日向史有監督『東京クルド』が描く絶望の国、日本
記号やカテゴリーとしてではなく、「存在」を伝えたい

  • 2021/8/13

 入管収容者の劣悪な環境や、非人道的な処遇への関心が高まっていることを受け、1本の映画が緊急公開された。日向史有監督の長編ドキュメンタリー『東京クルド』。幼い頃から日本で育った2人のクルド人青年の日常が浮き彫りにするのは、どこまでも無慈悲で冷酷な日本の姿だ。2015年から約2000人と言われる在日クルド人の取材を始め、ショートフィルム(2017年)やテレビ版(2018年)を通じて彼らの姿を伝えてきた日向監督に、難民認定率が1%に満たない日本社会と、それでも確かに存在する「難民」たちが置かれている現状、そして映画に込めた思いを聞いた。

映画『東京クルド』に込めた思いについて話す日向史有監督                     (c) 2021 DOCUMENTARY JAPAN INC.

阻まれる将来の夢

 自分の将来を想像し、可能性を思い描いて夢を語る若者たちの姿は、生き生きしている。「持ち前の語学力を生かして通訳になりたい」という目標に向かい、日本語能力試験を受けるために漢字の勉強を続けるラマザンと、「テレビに出るタレントになって注目されたい」と顔を輝かせるオザン。青春真っただ中にある2人の青年が胸に抱くみずみずしい希望は、しかし、ことごとく阻まれる。2人が「非正規滞在者」だという理由で。

『東京クルド』では、ラマザンとオザンの青春と日常が描かれる                (c) 2021 DOCUMENTARY JAPAN INC.

 彼らは、トルコ出身のクルド人だ。「国を持たない最大の民族」と呼ばれるクルド人は、トルコ南東部やイラク北部、シリア北東部、イラン北西部にまたがる地域に約3000万人が暮らし、独自の言語と文化を有しているが、各国では少数派で、歴史的に差別や弾圧の対象になってきた。
 もともとトルコの同じ村で暮らしていた幼馴染の2人は、故郷での生活に危険が迫ったことから、小学生の頃にそれぞれの親に連れられて、兄弟と一緒に来日した。以来、周囲の日本人の子どもたちと一緒に義務教育を受け、15年にわたって生活する中で、よどみなく日本語を話すようになり、日本の生活習慣も身に付けた。それでも彼らは仕事をすることを許されず、健康保険に入ることも、生活保護を受けることもできない上、住んでいる埼玉県から出ることすら制限されている。
 かくも徹底的に日本社会から排除されているのは、彼らがこれまで幾度、難民認定を申請しても認められず、「仮放免許可」の状態に置かれているためだ。これは、在留資格のない外国人が入管への収容を一時的に免れている状態であって、滞在を認められたわけではないため、たとえば月に一度、あるいは2カ月や3カ月に一度というように、それぞれ定められた頻度で定期的に入管に「出頭」して期間の延長を申請する必要がある一方、いつ延長が却下されて収容されてもおかしくない。

窓越しに救いを求めるラマザンの叔父。収容は長期にわたり、体調を心配した家族が2回にわたって救急車を呼んだが、入管に追い返された          (c) 2021 DOCUMENTARY JAPAN INC.

 実際、映画で流れる「帰ればいいんだよ。他の国行ってよ」という嘲笑交じりの入管職員の発言は2人にとって日常であり、周囲の大人たちも、皆、1度や2度は入管に収容された者ばかりだ。彼らの父親は2人が幼い頃に、それぞれ1年半から2年半、収容されていたし、ラマザンの叔父は2度にわたって、計2年近く収容された。特に、2度目の時は体調を心配して家族が呼んだ救急車が2回にわたり入管職員に阻止され、空のまま引き揚げるという事件が起きて社会の注目を集めた。また、オザンの従兄は、19歳で一度収容された後に仮放免されて結婚し、幸せをつかんだかに思われたが、再び収容され自傷行為を繰り返すほど精神的に追い詰められたという。

 先の見えない不安と、受け入れてもらえないことへの怒り、そして諦め。2人をはじめ、周囲の在日クルド人の人々は、ずっとギリギリの日々を強いられ続けてきた。

アイデンティティの行方

 日向監督が難民問題に関心を持つようになったのは、シリア内戦によって欧州難民危機が起きた2015年のことだった。長蛇の列をなして国境線を歩く人々や、ぎゅうぎゅう詰めの小舟で海を漂いながら違う国を目指す人々、ギリシャの街に溢れる人々など、ニュースで流れる映像や写真で見ながら、「彼らはどのように祖国を離れたのか」と興味を抱き、日本に暮らす難民の状況を調べ始めた。

2015年10月に行われたトルコ総選挙の在外投票日に渋谷の駐日トルコ大使館前で繰り広げられたトルコ人とクルド人の乱闘騒動に関する記者会見        (c) 2021 DOCUMENTARY JAPAN INC.

