ウクライナ侵攻で一変したドイツ社会
押し寄せる避難民への対応と厳格化する対ロシア政策を読む

  • 2022/3/14

 2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻によって、世界は揺さぶりをかけられている。ロシアに対抗するために急速に結束を深めているヨーロッパ諸国の今を概観しつつ、ロシアへの姿勢を急激に硬化させたドイツの政策について、現地在住の筆者が伝える。

ミュンスター市庁舎の平和ホールの前に掲げられた、子どもたちの平和への願い(筆者撮影)

「起こるはずのないこと」が現実に

 ロシアに対する欧米諸国の非難の声は強く、ロシアの一部銀行を国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除することを決定するなど、過去に例のないほど強力な経済制裁にも踏み切った。

 欧州連合(EU)も非加盟国であるウクライナに対して特別に武器を供与することを決定し、続々と支援が行われている。さらに、すでに200万人を超える人々が戦火を逃れてウクライナを離れた(3月11日時点)とされているが、EUは域内に逃れてくる人々を無条件に入国させ、1年間の滞在許可を与えたうえ、3年まで延長を認めることとしている。

戦火を逃れ、ベルリン中央駅に到着した人々 (c) Jiae Han

 ウクライナ侵攻に反対するデモもヨーロッパ各地で続いており、筆者が住むドイツのスーパーからは、ウォッカをはじめ、ロシア産の製品が一気に棚から消えた。侵攻の衝撃と、その後の変化は、それほど目まぐるしかった。

 ウクライナ危機は昨年12月から顕在化しており、今年2月にはバイデン米政権が「プーチンの狙いはキエフに焦点を当てた侵略だ」との見方を明らかにしていた。にも関わらず、この諜報機関の情報はにわかに信じがたいものだったのか、西側諸国は実際に侵攻が始まるまで外交での解決を試み、ロシアに対して十分強い態度には出なかった。

 しかし、21世紀のヨーロッパで、軍事侵攻という「起こるはずのないこと」が始まったという現実を前に、各国の政府も市民も、ようやく本気になったようだ。

消極的な姿勢から一変した政府

 侵攻が始まる直前、英米を中心とするヨーロッパ諸国は今年1月頃からウクライナに軍事物資の提供を開始し、周辺国に米兵も配備された。しかし、ヨーロッパの中でも大国であるはずのドイツは外交による解決を訴え続け、1月末の時点でウクライナに行った支援は、ヘルメット5000個の供与と財政支援の約束にとどまった。これはどう考えても自己防衛上、不十分であり、ウクライナや他の国々から批判と失笑を受けていた。

 ドイツの消極的な姿勢の背景には、いくつか理由がある。第一に、エネルギー面におけるロシアへの依存度の大きさだ。ヨーロッパは天然ガスの約40%をロシアから輸入しているが、特にドイツは、一次エネルギー需要の4分の1をロシア産のガスでまかなっているため、ロシアを刺激したくなかったのだろう。

 第二に、歴史的な事情も無視できない。ドイツは、第二次世界大戦で周辺諸国を侵略支配したナチス政権という過去を持つからこそ、国を挙げて平和主義を掲げてきた。実際、ドイツ軍の海外派遣は、一部を除けば、平和維持活動が中心だ。さらにドイツは、米露に続く世界第3の武器輸出国であるものの、その輸出先は厳しく管理されており、戦地に武器を送ることは非常に難しいという事情もあった。昨秋就任したオラフ・ショルツ首相も、選挙時の公約に武器輸出の抑制を掲げ、有権者の過半数がそれを支持した。

 筆者自身、侵攻前に周りのドイツ人と話をすると、「武器を輸出しても紛争を助長するだけで解決にはならない」「外交によって危機を解決すべきだ」と、皆が一様に答えていた。ドイツでは、冷戦時代に男子に課せられていた徴兵制が2011年に廃止されている。現代のヨーロッパでまさか本当に軍事侵攻が起こるとは、誰も信じていなかったように思う。

