米軍のアジアシフトで沸騰する太平洋地域
先鋭化する米中対立と岐路に立つ安全保障枠組み
- 2022/6/30
国際社会における安全保障の枠組みが大きく変わってきた。この夏は、特に南太平洋が熱い。米国は、軍事プレゼンスの軸足を中東から太平洋、アジアへと変え、中国に対抗する準備を加速している。必然的に、日本の当該地域の安全保障における役割も急速に変化しつつある。
ブルーパシフィックパートナーズの設立
米国が軍事の軸足をアジアにシフトしつつある動きの一つとして挙げられるのが、米国のバイデン政権が6月24日に発表した「ブルーパシフィックパートナーズ」(PBP)の設立だ。これは、太平洋島嶼国に対する支援を効果的かつ効率的に行うために各国のアプローチを調整するイニシアティブとして立ち上げられたもので、メンバーは、米国、オーストラリア、ニュージーランド、英国、日本の5カ国。英語を公用語とするアングロフォン国家のグループに、アジアから唯一、非英語母語国である日本が加わった。PBPの設立にあたっては、フランスをはじめ欧州連合(EU)諸国の意見も聞くことと、これらの国々がオブザーバーとして活動に参与することが合意されたという。
具体的な内容や詳細は不明だが、PBPが南太平洋島嶼国を支える「包括的非公式メカニズム」として位置付けられているのは確かだ。ホワイトハウスの声明によれば、PBPは参加国同士が密接に協力することによって集団的パワーを発揮し、太平洋地域の繁栄と強靭性、安全に貢献することが目指されているという。
目下、南太平洋地域は、中国と、米豪を中心とする西側民主主義勢力の間で揺れている。このパワーバランスにおいて、米豪側はアングロサクソン同盟を強化するだけでなく、アジアにおける民主主義国家である日本やEUとも連携するプラットフォームを創り、中国の勢力拡張を封じ込めたい狙いのようだ。
ホワイトハウスの声明では、「我々は、太平洋の人々に利益をもたらす、地域を支援するという共通の決意で結ばれている。また、我々は、太平洋の地域主義、主権、透明性及び説明責任という原則、そして何よりも太平洋島嶼国からの助言の下、このビジョンを実現する方途についても一致している。そのうち、最も重要なのは、太平洋島嶼国のニーズを行動指針とすることだ」と謳われている。
PBPについては、米国家安全保障会議(NSC)でインド太平洋調整官を務めるカート・キャンベル氏が6月16日、新アメリカ安全保障センター(CNAS)の設立15周年イベントで講演に立ち、「今後、多くの米当局者が太平洋島嶼国を訪問し、米国と環太平洋民主国家が共同して中国の南太平洋に対する勢力拡張を抑制していきたい」と述べていた。
軍事戦略の重要性が高まるパラオ
こうした動きに連動して、米軍が太平洋地域に対して再びプレゼンスを高めようという動きも加速している。その一環として、米軍はこのほど北マリアナ諸島に位置する米自治領のテニアン国際空港の拡張工事を開始した。完成すれば、グアム・アンダーソン基地のバックアップ基地として、西太平洋における米軍の軍事行動を支える位置付けとなる。
また、米インド太平洋司令部は6月15日、グアム周辺で年に一度実施される統合軍事演習「バリアント・シールド」の一貫として、パラオで初のパトリオット・ミサイル防衛システムの実弾発射実験を行ったことを発表した。
「バリアント・シールド」とは、2006年以来、米軍の陸海空および海軍陸戦部隊と宇宙軍により二年に一度、開催されている高度に実践的なインド太平洋地域最大の合同演習で、今年は1万3000人の兵士と200機以上の戦闘機、空母レーガンとリンカーン、新型強襲揚陸艦・トリポリを含む15の艦船が参加して6月6日から17日まで実施された。
これに併せ、米インド太平洋司令部は「多様な任務と危機への対応力の向上が今年のテーマである」とアナウンスしていた。
