デジタル決済が変えるケニアのインフォーマルビジネス
モバイルマネーの導入でコロナ禍の危機をしなやかに乗り越える人々

  • 2023/4/4

手間とリスクも大幅に軽減

 アレックス・キマニさんは、バス会社で運転手として働き始めて6年になる。ナイロビでは自動車はいまだに高価であり、所有できる人が限られているため、バスは市民にとって、生活に欠かせない重要な足だ。音楽が大音量で流れ、乗客がすし詰めの中で運賃を現金で受け渡しする光景は、ここ20年来、まったく変わっていない。

 アレックスさんは、政府の推奨を受けて勤務先の会社がデジタル決済を導入した時の様子をこう話す。

 「運転手としては、おつりを渡す手間が省けてとても助かっているよ。ただ、デジタル決済になって、すべての運賃が直接、会社に入ることになったため、客からチップをもらったり、小銭をちょろまかしたりすることはできなくなったね。今も現金で支払う客もいるけれど、以前に比べれば、格段に減ったよ」

長年バス運転手をするアレックスさんは、モバイルマネーの導入に肯定的だ(筆者提供)

 ケニアでは、運転手に加えて運賃回収係がバスに乗り込み料金を受け取っているが、すべての乗客に切符を手渡しているわけではなく、回収係は誰が料金を支払ったのかを常に把握しておかなければならない。お釣りが足りず回収係が近場の商店に駆け込み、小額紙幣に崩すのを待たされることもしばしばだ。

 モバイルマネーが個人レベルで普及したことにより、こうした風景も一変しつつある。手間もかかる現金払いの代わりにモバイルマネーで決済すれば、盗まれたり落としたりするリスクがある現金を持ち歩く必要もない。アレックスさんは、便利なものが広まっていくことは当たり前だと実感しつつ、変わりゆく光景を今日も眺めている。

苦境から生まれるイノベーション

 今回の取材から、ケニアの中小零細企業や個人事業主の間でも、モバイルマネーが急速に普及しつつある様子が浮かび上がった。導入を決めた彼らからは、サービスの使い勝手が良くなったことや、出入金の管理が容易になったこと、ローンの借り入れができること、現金をなくすリスクがないことなど、まさに、モバイルマネーが登場した当初、指摘されていた期待通りの声が上がっている。現在は手数料の無料キャンペーンが終了しているが、いったん実感したこれらのメリットを考えれば、コロナ前の現金社会に逆戻りするとは思えない。

 コロナ禍によって人々の生活は間違いなく困窮したが、苦境の中になっても、より良い生活や社会に向かって柔軟に行動様式を変えていく人々の姿は、ケニア社会のしなやかさを表していると言える。好奇心旺盛な若年人口が圧倒的に多く、新しいテクノロジーを積極的に試す合理的な態度は、彼らの潜在能力そのものだ。

 「必要は発明の母である」とは、1726年にアイルランドの風刺作家であるジョナサン・スウィフトによって発表された長編冒険小説『ガリバー旅行記』で登場し、その後、アメリカの発明家、トーマス・エジソンによって広まった言葉だ。ケニア社会は、現在もウクライナ戦争に起因する物価高や生活苦によって、依然として深刻な状況にある。しかし、だからこそ新たな発明やイノベーションが生まれ、人々が柔軟に受け入れて、よりしなやかで強靭な社会へと変わっていくことを期待したい。

 

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