「ウィズコロナ」に舵を切るベトナム
経済活動を手探りで再開し、景気をテコ入れ
- 2021/12/31
ベトナム政府は2022年1月1日よりワクチンを2回接種済みの入国者らに対して強制隔離を課さず、自宅やホテルなどで3日間の自主隔離とすることを正式決定した。国内では北部のハノイを中心に新規感染者数の高止まり状態が続き、感染状況は好転していると言い難いものの、さまざまな規制が緩和される傾向にある。年末年始に旧正月と、人やモノの動きが活発になるシーズンを前に、長期にわたり停滞していた経済活動を手探りで再開しつつ景気のテコ入れに踏み出すベトナム社会の様子に人々の自粛疲れが垣間見える「ウィズコロナ」の動きを追った。
朝から大音量のクリスマスソング
ホーチミン市内有数の住宅地、2区に住む韓国人の友人がうんざりした声で連絡してきた。彼女の住むマンションのロビーや公共スペースで、朝の7時からクリスマスソングが大音量で流れているらしい。いくらホーチミンの人々が朝型で(地元の学校は7時から始まるところも多い)、お祭り好きなラテン気質が強いとはいえ、「閉口するほどのボリューム」だという。
実際、ベトナム人の音量に対する意識は非常に「おおらか」で、筆者も近所のカラオケや、夜中の容赦ない工事音にはしばしば悩まされている。友人はマンションのレセプションに再三苦情を申し立て(1度のお願いでは止まなかったらしい)、どうにか収まったそうだ。彼女に同情しながらも、内心、少し嬉しさを感じたのは、コロナ禍にあってもなお、イベントを「例年通り」に変わらず楽しもうとするベトナム人に元気をもらった気がしたためだ。
いや、こんな折だからこそ、なおのこと張り切り過ぎたゆえの大音量だったのかもしれない。クリスマスソングが一段落すれば、今度は新旧正月の年越しソングが控えている。
一方、市内中心部の商業ビルや目抜き通りでは、例年、クリスマスのイルミネーションがキラキラと街を彩る。特に日暮れ後は、子ども用のサンタクロースの衣装や小物などを売る露店を冷やかしたり、記念撮影をしたりする人々でごった返すのが風物詩だ。
今年も、歩行者天国のグエンフエ通りとその周辺でイルミネーションがお目見えした。もっとも、都市部などでは混雑を避けるようにというガイドラインが出されていることもあり、飾り付けは例年よりは控えめな印象を受ける。路面店や露店も、店内の席数を減らし、通りの人出自体も減少しているため、例年ほどの賑わいは見られない。 それでも、この時期は雰囲気だけでも楽しもうと繰り出す人が多いようで、普段と比べて道路は渋滞している。子どもと妻と3人でグエンフエ通りにバイクで乗りつけたティエットさんは、お目当てのデコレーションをバックに何枚か記念写真を撮影。「毎年、この時期は街をぶらぶらして楽しむのが恒例でしたが、今年は記念写真だけにします。お祭りムードは大好きですが、健康と安全が一番なので」と話して帰っていった。
ティエットさんに限らず、滞在時間を短縮したり、屋外の散策に留めたり、または混み合いそうな時間をずらして遅い時間に出かけたりと、人々はそれぞれに工夫しながらも、この季節ならではの雰囲気を味わっている。
そんな中、若者たちがSNS映えを狙って次々と訪れるカフェがある。木の温かみを感じさせる開放的な店内には、欧米のクリスマスを思わせるディスプレイがあちこちに施されている。人工雪を降らせるサービスもあり、常夏に暮らすホーチミンっ子たちが憧れるシーンを演出している。マネージャーのユイさんは「予想を上回るお客様が来店しますが、感染拡大防止の観点から、入店は事前予約者に限定しています」と話す。さらに、ワクチン接種証明書の提示と健康状態の申告も義務付けているそうだ。
ベトナムが「ウィズコロナ」の状況下で迎える初めてのホリデーシーズンは、始まったばかりだ。
繰り返す感染者増で変わる人々の意識
ベトナムは10月にロックダウンが解除され、経済活動を徐々に再開して、飲食店や商店、市場、スーパーに賑わいが戻りつつあった。1日あたりの新規感染者数も収束しかけたと思われたものの、10月下旬から再び増え始め、11月中旬から現在まで、連日1万人を超えている。
さらに、ロックダウン前後はホーチミンを含む南部で感染者の増加が著しかったが、12月に入ってからは首都ハノイをはじめとした北部で増加している。
にも関わらず、以前のような厳しいロックダウンが行われる気配が今のところ感じられない背景には、ワクチン接種に望みを託し、経済回復を加速化させたいという国の方針が垣間見える。
12月中旬時点で、国内では1日あたり100万から150万回のワクチン接種が実施されている。ベトナム保健省の発表によれば、接種速度は中国とインドに次いで世界で3番目に速く、人口の77パーセントが1回目の接種を済ませ、60パーセントが2回目の接種も終えているという。
また、接種カバー率も東南アジアの中でシンガポール、カンボジア、ブルネイについで4番目に高く、国内43省と市における接種状況は、18歳以上の人口の90%を超える人たちが最低1回のワクチンを接種済みとされ、うち30の省で95%に達している。
国と地方の関係部署が参加した会合では、現在の接種スピードを保ちつつ、2022年3月末までに18歳以上の全員に対して3回目の追加接種を終わらせる、という方針が示された。
地元の人々の受け止め方も変わりつつある。ベトナムが「コロナ対策の優等生」だと国際社会で評価されていた2021年春頃は、陽性者が出れば封鎖や隔離が徹底され、陽性者が出た飲食店などを槍玉に上げる雰囲気すらあった。しかし、度重なる感染者数増加やロックダウンを経験し、人々の意識は変化しているようだ。
外出制限や経済活動の規制による市民生活へのしわ寄せは深刻だ。政府は、今年4月からの強力なロックダウンを機に約43億円の給付金による支援を決め、社会保険に加入している労働者だけでなく、ロックダウンで失業した者や、行商や鉄くずの回収、荷物の運搬などを行う自由業者も給付対象とした。この措置は、現時点まで4回にわたり追加継続されている。
ホーチミン市では、コロナ禍で配偶者を失うなどして単身世帯になった高齢者と、親を亡くした子どもたちに対して補助金を支給する案も提出された。約38万人あまりの高齢者と、約2000人の子どもたちに無料の医療保険証を発給するほか、月に2500円から5000円を支給し、高校を卒業するまでの学費も補助するという内容だ。都市部の学校では、休校による自宅待機が半年以上におよんでおり、感染防止に注意を払いながらも日々の生活は続いていく。
ホーチミン市の5区でフォー店を営むハンさんは、近所で陽性者が出たと聞いても特に動揺しなかったという。彼女自身は2回のワクチン接種を終え、日常生活での感染対策もしっかり行っているという自信があったからだ。早朝の営業を終えた帰途、陽性となった近所の人に差し入れる果物を購入した。
ハンさんは「コロナとともに生きる術を学んだので、もう怖いとは思わない。ネガティブに考えて人生を台無しにするのはもう嫌。つらい時期だからこそ、お互いに助け合わないと」と話し、ドアの前に果物の袋を置いた。ドアには”家人が隔離中”と書いた紙が貼られていた。