 そんな監督は、在日クルド人の集まりで、10代後半や20代前半の若者たちが「将来はIS(中東の過激組織「イスラム国」)に対峙し、闘いに身を投じたい」と話すのを聞いて強いショックを受ける。シリア内戦の混乱に乗じて急激に台頭したISは、当時、「テロとの闘い」を掲げる米国主導の有志連合と激しい戦闘を繰り広げていたが、その地上部隊として最前線に立っていたのが、クルド人の治安部隊だった。
 とはいえ、せっかく安全な日本に逃れてきたのに、なぜ戦地に行きたいと言うのか。真意を図りかねて戸惑う日向監督に、彼らは「日本にいても意味がないから」と語ったという。各国で迫害を受け続け、歴史の表舞台に出ることのなかったクルドの人々が、国際社会から<絶対悪>とみなされたISと闘っている時だけは、英雄視されてメディアを飾り、世界中から称賛してもらえる―。若者たちが戦地を志す背景にあったのは、祖国でも、日本でも、虐げられて拒絶され続ける現状への深い絶望と、「認められたい」という切なる願いだった。

 そんな彼らの状況をもっと知りたいとの思いに駆られた監督が注目したのが、ラマザンとオザンだった。2人は「ISと闘いたい」とは言わなかったものの、他の若者と同じように「ISと闘うクルド人兵士はカッコいい」「僕たちの誇りだ」と、ことあるごとに口にした。幼い頃から日本で育ち、日本社会で生きているのだという自覚と、クルド人としての意識がせめぎ合っている彼らのアイデンティティがどこに向かうのか、その行方を見届けるべく、監督はカメラを向け始めた。

「彼らの覚悟に応えたい」

 レンズ越しに見守り続けた2人は、夢を抱いては無残に打ち砕かれ、周囲から心ない言葉を浴びせられ、幾度も気持ちが折れそうになる。それでも日向監督は、自ら働きかけたり、行動を促したりせず、彼らから言葉を引き出すための質問にとどめてカメラを向け続けた。
 記録に徹することを心掛けたのには、理由がある。通訳になるために進学を希望していたラマザンが、8つの専門学校に問い合わせたにも関わらず、「仮放免許可者を受け入れるのは前例がない」という学校側の無理解からことごとく断られ、ひどく落ち込んでいた時に、一度だけ「諦めずにもう少しだけ頑張っては」と声をかけたことがあった。しかし、「受け入れてくれないのはそっち(日本)ですよね」と返されて何も言えなくなった記憶が、苦い思いと一緒に胸の奥底に沈んでいるためだ。

入管に「出頭」するためにバスに乗るラマザン。通訳になる夢を抱きながらも、専門学校側から「前例がない」と入学を断られ続けて苦しんでいた   (c) 2021 DOCUMENTARY JAPAN INC.

 そんな監督が、撮ることの意味や、撮影者の立場について深く考えるようになったのは、2人に出会う前のある出来事がきっかけだという。
 以前、日向監督は、内戦が続くシリアを逃れて来日したユセフ・ジュディさん一家を1年かけて撮影し、「隣のシリア人」(日本テレビ)という30分のドキュメンタリー番組を制作した。当時、ジュディさんは難民認定を求めて日本政府を相手に訴訟中だったが、2016年に番組が放送された後、敗訴する。もともとジュディさんを勝たせるために撮ったわけではないとはいえ、「番組を作っても彼の人生が好転しなかったという事実に落胆する気持ちを抑えられませんでした」と、当時を振り返る。一時は、「何のために撮っているのだろう」とまで考えた監督だが、それでもカメラを向け続けているのは、映像自体には力がないとしても、見てくれた人に行動を起こさせ、現状を変える力になるはずだと信じているからだ。

「タレントになってテレビに出たい」という夢もかなわず、父親との関係にも悩み、苛立つオザン (c) 2021 DOCUMENTARY JAPAN INC.

 オザンとラマザンが撮影に協力し、家族や周囲の人々も実名で顔を出して公開することを了承してくれたのは、もちろん日向監督が時間をかけて築いてきた信頼があるからこそだが、当然ながらその判断には大きなリスクを伴う。「それを理解した上で、賛同し、力を貸してくれた彼らの覚悟に応えたい」と日向監督は力を込め、こう続けた。
 「“クルド人”、“難民申請者”、“非正規滞在者”と記号化され、とかく大きなカテゴリーでくくられがちな存在を、個々人の名前とともに伝え、彼らがどんな思いで日々生きているか見せることによって、一人の実在する人間として知らしめたいのです」

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