【書評】中西嘉宏著『ミャンマー現代史』ミャンマー政変をどう捉えるべきか
ミャンマー国軍の行動原理を精緻に描いた良書

  • 2022/10/19

 2021年2月にミャンマーで政変が起きて以来、本問題を取り上げた日本語の書籍は本書を含めて何点か出版され、いずれも現地の事情や情勢を克明に捉えて現状を分析している。

 本書は、ミャンマーにおける軍と政治の関係を研究対象とし、軍事政権の長期持続の要因を明らかにしようと研究を行ってきた研究者によって執筆された。著者の経験と専門がいかんなく発揮され、国軍側の理論や立ち位置をわかりやすく分析している良書である。

 本評では、まず本書の概要を解説する。次に、残された論点を整理したうえで、本書と補完関係となりうる論考と書籍を紹介したい。

中西嘉宏著『ミャンマー現代史』岩波新書、2022年8月

国軍の自己像は守護者

 本書では、国軍が繰り返しクーデターを起こして政権を掌握してきた背景に、自らを国家の守護者と捉え、多数派ビルマ族・仏教徒を中心に統一された国家を理想としていること、彼らがガーディアンシップ(守護者としての責任)にもとづいて行動していることが描かれている。そうした中、社会が活動家アウンサンスーチーを生み出し、彼女が民衆の心をどう捉えたのか克明に記述したうえで、彼女と国軍との権力闘争を描いている。一方で、ミャンマーを俯瞰的にながめ、この国が植民地から独立して以降、国軍ないし政府が全国を統治できたことは一度もなく、自治独立を求める少数民族の解放区が辺境の山岳部に存在し続けてきたことも記述している。

 また、インドと中国という大国に挟まれた地政学的背景から、軍政が冷戦期にどの陣営にも属さず経済的にも孤立し、その後の欧米諸国からの経済制裁もあいまって、この国が発展から取り残されたことを指摘。2011年に民政移管するまでは、経済成長が低位で安定する状態にあったこと、軍による経済政策は功を奏さず、むしろ廃貨などの悪手が繰り返され、国民の側は、経済不安などを契機として都市部を中心に何度も大規模デモを展開し、そのたびに武力で押さえつけられたこと、同時に少数民族地域の住民が過酷な弾圧を受けて国内外へ避難するなど、大量の民間人の血が流れ、抑圧され続けてきた歴史を整理している。

2021年クーデターの背景

 2011年の民政移管から2021年の軍事クーデターに至る10年間のダイナミズムも精緻に描く。2011年の民政移管は、国軍内の世代交代とトップ引退と同時に国軍主導で行われ、議席の4分の1は軍人が占めると規定されるなど軍の権力が温存されていたこと、アウンサンスーチーひきいる民主政党が、軍の枠組みのなかで権力闘争を挑んだことを解説。しかし、軍が想定した以上にアウンサンスーチーが権力を得てしまったため、ついに耐え切れなくなった国軍トップのミンアウンフラインが、2021年のクーデターを起こしたと分析。同じ10年間に、国軍と少数民族抵抗勢力との内戦や、国軍によるロヒンギャなどへの弾圧が激化した様子も記述されている。

 1962年、1988年、そして2021年と、なぜ、ミャンマーではクーデターと抵抗が繰り返されてきたのか。著者は「ポピュリズム」「誤算の連鎖」「暴力の罠」という3つのキーワードで解説する。このうち「暴力の罠」では、国民国家の不安定→国軍による危機管理→民主的な政治→国民国家の不安定…という悪循環が繰り返されてきたと分析。ただし、現状では国軍による危機管理が功を奏さず、さらなる混乱と危機を生んでいることから、今後は過去の悪循環から抜け出す可能性がありながらも、別の混乱の時代へと突入しつつあることを示唆している。

今後のシナリオと提言

 今後のシナリオを3パターンに分け、①形ばかりの選挙が行われ親軍政党が権力を握る、②選挙ができないまま軍が実権を握りつづける、③拘束者を解放したうえで選挙を行い軍と抵抗勢力が権力を分有する、のいずれかを辿ると予測。ただし③については、過去を水に流して対話するには多くの人の血が流れすぎてしまったことを指摘。5年、10年といった長さの話になるだろうと示唆する。さらに、日本の対ミャンマー政策の再構築を求めている。平和・民主主義・人権の支持を原則としながらも、欧米のように圧力一辺倒では、軍の実効支配下にいる一般国民も犠牲になる側面を指摘。国家と生活を壊さない支援を模索すべきだと提言する。具体的には、クーデター前の前提にたち継続されている既存ODA事業の見直し、人道支援の強化、日本国内でできる支援として留学生や難民、労働者としてのミャンマー人の受け入れなどである。

