ドイツ総選挙で世代と地域の格差が浮き彫りに
連立成立まで読めない新政権の形
- 2021/10/5
世界各国から注目されたドイツの第20回総選挙が9月26日に行われた。メルケル首相の引退後を占う選挙は、得票が各党に分散し、圧倒的な勝者がいないという結果になったが、得票数を世代別、地域別に見てみると、ドイツ国内の格差が明らかになってきた。
メルケル時代の終焉
事前の世論調査の結果が示す通り、総選挙は、中道リベラルのドイツ社会民主党(SPD)が、メルケル首相の率いてきた中道保守のキリスト教民主・社会連盟(CDU/CSU)を僅差で上回る結果となった。
選挙当日は、広い地域で夏のような晴れ間の広がる暖かい天候が広がり、街には人が溢れた。新型コロナウイルスのパンデミックの影響から事前に郵便投票を済ませた約半数の有権者と、この日、投票所を訪れた有権者を併せると、投票率は最終的に76.6%と、4年前の総選挙よりも0.4%上昇した。
筆者も当日、選挙権を持つ人たちと夕方に一緒に過ごした。夕方18時過ぎに第一予測が報じられると、多くの人がスマートフォンを見つめたが、各党はその後も接戦を繰り広げ、ようやく暫定結果が公開された時には翌朝5時を過ぎていた。
第一党となったのは、全体735席のうち、206議席(28%)を獲得したSPDだった。メルケル氏が率いていたCDU/CSUも196議席を獲得(26.7%)し、その差はわずかではあったものの、SPDが53席を増やした一方、これまで圧倒的な支持を得ていたCDU/CSUが48席を失ったという変化がドイツ社会に与えた衝撃は大きい。これは、「メルケルの後継者」として浮動票を集めたのが、メルケル氏に代わってCDU/CSUの新党首となったラシェット氏ではなく、メルケル政権で副首相を務めてきたSPDのショルツ氏だったことを示している。
しかし、そのSPDが獲得した議席も3割に満たない。圧倒的な信頼を得ていたメルケル氏の引退後の政界に有権者が望むものがそれだけ多様で、議席が各党に割れたと言えよう。
「孫の未来」訴えるキャンペーンも
第三党となったのは、従来から51席増の118議席(16%)を獲得した緑の党だ。とはいえ、選挙戦中は世論調査でも「気候変動への対応」が最も重要な争点として上げられていたにも関わらず、支持者が期待したほどには議席が伸びなかったことに対し、若者層を中心に落胆が広がっている。
長年、第一党の座にあったCDU/CSUは、環境政策が不十分だとして以前から環境意識の高い若者に忌避されていた。ドイツ政府は2019年、連邦気候保護法を制定し、2030年までに温室効果ガスを1990年比で55%以上削減すると掲げたが、2031年以降の規定を欠いている上、各セクターに課す炭素税の金額が低いなどという理由から、環境活動家の間で評判が悪かった。また、15歳から32歳までの若者ら9人が「同法は将来世代の自由の権利を侵害しており違憲だ」と訴訟を起こし、今年4月末には彼らの主張を認める判決が下されていた。
実際、ドイツはEUの中でも二酸化炭素排出量が多い。2022年までに原発のある社会から抜け出すことを掲げて石炭発電が増えたためだ。再生可能エネルギー施設が建設されているのは主に北部であり、電力が必要な南部の工業地帯には大型の送電線がいまだ建設されていない。環境に負荷をかける石炭発電は、現在のところ2038年までに廃止すると定められているが、緑の党はこの期限を2030年に前倒しするよう訴えてきた。
総選挙前の最後の金曜日にあたる9月24日には、世界的な環境デモ「フライデー・フォー・フューチャー(未来のための金曜日)」が、ドイツ全土でも開かれ、ベルリンのデモには約4万人が集まった。当日は、このキャンペーンを生み出したスウェーデン人環境活動家のグレタ・トゥーンベリ氏(18)も、ドイツの環境活動家ルイザ・ノイバウアー氏(25)とともに登壇し、ドイツの不十分な環境政策を批判するとともに、今すぐに行動を起こさなければならないと訴えた。
„We need to become climate activists and demand real change. Because remember, change is now not only possible. It is also urgently necessary. But when enough people demand change, then change will come.“- @GretaThunberg
Klimastreik – Berlin, 24.09.21#climatestrike pic.twitter.com/9vjfEtR2Sx— Sophie Tichonenko (@s_tichonenko) September 26, 2021
少子高齢化が進むドイツでは、未来を生きる若年層の有権者の割合が小さい。そこで彼らは、安定した年金を得て自らの生活を守ることができそうな政党を支持する傾向にある高齢者層に対し、「若者の未来を考えてほしい」と訴える手紙を書くキャンペーンを展開したり、「孫のために投票しよう」などのスローガンをあちこちに掲げたりした。
こうした働きかけが功を奏し、 ベルリンを拠点に政治研究を行うインフラテスト・ディマップの集計によれば、緑の党は34歳以下の世代で最も多い票を獲得しただけでなく、40〜50代からも一定の支持を得ていることが分かる。
にも関わらず、CDU/CSUやSPDという二大政党に匹敵する票を獲得できなかった背景には、世代間の格差に加え、党首の経歴誇張や著書の不適切な引用など相次いで発覚し、信頼が失墜したという事情がある。また、炭素税の引き上げなどの増税策を訴えたことで、物価上昇中のドイツ市民に敬遠された可能性もある。
また、緑の党の支持層は、主に都市部の高学歴層であり、公共交通が発達していない郊外や東ドイツの人々の支持を集められなかったという指摘もある。実際、選挙区から直接、緑の党の議員が選出されたのは、ベルリンの一部やケルン、旧首都のボンなど、主に都市部の選挙区だった。
一方、環境政策に対する国民の関心が高まっていることを背景に、CDU/CSUやSPDも環境政策の強化を訴えており、緑の党が連立政権に入る可能性は非常に高いだろう。新たな連立政権の成立後にどのような環境政策が出てくるのか、注目される。
デジタル化の遅れに危機感
第四党となったのは、議席を12伸ばし、92席(12.5%)を獲得したビジネス系のドイツ自由民主党(FDP)だ。
FDPは伝統的な保守政党で、一部の経営者や大企業で働くような少数の層に支持されている。厳しい環境政策は嫌うが、今回の選挙では「デジタル化」「イノベーション」「起業」というキーワードや政策を強調し、若者からの支持を集めた。
ドイツは、日本と同様に書類が多く、官僚的な国だと言われる。新型コロナのパンデミックでは、対策の要となるべき医療機関や事務所でいまだにFAXが使われ、学校でオンライン授業の導入が進まないなど、デジタル化の遅れが露呈した。そのような現状に強い危機感を抱いているのが、若者層だ。
環境への意識が高い若者の間で、環境に必ずしも優しいとは言えないFDPが支持を得た背景には、デジタル化やイノベーションの分野で出遅れている現状への危機感があると言えよう。