それでもミャンマー音楽は続く
伝統音楽と大衆音楽、クーデター以降の音楽の在り方

  • 2023/7/9

 多民族国家ミャンマーでは、その長い歴史の中で独特の音楽文化が育まれ、オリジナリティ溢れるさまざまな楽器が奏でる音楽が、人々の暮らしを今も鮮やかに彩り続けています。ミャンマーのレコード文化や音楽シーンに詳しく、自身も演奏活動や講演を通じて、日本各地や海外でミャンマー音楽の変遷や奏法について発信している筆者が、その歴史と魅力について紹介します。

はじめにサウンあり

 ミャンマーの音楽と聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?おそらく多くの日本人は、まず「ビルマの竪琴」を連想するのではないでしょうか。太平洋戦争時のミャンマー(当時はビルマ)での日本兵を描いたこの小説の中で、現地で僧侶となった日本兵が竪琴を弾くシーンは特に有名です。

「ビルマの竪琴」のビルマ語版(筆者提供)

 この楽器を、ビルマ語でサウンガウッと言います。「サウン」は琴、「ガウッ」は曲がった、という意味です。現地では一般的にサウンと呼ばれています。日本人にとって馴染みのあるこの楽器は、ミャンマーの伝統音楽を代表する楽器で、現地の人々にとっても特別な存在です。その証拠に、ヤンゴン国際空港の中には巨大なサウンガウッが展示されており、飛行機を降りたすべての乗客を、空港職員よりも、入国審査よりも先に、出迎えてくれます。

ヤンゴン国際空港に展示されているサウンガウッ。 2023年6月6日、ヤンゴンで筆者撮影

 かつて、ミャンマーでは、サウンガウッは花嫁修行の一環として、母から娘へ奏法の手ほどきが行われていました。ちょうど、日本における琴や三味線のお稽古に似ています。しかし、その習慣は、今やほとんどすたれています。

 私は2016年から合計7回、ミャンマーを訪れていますが、サウンガウッの生演奏は数回しか見たことがありません。具体的には、ヤンゴンの音楽学校、マンダレーの外国人観光客向けの人形劇劇場、同じくマンダレーで泊まったホテルのディナーショーです。私は市民生活の中で鳴っている「生きた」サウンガウッを聴くべく街を散策したのですが、残念ながら生演奏とはいまだに出会えていません。

 ミャンマー人に尋ねたところ、「日常生活の中でサウンガウッの生演奏を聞くことはほとんどありません。せいぜいCDやTVで聞くくらいです」と教えてくれました。

もう一つの宝、サイン

 サウンガウッと双璧を成す伝統音楽として、サインワインが挙げられます。これは複数の伝統楽器/複数の演奏者によって構成された合奏形式の音楽です。音階状に並んだ太鼓、金属製の打楽器、日本のチャルメラに似た管楽器などで構成された熱気溢れる音楽です。現地では、一般的に「サイン」と呼びます。

 2022年12月、私はヤンゴンの路地裏で、サインワインの生演奏に偶然、遭遇しました。これは「ナッポェ」と呼ばれる伝統行事で、ミャンマーの土着信仰である精霊崇拝の祭りです。驚くことに、この祭り、途中で休憩を挟みながら、三日三晩にわたり行われていました。私は毎晩8時頃に見に行きましたが、白熱する演奏とトランス状態のシャーマン、小屋を取り囲む人だかりの熱気は、いつ見ても健在でした。

2022年12月16日、ヤンゴンにて。筆者撮影

 2021年2月に現地で軍事クーデターが起きて以降、夜間は軍や警察の動きが活発になるため、一般市民は外出しないのが鉄則になっています。にもかかわらず、祭りがあるのです。危険を承知で催し、それが人々に求められている――。私はこの路地裏で、ミャンマー人のたくましさと、文化の強さを垣間見ました。日本を代表する民族音楽学者の小泉文夫氏は、ミャンマー伝統音楽の特徴について、「まるで花火のようだ。パッと咲いて、パッと散る」と評していましたが、例えるなら、音量が小さいサウンガウッは線香花火、ダイナミックなサインワインは打ち上げ花火だと言えるでしょう。

音楽はどこで鳴っているか

 ミャンマーは、国民の9割が仏教徒だといわれています。そのため、仏教に関する儀式や祭りが盛んに行われており、それらの場には、往々にして音楽が鳴っています。例えば、シンビュー。これは仏教徒が仏門に入る儀式で、日本では得度式と呼ばれています。

2019年2月28日、バガンにて。筆者撮影

 祭りには、儀式の関係者だけではなく、近隣住民や、ともすれば、通りすがりの外国人観光客ですら歓迎されます。いくばくかのお布施を施主に渡せば食事がふるまわれ、手厚いもてなしを受けるのです。

 私が参加したシンビューですが、音楽の演奏には、伝統楽器に加え、電子ピアノも用いられていました。サウンドカーの荷台に座ったおじさんが鍵盤をたたいていたのです。いにしえから続く儀式に西洋の楽器を用いることが当然のこととして浸透しているとは、実に柔軟な取り入れ方だと思います。

