拡大する上海協力機構は国連を飲み込むのか
米ソ冷戦を上回る厳しい東西分断の時代が到来
- 2022/10/1
中国の第20回党大会前まであと1カ月に迫った9月14~16日、習近平国家主席は2年8カ月ぶりに中国を出て、カザフスタンとウズベキスタンを歴訪した。特に注目されたのは、15日と16日にウズベキスタン・サマルカンドで開かれた上海協力機構(SCO)サミットへの出席だ。米国経済圏と対抗する中国経済圏の形成に向けた機運の高まりが明白となり、東西分断の時代の到来が予感される中、中国の隣国である日本の外交が試されている。
NATOに対抗する新たな国際枠組み
習近平氏がサマルカンドを訪問した目的は、大きく三つあった。第一に、資金のショートや、「債務の罠」という批判を受け、事実上とん挫している「一帯一路」構想について、中央アジアを中心に、規模を縮小して立て直すこと。第二に、対ウクライナ戦争で敗戦色が色濃いロシアのプーチン大統領と2月の北京冬季五輪開幕式前に直接会談して以来、7カ月ぶりに対面して今後の意思疎通を図ること。そして第三に、上海協力機構(SCO)にイランという新たなメンバーを迎え、SCOを西側のNATOに対抗し得る軍事同盟機能も備えた、新たな国際秩序枠組みに拡大していく方向性を打ち出すことだ。
習近平氏は、新型コロナの防疫政策を理由に、SCOサミットの記念撮影にも晩餐会にも参加せず、会議後はそそくさと帰国したのだが、これら目的は達成され、サミット自体は成功だったと言える。特に、サマルカンド宣言には、習近平のスローガンである「人類運命共同体」という文言を盛り込み、SCOとして一帯一路を推進していくことと、新型国際組織に成長させ、新たな国際協力と国際秩序の枠組みを作っていくという方向性を明確に打ち出したことは、大きな成果だと言えよう。
その一方で、9月22日に開かれた国連総会に習近平氏は出席せず、王毅外相が特別代表として発言した。
これはつまり、習近平氏が2年8カ月ぶりに党大会直前に外遊するにあたり、外交成果として最もアピールできるのがSCOサミットだと判断したということだ。中国としては、国連よりSCOをより重視しているというアピールもあったかもしれない。いずれSCOが国連に代わる新たな世界秩序の枠組みになるのだといわんばかりに。
中央アジアを一帯一路の立て直しの拠点に
このSCOサミットの成果について、パキスタンの作家、モハメド・アブドゥラ・ハディ氏がアルジャジーラに寄せた論評記事が興味深い。「ウクライナ戦争における米国とSCOはどのように国際秩序を変えようとしているのか」というタイトルのその記事は、「9月の国連総会は、ロシアのウクライナ侵攻後、初めて開かれたものであると同時に、最後になるかもしれないと危惧している」との書き出しで始まっている。要は、この国連総会が、ロシアや中国と、利害が対立する米国および同盟国とのバランスを取る機能を失いつつある一方、中露の価値観を基に形成されるSCOが新たな国際秩序を構築し、拡大しつつあることを指摘している。
サマルカンド宣言で強調されたのは、より公平で効果的な国際協力と持続可能な経済発展を促進する新たなアプローチが必要だという点だ。さらに、中露の観点から「SCO加盟国は、より代表的で、民主的で公平的な多元化した世界秩序を求めている。すなわち、国際法の原則に基づき、多極主義、平等、そして不可分(反分断)の精神から、全面的かつ持続的な共同安全、文明と文化の多様性、国家間の互恵互利、平等協力を基礎とし、国連の核心的な協調作用が期待される」と、述べている。
これは、中露の価値観を内包している。実際、ロシアのラブロフ外相は、国連総会で次のように語っている。
「冷戦が終結して以来、米国は、地球上に降りてきた神の使者のつもりで、いつでもどこでも、いかなる罰も受けず行動できる神聖な権利を有していると考えている」「ロシアは多極的な世界秩序を建設しようとしており、自国の利益を守ろうとしている」
