ラテンアメリカの今を届ける 第5回
コロンビアで拡大する格差と、分断される社会
- 2021/6/14
暴力に“NO”と言う
若者が、力を込めてこう歌う。
「暴力も、たくさんの悪いことにもうんざりだ。私は違う世界が欲しいんだ。平和で満たされた世界が」
HIPHOPグループ「AfroMitu」が、暴力の応酬をエスカレートさせる現状に対して作った新曲だ。コロンビアでもっとも危険な街の一つに挙げられる港町トゥマコに暮らす彼らは、歌うことで暴力と向き合ってきた。
トゥマコは麻薬密輸の要地となり、長年、覇権を争う武装組織の対立に住民が巻き込まれてきた街だ。身近で起きる抗争に、住民は報復を恐れて被害を告発できなかった。彼らが最初に作った曲がある。「Decimos “No” a la Violencia(私たちは暴力に“No”を言う)」。誰もが暴力に恐怖し発言できなかった時にこの歌を作り、世界に向けてYouTubeで発信した。
AfroMituのメインボーカル、ネイシー・テノリオは、麻薬組織の抗争に巻き込まれ兄を亡くした。だからこそ、人一倍暴力を憎み、世界を変えたいと思っている。
インターネット上で一本の動画を見ることができる。デモが全国に広がる5月、路上で歌うAfroMituの映像だ。周囲には、彼らの言葉に耳を傾けリズムに体を揺らす人の輪ができていた。彼らはこう話す。「人々に沈黙を強いるのが暴力です。だから、私たちは歌うんです。もう沈黙しない」
意見が異なるからこそ「対話」を
紹介した3つの立場の人々に共通するのは、それぞれコロンビア社会の「周縁」で暴力に隣り合ってきたことだ。社会問題に直面しやすい場所で生きてきた誰もが、暴力のない世の中を強く望んでいる。
冒頭で示したように、コロンビアでは国民の半数近くの42.5%が貧困下での生活を余儀なくされている。社会格差を表すジニ係数は0.547と、世界的に見ても高レベルにある。そして来年、大きな格差を抱えながら、4年に一度の大統領選挙を迎えようとしている。
意見の違いが生む市民の対立は、候補者の行動を左右し、政治的な駆け引きの場になっている。
現大統領の後ろ盾でもあるアルバロ・ウリベ元大統領は、自身が違法組織との癒着や汚職で訴追されている中で、抗議デモ参加者に見られる暴力行為を「社会主義者」と結び付ける発言をする。都市部を中心に見られる「社会主義」へのアレルギーを刺激し、左派系候補者を牽制している。
また、大統領候補の中で最も高い支持を集める左派のグスタボ・ペトロ氏は、自身のSNSで、治安部隊によるデモ隊への激しい暴力映像を繰り返し拡散する。市民の対立感情を煽りつつ、「私は暴力行為に与しない」という意味の発言をすることでバランスを取ろうとしている。
ペトロ氏のポピュリスト的な考えは、パンデミックで仕事と収入を失った中産階級や、拡大した最貧困層の強い不満の受け皿になると国内メディアは予想する。
今年5月、東京・渋谷で、在日コロンビア人らが母国の現状を訴えパレードした。ボゴタ出身のセサル・ヒメネスさんがこう話した。
「私たちは、暴力そのものに対して行動したい。政治的な考えはそれぞれです。でも、暴力に反対することでは一致できます」
コロナ禍で格差が拡大するとともに、政治的にも社会が二分されようとしている。だからこそ、異なる意見を持つ人同士が暴力を介さずに交わることが必要になる。