今年の演習で特に注目されたのが、軍事戦略上のパラオの位置付けだった。近年、米軍がインド太平洋戦略においてパラオを重視していることは、周知の事実だ。2020年から2021年にかけて、米軍は現役の第五世代戦闘機であるF-22とF-35の給油訓練をパラオ空港で実施するとともに、海路と空路の両ルートでパラオに兵士と装備を輸送する訓練も行った。その時点で、米国のシンクタンクであるランド研究所の学者たちは、米軍が将来的にパラオに中距離ミサイルや中長距離ミサイルを配備する可能性を指摘していた。
これは、米国がパラオを太平洋ミサイル防衛の最前線に位置付けようとしている表れだ。米国がインド太平洋地域に配置しようとしているミサイル防衛システムの要は、まず、グアムに総合防空拠点を置いた上で、パラオに高周波レーダー基地を配置し、小笠原からグアムにつながる防衛線である第二列島線のミサイル防衛能力を強化することにある。米軍がパラオにレーダー基地を建設すれば、グアム西南地域に広がる防衛の空白地を米軍が掌握でき、パラオと大陸棚でつながる沖の鳥島を所有する日本にとっても、防衛上、プラスとなるだろう。それはまた、パラオがこのまま台湾と国交を維持することを選ぶということを意味している。
テニアン空港拡張の真意は
米軍は、目下、世界最大規模の多国籍軍による海洋軍事演習「リムパック(環太平洋合同演習)」をハワイ、カリフォルニア沖で展開中だ。ここでは、米海軍陸戦隊(海兵隊)沿海域作戦団が対外的に初めてお披露目される。
米海軍陸戦隊は2020年、今後10年を期限に大規模改革に着手した。これにより大量の重装備が淘汰されているが、その意図は、過去20年にわたって中東地域で続いた戦争から脱却し、いわゆる「本職」の上陸作戦に焦点を絞った仕様に転換することにあった。
この改革により、太平洋地域で三つの沿海域作戦団が設立された。高機動ロケット砲システム(HIMARS)と対艦ミサイルを備え、戦時には駐屯地から迅速に出動し、列島線にそって配備されて、沿海地域の制海権を奪取する任務を負っている。今年3月には一つ目の沿海域作戦団がハワイで設立され、今回のリムパックには日本が初めて準空母打撃群を参加させている。
今年2月に起工式が行われたテニアン国際空港の拡張工事は、こうした米軍の太平洋における戦略再配置の延長線上にある。もともと2019年に着工する予定だったのが、今年にずれ込んだ。総額1,618億ドル(約221億600万円)を投じ、2025年10月に完成する予定だ。
米国防省がテニアン空港の拡張を検討し始めたのは、2010年頃に遡る。第二次世界大戦中、テニアンには米空軍基地が置かれ、1945年にはここから原爆を抱いたB-29爆撃機が広島と長崎を目指して飛び立った。戦後、テニアン基地は一時閉鎖されたが、米軍は2003年にこの飛行場を再整備し、訓練基地とした。2016年には米空軍がバックアップ飛行場の建設を決定。米国防部と北マリアナ諸島連邦の間で向こう40年にわたるテニアンの租借協議に調印が交わされた。
テニアン空港には、当初、拡張後も米軍は常駐せず、空中空輸機12機と、それに関わる人員だけが配置される予定だった。しかし、2月の起工式典に列席した米グアム・アンダーソン空軍基地のジェミリー・ソロン指揮官は、「飛行場、道路、港湾、燃料パイプラインのすべてを改善し、西太平洋地域における米空軍の戦略、作戦、演習能力を増強する」と発言。米軍が常駐する可能性が示唆されている。
さらに、グアム、サイパン、ウェーク島に置かれている米空軍基地も、急ピッチで拡張工事が進められている。特に、第二列島線防衛の核心基地でありグアムのアンダーソン空軍基地では、米空軍B-1B、B-2A、B-52H戦略爆撃機軍がローテーションで常にミッションを実施しており、ここから離陸する戦略爆撃機は12時間以内でアジア太平洋地域のどの国にも到達できる。