「もったいないばあさん」インドから世界へ
ガンジス川2,500kmの旅から生まれた日本の絵本
- 2020/7/28
世界環境デーにアニメ化が実現
環境保全に対する関心を高め、啓発活動を図る日として制定された6月5日の「世界環境デー」。コロナ禍真っ只中で迎えた今年、一冊の絵本がアニメ化され、YouTubeで世界に配信された。題して、『もったいないばあさん かわをゆく』。
冒頭は、こんなシーンから始まる。男の子が川にポイっとゴミを投げ捨てる。そこに「もったいな~い」と言って現れるおばあさん。男の子が「みんな捨ててるよ。どうしてダメなの?」と問いかけると、おばあさんは男の子を川の上流へ連れて行く。二人はそこで出会った一滴の水「川の赤ちゃん」と一緒に下流まで旅をする――。
著者の真珠まりこ氏は、作品に込めた思いについて「水の循環をテーマにした物語で、水のつながりは命のつながりだということを伝えたかったのです」と話す。
昨年5月、この作品をアニメ化するプロジェクトが発行元の講談社と環境省の共同事業として発足した。ほどなく廃棄プラスチックをなくす活動をしている国際的なNPOのAEPW*からアニメ制作に向け資金提供を受けることが決まったのは、海洋プラスチック問題が深刻な地球規模課題として取り沙汰される中、作品のテーマが時宜を得ていたからにほかならない。
この絵本は、真珠氏がインドのガンジス川を上流から下流まで旅した経験をもとに創作された。きっかけは3年前にさかのぼる。2017年3月、筆者とともにヒンドゥー教の聖地バラナシを訪れた真珠氏は、ガンジス川にゴミが垂れ流される光景を目の当たりにし、衝撃を受けた。
「インドの人々は、ガンジス川を神と崇める一方で、洗濯し、身体も洗います。ゴミをたくさん捨てるし、工場の排水も垂れ流します。矛盾したことに思えて、なぜそんなことになるのか不思議でした」と、真珠氏は振り返る。
ガンジス川の源流で水を汲み、下流まで旅をする巡礼の旅があることを知った真珠氏に「古賀さん、ぜひ行ってみたいです。旅ができれば、インドやガンジス川のことをもっと理解できる気がするのです」と頼まれ、筆者は思った。旅が実現すれば、川をテーマにした新しい絵本が生まれるかもしれない。それは、インドの子どもたちにも身近に感じられる作品になるだろう。出版社に身を置く者として、どうしても実現させるべき旅だと直感した瞬間だった。
川の恵みと生きものたち
翌2018年1月、国際協力機構(JICA)の協力を得て、ガンジス川の上流からインド東部のベンガル湾に注ぐ河口に至る旅がスタートした。2,500kmを飛行機、自動車、電車、船を乗り継いで進む2週間の行程だ。メンバーは、真珠氏、現地を案内するデリー在住のマーラ・ダールさん、私の3人。道中、ダールさんと交代する形で筆者の知人であるサンジェイ・パンダさんも参加した。
最初に訪れた街は、急流のバーギーラティーと緩流のアラクナンダー、二つの川の合流地点に位置するデーヴァプラヤーグだ。標高830m。ガンジス川(ヒンディー語で「ガンガー」)の起点だけあって、周囲の山並みは美しく、空気も澄んでいる。源流は標高4,000mのゴームクだが、この時期は雪に閉ざされ登ることができないため、ここデーヴァプラヤーグから出発することにした。
川を見下ろす丘の上で10人ほどの女性たちが談笑していた。毎日、午後になると川を見ながら2時間ほどここでのんびりと過ごすという。街の喧騒から離れたこの田舎街では、時間がゆっくり流れている。川に降りて足を浸してみると、凍えるほど冷たかった。透明度が高いため、体長50cmくらいの魚がのんびり泳ぐ姿がガート(河岸)から見えた。このあたりの水質は、800kmほど下流に位置するバラナシとは比べものにならない。
デーヴァプラヤーグから約70km南下すると、リシケシに着いた。世界中のヨガ愛好家が集まる街で、多くのアシュラム(ヨガ道場)が点在する。静かな瞑想の地だが、川の周囲には残念ながらゴミが散乱していた。
さらに車で5時間余り下ったヒンドゥー教の聖地ハリドワールには、野生のトラが生息するラジャージー国立公園が広がる。動物保護区に指定されているジャングル付近では、野生象の群れを見た。一帯の動植物がいかにガンジス川から恩恵を受けているか分かった。
作家の心に響いたスラムの出会い
さらに480km下流には、工業都市カーンプルがある。流域の川の汚染具合には、真珠氏も、私も、同行したマーラさんも、一様に驚愕した。河岸には悪臭が漂い、川面はどす黒く染まっている。近くの工場から処理されないまま垂れ流される汚水が原因だという。衝撃を受けながら付近を散策していると、近くのスラムに住む十代の若者たちと出会った。この辺りで暮らしているのは、ほとんどがイスラム教徒で、皮なめし工場で働いているという。その中の一人が、こう言った。
「自分は学校に通ったことがないし、周りの子どもたちもほとんどがそうだ。周囲はゴミだらけで、病気も多い。あなたたちは写真を撮って終わりだろうが、自分たちはここに住み続けるしかない。われわれを見捨てず、ここに学校を建ててほしいとモディ首相に伝えてくれないか」
この時の光景は、今も脳裏に焼き付いている。真珠氏も「無力な自分に落ち込みました」と、繰り返していた。川の汚染が沿岸の自然環境にどんな影響を与えているか学ぶ機会すら与えられないまま大人になるしかない彼らの現実を突きつけられ、言葉が出なかった。