 ビルマ語で、ピアノのことを「サンダヤー」と言います。ミャンマーでは西洋楽器を使って伝統音楽を演奏することが一般的で、その筆頭格がサンダヤーです。他にも、マンドリンやスライドギター、バイオリンなどが用いられています。

 ミャンマーの人々が最も大音量で音楽を聞くのは、正月の祭りの時です。「ダジャン」と呼ばれる水かけ祭りで、毎年、ビルマ暦の新年にあたる4月中旬に開催されます。人々が互いに水をかけ合い、それまでの厄を洗い流して新年を迎えます。

 最大都市ヤンゴンでは野外ステージが組まれ、バンドやDJがパフォーマンスを披露するため、まるでロックの野外フェスティバルのような賑わいをみせます。しかし、この喧騒も、クーデターが起きる前までのことで、現在は、国軍主導のダジャンが開催されていますが国の正常化をPRする目的だと言われており、参加者は軍支持者のみで、規模はかなり縮小されているようです。

 このように、ミャンマーには、音楽と切り離せない伝統行事が数多くあります。こうした行事は、「乾季、もしくは暑季」に「田舎」に行けば高い確率で見ることができます。
 「田舎」の方が伝統行事に遭遇しやすいのは、ヤンゴンなどの都市部では集合住宅が一般的であるうえ、交通渋滞が日常茶飯事であるため、シンビューのような練り歩きが難しくなっているためです。また、季節については、ミャンマーの1年は大きく雨季(5~10月)と乾季(11~2月)、そして暑季(3~4月)に分かれており、僧侶の修行期間にあたる雨季には、祭りをはじめ、伝統行事がほとんど行われないことが理由です。この時期は結婚式もしない方が良いとされています。修行明けの11月からは、各地で祭りが始まります。私はこれまで伝統行事を訪ねて回りましたが、ヤンゴンよりも、マンダレーやバガンで多く遭遇しました。田舎の方が、古い風習がより残っているのだと肌で感じました。

ビルマ族とは異なる少数民族の楽器

 前出のサウンガウッも、サインワインも、全人口の約7割を占めるビルマ族の伝統楽器です。しかし、135の民族が住んでいると言われる多民族国家のミャンマーには、ビルマ族とは異なる音楽文化を持つ少数民族もいます。
 例えば、カレンの竪琴は、ビルマ族の竪琴とはかなり異なります。カレンは針金でできた6弦の竪琴を用いるのに対し、ビルマ族は絹糸の16弦の竪琴を用います。針金でできたカレンの弦を弾くと、その音色は硬くて鋭く、まるでブルースギターのようにも聞こえます。

 また、ミャンマーとインドの国境地帯に住むナガ族も、合唱という、ビルマ族にはない形態を持っています。ハーモニーを持つ伝統音楽は、世界的に見ても多くありません。アジアでは、台湾のブヌン族や、中国のトン族が類似例として挙げられます。

ポピュラーミュージックのありか

 ミャンマーの人々が、伝統音楽ではなく、ポピュラーミュージックを楽しもうとすると、(1)TVやラジオなどを聞く、(2)CDを買う、(3)コンサートに行く、の3つの方法が挙げられます。

 このうち、(1)については、2021年の軍事クーデター以降も、TV放送では音楽番組が放送されているほか、ラジオでも若手ミュージシャンの曲が頻繁に流れています。日本でも以下のサイトからミャンマーのTVやラジオを視聴することができますので、ぜひ聞いてみて下さい。

Myanmar TV Channels | Home

 また、(2)については、ミャンマーにもCD専門店がありますが、日本に比べる、その数は圧倒的に少なく、私が調べた限り、ヤンゴン市内には5軒もないと思われます。その代わり、オーシャンやシティマートなど、全国展開しているスーパーマーケットが市内のあちこちにあり、その一角にCD売場があります。

大型スーパー、オーシャンの入口。 突き当たり右手にCD売り場がある。2023年6月9日、ヤンゴンで筆者撮影

 (3)については、2018年にヤンゴンで開かれたポピュラーミュージックのコンサートについて紹介しましょう。会場となったヤンゴン国立劇場は、2階席まである大ホールで、プログラムは、歌手が一曲歌い終えるごとに次の歌手と交代する形式でした。基本的にロックバンドが伴奏していましたが、サインワインが伴奏していた曲もありました。日本の歌謡コンサートにおける民謡コーナーに似ていると言えばいいでしょうか。
 一番驚いたのは、歌の途中で観客がステージ上に上がり、お気に入りの歌手に直接、花束やぬいぐるみなどを贈る習慣です。渡し終えた後は、必ず一緒にスマホで記念写真を撮っていました。日本では考えられない距離の近さに、新鮮な驚きを覚えました。

ヤンゴン国立劇場で開かれたポピュラーミュージックのステージ (2018年2月17日、ヤンゴンで筆者撮影)

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