ラテンアメリカの今を届ける 第6回
野党弾圧を加速させるニカラグア独裁政権

  • 2021/9/16

 中米ニカラグアで11月に迫る大統領選挙を前に、4期連続5選目を目指す現職のダニエル・オルテガ大統領が反体制派への弾圧を強めている。今年5月以降、3つの野党が政党資格を剥奪され、9月1日時点で大統領候補7人を含む30人以上の反体制派有力者が国家警察に逮捕された。オルテガ大統領は、かつて、独裁者から国を解放した革命の英雄だった。大統領の変節によって人権侵害が深刻化しているニカラグアの現状を読み解く。

オルテガ大統領(右)と夫人のムリージョ副大統領(左)(筆者撮影 2019年7月)

相次ぐ野党大統領候補者の逮捕

 オルテガ氏は、大統領の連続再選を禁じる憲法を改正し、無限再選を可能にした上、夫人を副大統領にすえるなど、独裁を強めてきた。2018年には大規模な反政府デモを武力で押さえつけ、市民300人以上を殺害し、1000人以上を不当逮捕したとされる。以降、政情不安から国外に亡命した市民は10万人を超え、全国紙が廃刊に追い込まれるなど、非政府系メディアへの攻撃も続いている。政府に対し、国連をはじめとする国際社会が強い警告を発している。
 野党の有力な大統領候補であるクリスティアナ・チャモロ氏が逮捕されたのは、今年6月2日のことだった。チャモロ氏は、90年代に大統領を務めたヴィオレタ・チャモロ氏の娘で、ジャーナリストとして活動してきた。彼女が代表を務めていた財団は、米国政府系団体から助成を受け、国内の独立系ジャーナリストを支援していた。政府は、同財団がマネーロンダリングを働いているとした上で、政府が制限する国外組織との繋がりを問題視した。

 チャモロ氏逮捕を皮切りに、野党の大統領候補者をはじめとした有力者が立て続けに逮捕されている。例えば、与党の反体制派が結成した政党「革新民主主義連合(UNAMOS)」は、6月12日から13日にかけて党代表、副代表ら5人が逮捕され、指導者不在に陥っている。さらに、野党「自由のための市民たち(CxL)」をはじめとする3つの野党は、8月までに政党資格を剥奪され、11月の大統領選に候補者を立てることができなくなった。

反政府デモ参加時に治安部隊に銃撃された男性は、背中から入った銃弾の摘出手術を受けた(筆者撮影 2019年7月)

反対派を取り締まるための法律制定

 反体制派を逮捕する主な根拠となっているのが、昨年12月に成立した「平和のための独立・主権・自決の国民権利保護法(法律1055号)」だ。在ニカラグア日本大使館によれば、2つの条項からなるこの法律を根拠に市民の抗議活動を煽っていると政府に認定された場合は国家転覆罪が、また、政権に対する国際社会の制裁を呼び込む活動を行っていると認定された場合は国家反逆罪が、それぞれ適用され、2021年11月の大統領選挙に立候補できなくなるという。

反政府デモに参加したハビエルさんは警察に拘束され受けた拷問で亡くなった。(筆者撮影 2020年2月)

 法律1055号以外にも、反体制派を抑圧するために恣意的な運用が危惧される法律が、昨年から今年にかけて矢継ぎ早に成立している。

 昨年10月の「外国代理人規制法」も、その一つだ。チャモロ氏逮捕の根拠とされたこの法律は、国外から資金提供を受ける政治活動の犯罪化を目的として制定されたもので、ニカラグア国内のあらゆる政治団体は、送金元となる国外の個人・団体を「外国代理人」として登録し、資金の用途を毎月政府に申告することが義務付けられた。国外の支援を受ける団体が政府の意にそぐわない活動することが、事実上、禁止されたのだ。

 同じく昨年10月に成立した「サイバー犯罪特別法」は、公共の秩序を脅かすフェイクニュースが対象となる。独立系テレビ局「チャンネル10」のジャーナリスト、ミシェル・ポランコ氏は、CNNの取材に対し、「この法律では、何がフェイクで、誰がそれを判断するのか明記されていない」と答えている。

 また、今年1月には、「ヘイトクライム」に終身刑を設ける憲法改正案が議会で批准された。この同改正案に反対票を投じた野党・立憲主義自由党(PLC)のジミー・ブランドン・ルビオ氏は、反対した理由として「ヘイトクライムとは何か定義されていない」と発言している。

米国やロシアとの関係

 ニカラグアでは2018年、50万人が首都をデモ行進し、大規模な反政府活動が全国に波及した。政府はこれを、国外の勢力を背景としたクーデターだという見方を続けており、反体制派が有する国外組織との結びつきを徹底的に断とうとする現在の動きは、この考えの延長にあるものだと言える。
 米国は現在、人権侵害を理由に、オルテガ氏をはじめとする大統領の親族や国家警察など複数の公的機関、政府高官に対して、米国内の資産凍結や取引の禁止などの経済制裁を課している。また、今年8月には、大統領選に向けた人権状況の監視と改善を目指し、さらなる制裁を課すための「RENACER法」が米国上院で可決された。

政治家をはじめとする政治囚が収容される、首都マナグア市の刑務所(筆者撮影2020年2月)

 こうして米国が圧力を強める中、オルテガ氏はロシアとの関係をより深めており、9月7日にはロシア・ニカラグア間で「サイバーセキュリティに関する協定」を締結した。この協定は、情報セキュリティへの国際的な脅威を防ぐことを目的としたもので、内政干渉や社会を不安定化させる行為など、テロや犯罪に関する捜査についても規定している。
 なお、ロシアは、新型コロナ対策の上でも、ワクチンを提供してニカラグアを支援している。実際、ロシアのプーチン大統領は、「ニカラグアはロシアにとってラテンアメリカにおけるロシアの非常に重要なパートナーだ」と述べた。また、同国外務大臣も、米国のニカラグアに対する「中傷」を念頭に、ニカラグアとの連帯を表明している。

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