 ところが、実際に侵攻が起きると、それまでロシアを刺激することでエネルギーと経済に悪影響がおよぶのではないかと懸念していたドイツ政府も態度を一変。ウクライナ侵攻は自由なヨーロッパへの攻撃だとして、侵攻から2日後にはウクライナへの武器供与を決議し、ロシアの銀行をSWIFTから排除することにも同意した。これによってロシアのルーブルが暴落し、混乱が起こっていることは報じられている通りだ。

 さらに、これまでGDP比1.5%に抑えてきた軍事費を一気に2%に引き上げることを表明した上、1000億ユーロ(約13兆円)の特別基金を創設し、老朽化しているドイツ軍の兵器や装備を刷新するとともに、人員を増強することを決定した。これらの予算を合わせると、ドイツの軍事費は倍増した計算だ。また、徴兵制の再開も議論されている。

制裁と武器供与を求める市民の声

 軍事費の引き上げについて、筆者の周囲では「脅威が高まっている中でやむを得ないが、本来は望ましくない」と口にする人々が多かった。確かに、もともとは気候変動をはじめとする地球共通課題の解決や、ぜい弱な人々への支援に充てられるはずだった予算をロシアとの対立に充てるというのは、非常に後ろ向きだと言わざるを得ない。

ウクライナへの侵攻直後にベルリンで起きたデモの様子 (c) Yuko Naito

 それでも、ドイツ市民の中でロシアの軍事侵攻を非難する声は大きく、ベルリンやケルンなどの大都市では大規模なデモが繰り返し行われている。特に、侵攻後初めての週末となった2月27日にベルリンのブランデンブルグ門から出発したデモ行進には、10万人を超える人々が参加したと見られている。ウクライナ出身の女性は、「これは平和を求めるデモですが、ドイツからウクライナにもっと武器を送ってください」と訴えたという。

 ドイツ政府がウクライナへの武器供与とロシアへの制裁を決定したのは、こうした市民の声が通じたからかもしれない。

活発化する受け入れ支援

 ウクライナからの避難民は、ポーランドを経由し、ドイツにも続々と押し寄せている。

 彼らが安全に移動できるよう、ドイツ政府はポーランド国境からベルリンやドレスデン、ニュルンベルグ、ミュンヘンなど、主要都市まで結ぶ電車を無料で運行し、各都市では避難民の滞在施設の準備が進んでいる。自宅の空き部屋に受け入れようとする人もおり、空き部屋を登録するマッチングサイトも複数立ち上がった。

 なお、ベルリンでは、非営利組織やボランティアもフル稼働で支援にあたっているものの、毎日1万人以上が新たに到着しており、収容能力が限界に近づきつつあるため、他の都市とも協議し、受け入れ都市の拡大を交渉しているという。

ベルリン中央駅では、避難してきた人々がスムーズに必要な支援を受けられるようにボランティアらが活躍している (c) Jiae Han

 ウクライナからの避難民を支援しているのは、大都市の人々だけではない。ドイツ各地で物資や金銭の寄附が呼び掛けられ、集まった物資をバスに詰め込んで国境の街に届けるボランティアの姿も多く見られる。彼らは国境で物資を下ろした後、ドイツに逃れたい避難民たちをバスに乗せて戻ってくる。

 筆者が住む西部の小都市にも、ウクライナからの避難民が続々と到着している。ウクライナ人の男性は国を離れることができないため、逃れてくるのは女性と子どもばかりだ。市民は歓迎の意を込めて街中にウクライナ国旗を掲げ、生活物資を提供するなど、支援活動が活発に行われている。

 近隣の、人口わずか2万人足らずの小さな町にも100人以上の避難民が到着していると聞いた。逃れてきた子どもたちが市の学校に通えるように、非営利団体によるオリエンテーションも近々開催されるという。

 これほど多くの人々が押し寄せている背景には、もともと今回の危機より前からドイツ各地に25万人以上のウクライナ系住民が住んでおり、縁故を頼って逃れてくる人が少なくないためだという。

 筆者も3月4日、地元で行われたデモに参加した。その日は、家族がハルキウで暮らしているというウクライナ人男性と、ロシア人の父親とウクライナ出身の母親の間に生まれ、20年以上にわたりドイツに住んでいるというロシア系男性がスピーチに立ち、「戦争がいかに間違っていることか」と、「一般市民ができること」を訴えていた。

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