原子力発電は気候変動対策に必要か?EUのグリーン認定を考える
2050年までのカーボンニュートラル実現と脱ロシアのはざまで
- 2022/1/20
EUの欧州委員会は2021年12月31日、原子力と天然ガスによる発電を、脱炭素化に寄与する「持続可能なグリーンエネルギー」として条件付きで認定する「EUタクソノミー」の草案を公開した。これを受け、欧州諸国では、特に原子力発電の是非を巡って激しい議論が交わされている。2050年までに「カーボンニュートラル」の達成を掲げ、温室効果ガスの削減を迫られているEU諸国の事情と、ドイツが抱えるジレンマに注目しながら、一連の議論を読み解く。
タクソノミー草案の衝撃
「タクソノミー」とは、持続可能な経済活動を促進するためにEUが独自に定めているガイドラインであり、気候変動に配慮したプロジェクトへの投資の誘導を目指すと同時に、気候変動対策と経済成長の両立を目指す「欧州グリーンディール」の中核を成すものである。
このほど公開された「EUタクソノミー」に関する草案によって、原子炉やガス火力発電所の建設に対する投資が「一定の条件下で」気候変動を緩和させることが認定された。「一定の条件」としてプラントの技術が最新であることと、一定の制限値が遵守されて2050年以降の核廃棄物の具体的な処理コンセプトがあることが掲げられている。
実際、原子力発電はCO2をほとんど排出しない上、自然エネルギーと異なり、安定した電力を供給することが可能であることから、温室効果ガスの排出削減に向けた圧力の強まりもあいまって、EUに加盟している27カ国うち14カ国で原子力発電が推進されている。
その一方で、原子力発電は多くの放射性廃棄物を排出する上、万が一、事故が起きた際の損害も大きいことから、EU内では以前から反対の声も大きく、激しい論争が交わされてきた。例えば、70%以上の電力を原子力発電に依存しているフランスや、CO2排出を大幅に減らしたい中欧諸国は、原子力発電を積極的に推進しているのに対し、オーストリアやドイツでは、核廃棄物処理の問題や安全性への懸念から、伝統的に反対が根強い。今回の草案についても、オーストリア気候変動・エネルギー相のレオノア・ゲウェッスラー氏が「原発の推進はタクソノミーの原則に反する」として、法的措置に訴える構えを示しているほか、ドイツ経済・環境保護相のロバート・ハーベック副首相も「グリーンウォッシング」だと強く非難している。
反核運動大国ドイツ
ドイツは、世界で最も反原発運動が強いと言われている。同国では、1950年代の終わりから原子炉の建設が進められてきたが、地元住民からは強い反対運動が繰り返されてきた。特に、1979年に米国のスリーマイル島で原発事故が起きた後は、抗議運動が激化。南西部で計画されていたヴィール原子力発電所の建設を中止に追い込むなど、他の国々における反対運動のモデルになったと言われている。
さらに、1986年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故によって欧州各地に放射能物質が拡散すると、原子力発電に対する反発は一層強まり、原子炉の新規建設は実質的に不可能となった。
2021年10月に発足したショルツ新政権に連立入りしている環境政党の「緑の党」も、もともと反原発運動から生まれた政党である。同党が初めて連立政権入りした2000年には、稼働中の原子力発電所の順次停止と、新規建設の中止の決定にも尽力した。
その後、2010年には、親ビジネスを掲げる自由民主党と連立を形成していたメルケル首相(当時)は決議の一部を覆し、稼働中の発電所の停止を延期したものの、2011年に日本で福島第一原子力発電所事故が発生し、国内で再び抗議運動が高まったことから、稼働中の6つの原子力発電所をすべて2022年末までに停止することを決議せざるを得なくなった。
これを受けて2021年末に3つの原子力発電所が相次いで閉鎖され、残る3つも閉鎖まで残り1年となって脱原発の実現までの目途が立ったことを反原発の活動家たちが祝っていたところに原子力発電を容認する冒頭のガイドラインのニュースが飛び込んできたのは、皮肉としか言いようがない。
脱原発が進まない事情
もっとも、EU側には、リスクがあろうとも原子力発電を止められない事情もある。各国とも再生可能エネルギーの導入を進めているものの、それだけでは2050年までにCO2の排出をなくすのはほぼ不可能だからだ。
実際、原子力発電の全廃に舵を切ったドイツは再生可能エネルギーの導入を進めているものの、CO2の排出量はEU諸国の中で依然としてかなり多い。南部に広がる工業地帯に安定的に電力を供給するために、石炭による火力発電を廃止できずにいることが原因だ。
科学技術分野における欧州最大の応用研究機関、フラウンフォーファー研究機構(本部:ドイツ)によれば、2021年のドイツの実質電源構成は、再生可能エネルギーが45.8%、次いで石炭発電が29.7%(うち褐炭が20%)、天然ガスが10.4%と続き、原子力発電は約13.3%である。
ショルツ政権は、石炭火力発電所の廃止期限をこれまでの2038年から2030年に前倒しすると意欲を示しているが、これを実現するためには再生可能エネルギーの割合を現在の45.8%から2030年までに80%以上に増やす必要があり、不可能だと見る専門家も多い。