この発言が、中国とロシアが中心となっているSCOを指しているのは明らかだ。米国など第二次大戦の戦勝国連合から始まった国連中心の国際秩序から、中露が加盟するSCOを中心とした新たな国際秩序を作り上げようとする方向性が今回のサミットで打ち出されたと見ていいのではないだろうか。
前出のハディ氏は、「(サマルカンド宣言は)SCOが国際社会に属する一つの機構を創出することを重視している。同時に、国連を中心とする他の国際組織や他の国家と協力して、他国の主権や独立、領土の完全に対する尊重を基礎とした相互尊重、公平正義、平等互利の精神を備えつつ、他国の内政不干渉の原則を有した、新型国際関係と人類運命共同体を構築することだ」と、指摘する。
ただ、サマルカンド宣言では、ウクライナ情勢や台湾の問題についてまったく言及されなかった。SCOメンバーの中で、プーチンに即時停戦を求め、ウクライナ侵攻を明確に批判したのは、インドのモディ首相ぐらいだ。習近平氏は、プーチン大統領にウクライナ問題への言質を与えないよう、慎重に言葉を選び、若干、ロシアとの距離を置こうとしているように見られたが、かと言って、ロシアを見捨てる素振りはなかった。
さらに、米国から経済制裁を課されているイランをSCOに受け入れた。これは、SCOの主要国である中央アジアを「一帯一路」の立て直しの拠点にすると同時に、米国の影響がおよばない経済圏にしようという意図を明確に示したものだと言える。米国が今後、自国の正義の基準に基づいて経済制裁の対象国を増やしていけば、それらの国々を仲間に引き入れ、米国経済圏と対抗する中国経済圏を形成していこうという戦略を垣間見ることができる。
対中包囲網突破を狙う権威主義体制の国々
SCOの加盟国は、中露を中心に、中央アジアから4カ国、さらに南アジアからインドとパキスタンの2カ国を加えた計8カ国だが、前述の通り、来年からはイランも正式に加盟する。さらに、ベラルーシ、モンゴル、アフガニスタンなどのオブザーバー国も、加盟の準備を進めている。このほか、対話パートナー国であるトルコも加盟を目指すと宣言した。対話パートナー国は全部で10カ国あり、UAEやミャンマーも参加を予定しているほか、シリアやイスラエルなど、参加申請中の国も4カ国ある。
SCOには、米国の盟友国なみの先進国はほとんど含まれていないが、現加盟国のロシアや中央アジア諸国は豊かな資源を有しており、エネルギーやレアアース、食糧などに恵まれているのが強みだ。ここに、巨大な人口市場を擁する中国やインド、トルコが加われば、SCOが国連と協力して新たな世界秩序を構築するというのも、あながち絵空事とは言えないかもしれない。
SCO加盟国は、米国的な人権や、その他の普遍的価値観を遵守することより、内政不干渉とそれぞれの国の価値観、国情を尊重すること、そして実質的な利益を優先することを重んじる、ドライな関係が特徴だ。
新華社は、新型コロナのアウトブレーク後、習近平氏が初の外遊先に中央アジアを選んだことについて、王毅外相が「SCO諸国の絆を強固にすることで米国の対中包囲網を突破するという、非常に重要な戦略上の挙だ」、「習近平氏の強大な自信と非凡な影響力が表すものだ」、「中共の国際的地位と影響力が、一層、強固なものになった」などと発言したと報じた。その上で同紙は、「習近平氏の外交思想は中央アジア周辺やユーラシア大陸をグローバルに包括し、また一つ実践を成功させて影響力を行使した」との見方を示した。
SCOの目指すところが、反米、あるいは米国が掲げる普遍的な価値観に属さない権威主義体制国家が形づくる新たな国際秩序圏であり、経済圏であり、軍事同盟であるならば、今後、世界を待ち受けているのは、かつての米ソ冷戦以上の厳しい東西分断の時代かもしれない。これは、米国に追従せざるを得ない運命にある中国の隣国、日本としては、十分に注意を払っておく必要がある動きだろう。
であるならば、SCOメンバー国でほぼ唯一、ロシアや中国に物申せるインドや、目下、加盟を検討しているトルコが、中国やロシアに対してどのような影響力を行使できるかがカギを握っていることになる。と同時に、インドやトルコと比較的友好的な関係を保っている日本の外交もまた、試されることになろう。