ケニアの家政婦たちが直面する苦境
新型コロナ対策で相次ぐ雇い止め

  • 2020/12/30

 世界各国で感染拡大が続く新型コロナウイルス。特に、サブサハラアフリカの非正規就労者たちの生活に与える影響は深刻だ。感染対策の下で雇い止めが相次ぐ彼女たちの苦境に密着した。

コロナ禍で家政婦たちが苦境に陥っている(c) Karolina Grabowska / Pexels

サブサハラ地域の5500万人の仕事に影響

 一般的に、開発途上国では、家政婦の仕事は典型的な非正規就労、あるいは非熟練の仕事として分類される。特殊技能を必要とせず、誰でもできる間口の広い職業であるため、世界のあちこちで富裕層や外国人駐在員が現地の家政婦を雇用するという光景が見られる。

 しかし、新型コロナウイルスの感染が拡大して以来、こうした状況が一変した。ケニアの場合、複数の家庭で家事業務を兼務する家政婦たちは感染源となる可能性が高いとみられ、本人たちが感染を恐れて仕事に出られなくなるケースのみならず、雇い主が、ある日突然、何の手当もなく解雇するという事態が相次ぎ、深刻化している。

 国際労働機関(ILO)が2020年6月に修正発表した予測によれば、サブサハラアフリカ全体で新型コロナによって仕事が減少したり、失ったりした家政婦たちは5500万人に上るという。また、家政婦をはじめ、インフォーマルワーカーと呼ばれる非正規就労者は経済的に脆弱で、ひとたびショックが起きて失職すれば、貧困に陥りやすいと言われている。世界銀行の推計によると、この地域で2020年中に新たに4000万人が絶対的貧困に陥るとみられている。

 家政婦を斡旋業務のイザベラ・ンジギさんは、ILOや世銀が出しているこれらの予測値に賛同していると話す。ケニアで今年3月に初めて新型コロナウイルスの感染者が確認されて以降も、はじめの1カ月は30人ほどいる家政婦たちに上手く仕事を回せていたという。職を求める家政婦たちからはじめに登録料1000シリング(約950円)を支払ってもらい、最初の仕事が終わればさらに報酬の半額を支払うというシステムも順調に回っていた。

 「しかし、最近6カ月間で私が斡旋できた仕事は、たった16回です。その多くも短期で雇い止めにあったり、そもそも移動制限で仕事に出かけることすらままならなくなったりしました。給与が支払えないため、スタッフを実家に帰さざるを得ませんでしたが、彼らの給料に依存している家族への影響も甚大で、政府による支援が必要な状況です」

家政婦の斡旋業務を行っているイザベラ・ンジギさん(筆者撮影)

将来への不安に眠れぬ夜

 ビートリース(仮名)さんの人生は、新型コロナの感染が拡大する以前はうまくいっていたという。地元の農村に残る二人の息子の学費も支払えていたし、必要なものも買って与えることができていた。月に7000シリング(約6650円)を稼げば、首都ナイロビで最大規模のキベラスラム内にある賃貸アパートの家賃も支払うことができた。夫が亡くなってからは一時的に子どもたちを養育できない時期もあったが、母親に子どもたちを預けてナイロビで職を探し、友人の助けを借りて仕事を見つけてからは、コロナ流行までの4年間、働き続けてきた。

 「しかし、雇い主が急に1カ月の給料と引き換えに退職を求めてきたのです。今の状況は深刻で、1000シリング(約947円)の家賃すら払えず、地元にいる家族の食費もまかなえません。今はコロナ禍のため学校は休校していますが、このままだと学費を支払うこともできません」

 状況の深刻さの表れだろう、ビートリースさんは、本名を明かすことも、写真の撮影も、きっぱり拒否した。

 各国政府が新型コロナへの警戒を強める中、ビートリースさんのような家政婦たちは、一様に眠れぬ夜を過ごしている。寝床についてからも、次に食事を取れるのはいつのことだろう、お金を稼げるのはいつだろうかと、生活の不安で押しつぶされそうになるのだ。彼女たちの雇い主たちがコロナ対策に取り組み、自分たちの家族を感染症の脅威から守ろうとすればするほど、家政婦たちは解雇され、生活が困窮するという厳しくも複雑な現実がある。

誰が、何が、彼女たちを守るのか

 ケニアのホテル業界や教育機関、医療関係者らで構成される労働組合の相談員を務めるジョージ・オゴラさんは、家政婦がどれだけ追い詰められているのかについて、こう説明する。

 「新型コロナ対策の影響から、家政婦の需要は激減しています。家政婦の多くは農村から都市部に出稼ぎにやってきていますが、彼らはよそ者だからと差別され、職を得られず、お金がないため地元に帰ることもできません。結果的に、精神に問題を抱えたり、自殺を試みたりする者が後を絶たない状況です」

 2010年に制定されたケニア憲法では、全ての労働者の権利を尊重することが謳われている。また、2007年に改正された労働法では、家事労働者が他の職業と同様の雇用条件を享受し、実働8時間、年休21日、産前産後3カ月の休暇を取得できること、病気休暇、住居の提供、健康管理、組合加入権などが保障されることが定められている。更に、ケニア労働省は2015年に新たな規定を定め、ナイロビの家政婦の最低賃金をそれまでの9781シリング(約9265円)から1万954シリング(約1万380円)に引き上げた。

 これらの法制度だけ見れば、一見、家政婦を取り巻く環境が改善しつつあるように思われるかもしれない。しかし、オゴラさんは、「実際は最低賃金が守られておらず、急な雇い止めが行われても十分な補償が行われていない」と、訴える。オこうした状況に立ち向かうべく、オゴラさんは、雇い主が従業員に生活費を支払うよう政府が介入すべきだとして裁判所に異議申し立てを行っているという。

家政婦たちが加盟する労働組合で相談員を務めるジョージ・オゴラさん(筆者撮影)

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