 最後に、ミャンマー人の歴史家タンミンウーの言葉を引きながら、ミャンマーを忘れられた紛争国にしてはならないと強く訴えている。国際社会からの圧力とともに忘却も進んだ、かつての軍事政権時代のように、援助の打ち切りや経済制裁一辺倒の関与ではなく、人道支援を強化しながら、軍と抵抗勢力の双方と接触を続け、対話の日が来るまで関与し続けることが必要との考えを示した。

ミャンマーでは日本語学習が昔から人気。無償で学べる寺子屋の日本語教室は、常に生徒さんでいっぱいだ(書評筆者提供・2009年撮影)

 以上が本書の概要である。一般読者にわかりやすいよう、学術用語をかみくだいて記述しながらも、紛争解決研究などの理論を引用して分析の枠組みや妥当性を示し、随所に著者の実体験がちりばめられており読みやすい。現地の知り合いを訪れていた著者が、軍のスパイにどのように見張られていたかを知るくだりは、当時のミャンマーを知る読者には懐かしく感じられ、知らない読者にも、かつての軍政時代の空気感が伝わるだろう。

さらなる検証と議論への期待

 これまで述べてきたように、本書は国軍の考え方やアウンサンスーチーとの相克を知るには非常に優れた書籍であるが、いくつか残された論点もある。以下、他の論考や書籍を参照しながら整理したい。

 まず、国軍のガーディアンシップの妥当性について議論の余地がある。ミャンマーの歴史の中で、国民国家の不安定→国軍による危機管理…といった悪循環が繰り返されているとの著者の分析は、なるほどと思える一方で、力で押さえつけるべき危機が本当に起きていたのか疑問が残る。たとえば、2021年のクーデターを起こした軍の理屈によれば、選挙に不正があり、これが非常事態宣言を発出するほどの国家の危機だったというが、選挙結果がくつがえるほどの不正はなかったというのは誰もが認めるところであり、本書にもそう書かれている。民政移管期に現地で情報誌を発行していた永杉豊は、著書『ミャンマー危機』のなかで、クーデターは2015年の総選挙で親軍政党が大敗した6年前から計画されていたとの元国軍兵士の証言を紹介。2021年のクーデター後には、国軍が非暴力デモを続ける市民だけではなく家の中にいる子どもまでも銃殺している実態を指摘したうえで、これらは、治安維持活動ではなく市民の虐殺だと評している。

第二次大戦中に日本軍と連合軍の激戦地だったメティラでは、1996年に日本のNGOから支援された浄水器が今も重宝されている(書評筆者が2019年に撮影)

 また、ミャンマーを辺境から研究する今村真央は、論考「辺境からみるミャンマー政変 : 内戦史のなかのクーデター」のなかで、10年間で本当に民主化が進んだといえるのか疑問を呈し、民政移管した2011年は、国軍が17年ぶりにカチン州の少数民族抵抗勢力との戦闘を再開した年だったこと、2015年にかけてミャンマー独立後最大規模の戦闘へ発展したこと、さらに、国軍がインターネット(特にFacebook)を通じて国民のロヒンギャへの憎悪を煽り、ロヒンギャ排斥を巧みに誘導したことを指摘している。ロヒンギャ問題などを取材してきた新聞記者の北川成史は、著書『ミャンマー政変――クーデターの深層を探る』のなかで、国軍が一方的な停戦の破棄や攻撃を繰り返したために、多くの少数民族抵抗勢力が政府との停戦交渉に合意しきれなかった様子を丹念に描いている。

 こうしたことから、国軍が自ら危機を引き起こしてきた側面も否定はできない。

罪を水に流して共存をめざすべき?

 次に、対話と権力分有の妥当性について考えてみたい。著者が、対立する当事者間の対話と互いの妥協、権力の分有ができるよう日本政府が努力すべきだと提言していることには、若干の違和感がある。なぜなら、本書にもあるとおり、国軍はこれまで一度も妥協し権力を分有したことがなかったからだ。民政移管に踏み切ったのは、権力を分有するのではなく、軍の掌の上で民主化していくことを想定してのことだ。したがって、2021年の第二次アウンサンスーチー政権の誕生は許されず、選挙のやり直しを求めてクーデターに踏み切った。この国軍の行動原理が変わらない限り、たとえ国民が国軍の罪を水に流したとしても、分有という未来は起こりえないのではないか。

 そう考えれば、国軍が文民政権のもと政治に関与しないシナリオと、そのための日本を含めた国際社会の関与も議論する価値があるだろう。

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