民主主義の実現を阻む壁
タイの未来を変える若い世代の力に期待
- 2019/7/16
8年ぶりの総選挙
2014年のクーデター以降、軍事政権が続いていたタイでは、今年3月24日、8年ぶりの総選挙が実施された。5月上旬に結果の公式発表があり、タクシン派のタイ貢献党が136議席、プラユット暫定首相の率いる国民国家の力党が115議席、新未来党が80議席、民主党が52議席などとなった。選挙では第2党となった国民国家の力党だが、6月5日の首相指名では、「親軍政派」の連立でプラユット氏を首相候補に擁立、貢献党など反軍政派「民主戦線」の首相候補である新未来党・タナトーン党首をやぶった。
元陸軍司令官のプラユット氏が首相となり民政に復帰することになったタイ。しかし、連立政権内の組閣は難航している。6月28日付タイの英字紙ネーションのオピニオンでは、目指すべき民主主義国家の姿を模索する国民の心情を、専門家の意見を交えながら伝えている。
長年続く独裁主義と権威主義
このザ・ネーション紙が創刊された1971年以降、現在に至るまで、その大半の時代、タイは独裁主義や権威主義に支配されてきた。その間、タイの民主主義への道は、さまざまな形で壁に突き当たってきたが、政治評論家たちは、「それでもトンネルの先に希望の光はある」と繰り返し言ってきた。しかし、「真の民主主義を実現するためには、重要な役割を担うべき新しい世代に差しかかっている」という主張もある。
タイは、この48年の間、「完全なる民主主義」を一度も実現していない。完全なる民主主義とは、真に国民に信託され、抑制と均衡のある独立した堅固なシステムを持つ政府が存在する状態だ。ウボンラチャタニ大学政治学部長のティティポン・パディワニ氏は、「この国では、長い間、<民主主義など必要ではない>と考えるわずかな保守派エリートたちに支えられた軍部が影響力をふるってきた」と話す。さらに、「先日の総選挙の後でさえ、民主的であるべきはずの国会を軍事政権が事実上、支配していた」と続け、次のように言う。「タイは、絶対君主制から立憲君主制へと移行した1932年の立憲革命以降、これまでずっと非民主主義的であったと言える」。
さらにティティポン氏は、「立憲革命から90年近くたった今なおも、<民主主義はまだ早い、まだ準備ができていない><民主主義はタイ社会になじまない>といった発言があちらこちらで聞こえてくるではないか」と指摘する。
スコータイ・タマティラット・オープン大学の政治学者であるユタポーン・イサラチャイ氏も、「最初に独裁主義が、次に(タクシン政権下での)金権政治があってから、軍事クーデターがあった」とした上で、「今、われわれは<ネオ官僚政治>のもとにいる」と指摘する。
それに対し、キング・プラジャディポック研究所のスティトーン・タナニティチョート氏は、「そうは言っても、1997年の国民憲法と呼ばれる憲法が制定されたことで、国民の政治参加や意識は格段に高まった」と言う。「その流れも2006年に起きた軍事クーデターによって台無しになったため、2017年に制定された憲法は民主主義に逆行する内容になった」というのが同氏の分析だ。
なぜ、タイでは完全な民主主義が実現しないのか。専門家たちは、その原因として、既得権益を守ろうとするエリートたちによる軍部へのサポートや、凝り固まった官僚政治、そして「民主化の方向性は自ら作り上げた構造によって規定される」と妄想する支配者の存在を挙げる。「支配者たちは、自分たちが作り上げたルールを国民に盲目的に信じ込ませたいと思っている。しかし、それはもはや難しい。国民は、彼らが考えているほど簡単に操作されない」というのが、スティトーン氏の見方だ。「現代社会は、<シェアード・デモクラシー>の創造が求められている。従うべき民主主義のルールは有権者自身でつくるといことだ」。