難者が年間2万3861人に上ったと国連が発表した。

 住民が裏切られたのは、治安問題だけではない。

 「和平合意には、紛争の原因である格差是正など、政府が取り組まなければならない社会問題が盛り込まれていますが、これも履行されていません」

 コロンビアのシンクタンク「PARES」によると、紛争地域の格差是正を目的とした政府による開発計画(PDET)は、現在、汚職や予算不足により止まっている。

 格差問題と密接に関わる麻薬問題対策も同様だ。コロンビアは、コカイン生産、原料のコカ栽培ともに世界最大だ。社会インフラが未整備の地域では、交通網や市場の欠如などから、価格が安定するコカ栽培に依存する住民が少なくない。麻薬は武装組織の資金源にもなることから、和平合意では問題解決の両輪として、農村開発と、違法作物から合法作物への代替えを政府が支援すると謳われた。しかし、この代替え計画(PNIS)も予算不足から停滞している。

コカを収穫する(筆者撮影 2017年)

 全国紙エルティエンポ(El Tiempo)によると、2021年、PDETは必要とされる予算の4%しか確保されておらず、PNISも同様に16%にとどまっている。予算不足はコロナ禍以前からの問題だった。前述のシンクタンクPARESは、政府が履行すべき計画が停滞している背景として、「政府の怠慢、政治的意思の欠如、官僚的障害」を挙げる。問題解決の枠組みは作ったものの、実行するための中身が欠如しているのだ。

 住民への支援計画が滞る中で進んでいるのが、治安部隊によるコカの強制除去だ。ほぼ唯一の収入源を補償なしに奪われることに反発する農民と治安部隊が衝突しており、2017年10月には、抗議する農民7人が治安部隊に殺害され、20人が負傷した。政府はさらなるコカ除去のために農薬グリフォサートの散布を承認した。その強い毒性から健康・環境への影響が危惧される。

 農村を置き去りにする政府に対し、ノルベイさんがこう訴える。

 「違法組織に対して機能しない政府が、現状を訴えるデモに銃弾を撃ち込む。私たちは強く憤っています」

デモに反対する市民

 コロンビアでは、デモ開始の直後から、全国各地で抗議者による幹線道路封鎖が相次いだ。その数は約3000カ所に上る。1カ月以上におよぶ封鎖で交通は麻痺し、食料品や医薬品など生活必需品の流通も滞る。さらに目につくのが、暴徒化する一部のデモ参加者たちだ。商店や銀行への押し入りや略奪、公共施設への放火などが起きている。そうした暴徒を理由に、デモ全体を批判的に見ている人は少なくない。ジェイソン・フォンセカさんもその一人だ。

 現在39歳のジェイソンさんは、首都ボゴタで警備の仕事をしている。隣接するソアチャ市から毎日通勤しており、封鎖による影響を日々実感している。病気を患う母親が通院できないことにも困っている。

 「彼らは秩序を乱して迷惑です。彼らの行動は力づくでも抑え込まなければなりません」と話し、デモを攻撃する政府の対応を支持する。

コロンビア治安部隊(筆者撮影 2008年)

 その一方で、ジェイソンさんは、貧困など解決されない社会問題にも憤っており、汚職が蔓延する現政権も支持していない。ジェイソンさんの同僚は、「彼のようにデモ隊と同じ問題意識を持ちつつデモに同調しない人は、都市部では珍しくありません」と話す。

 ジェイソンさんは、ソアチャ市の貧困家庭で生まれ育った。まだ幼かった90年代、コロンビアは「麻薬王」と呼ばれたパブロ・エスコバルらが政府軍と対峙する「麻薬戦争」の只中にあり、ジェイソンさんは都市部で頻発するテロを見て育った。2000年代に入ると、複数の武装組織によって抗争が起き、紛争が激化する農村から万単位の避難民が街に流入して地域が混乱した。都市部で生まれ育ったジェイソンさんも、長年、暴力と隣り合う場所で過ごした。

 2000年代前半、タカ派のアルバロ・ウリベ政権期を経て、都市部の治安が劇的に回復し、ジェイソンさんはようやく落ち着いた生活を手にすることができた。暴力を憎むからこそ、秩序を乱す存在を嫌悪する。これまでを振り返り、こうも話す。

 「私は家族のために貧困から抜け出そうと努力し、今の仕事を得ることができました。だからこそ、それぞれが努力すれば社会をよくすることができると思うのです。そこに暴力は必要ありません」

 政府のデモ隊への過剰暴力に国内外から非難が集まる。人権侵害は許されない。しかし、その背後にいる、政府の行動を支持する市民の存在は見えにくい。彼らも暴力を憎んでいる。

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