ミャンマー国軍「弾圧専用」の法律適用 拘束の久保田徹さんを起訴
拘束経験の記者が法的解説

  • 2022/8/7

 ミャンマーで拘束されたドキュメンタリー作家の久保田徹さん(26)について、ミャンマーの国軍側の統治機構「国家統治評議会」は8月4日、刑法の規定などで起訴したと発表した。久保田さんはこの日、ヤンゴン郊外のインセイン刑務所へ移送された。久保田さんの友人で、自らもミャンマーで拘束された経験を持つジャーナリストの北角裕樹が、今回の事件の法的問題点を解説する。

ミャンマーで拘束された久保田徹さん(友人提供)

 久保田さんは刑法505-Aと入国管理法に違反したとして起訴されているとみられる(ただ、国軍側の発表はあいまいで、別の条項だとする解釈もある)。刑法505-Aはクーデター以降に新設された条項で、まさに市民の抵抗を弾圧することのみを目的としている法律といえるものだ。①民衆に恐怖を与える②虚偽ニュースを流す③公務員に不正行為を促す――といった言動を広く罰することができ、最高刑は懲役3年。日本では「扇動」や「虚偽ニュースの流布」などと説明されている。デモや評論など、事実上ほとんどの反体制の言論活動が含まれると当局は解釈しており、計画段階でも適用され、令状なしの逮捕も可能といった使い勝手の良さから、デモ隊の学生ら多くの市民がこの条項で拘束されている。このため、ミャンマー人が「505-A」とだけ聞けば、すぐに罪のない政治犯だとわかるほど悪名高い条文だ。筆者もこの条項で起訴された。

 国軍側はデモを取材するために「デモ隊と連絡を取った」ことを問題視している。これは、国軍側に「デモがいつまでたっても終わらないのは、外国勢力の支援があるからだ」という思い込みがあることの表れだろう。

拘束翌日の7月31日、久保田さんの解放を求め東京・外務省前で行われた友人らによるデモ

 一方、国軍側は「観光ビザで入国して取材した」ことなどで、入国管理法13(1)に違反したと主張しているようだ。この条項の最高刑は懲役5年だ。ただ、これは彼に限らず、煩雑な手続きを避けるために記者が観光ビザで入国することは、大手メディアを含めクーデター前から行われていた。筆者のケースではビジネスビザを持っていたためか、入国管理法違反で取り調べを受けたものの、起訴はされていない。なお、国軍の発表には入国の経緯の事実関係に誤りが指摘されており、当局の捜査のずさんさを物語っている。

 筆者やほかの政治犯の例に照らすと、久保田さんは起訴と同時に14日の勾留期限がついているとみられる。この期限に合わせ裁判が行われるため、2週間後をめどに初公判が開かれる可能性が高い。公判(予審)はインセイン刑務所内の仮設法廷で行われるだろう。その後、2週間ごとに公判が開かれるのが、私が拘束中の通例だった。インセイン刑務所内で行われるため審理は公開されておらず、弁護士のみが同席できる。

 公判もとてもずさんである。筆者の例では、友人の在日ミャンマー人が拷問の末作成された虚偽の調書のせいで実刑判決を受けている。また、米国人ジャーナリストのダニー・フェンスターさんのケースでも、検察側主張の根幹部分である彼の勤め先のメディアが間違っているなど、重大な瑕疵があるにもかかわらず有罪となっている。証拠の有無にかかわらず、クーデター体制下の裁判所は有罪判決を下すため、公判はただのセレモニーとなっていると言わざるを得ない。

友人たちは1週間で約5万筆の署名を集め、外務省の鈴木貴子副大臣(右から2人目)に提出した

 こうした状況では、久保田さんの解放は日本政府の圧力によるしかない。外務省の鈴木貴子副大臣は「在ミャンマー日本大使館挙げた体制で臨んでいる」と話している。ミャンマー国軍は7月末に元議員ら4人に死刑を執行するなど、国際社会の批判にも耳を貸さなくなってきている。厳しい交渉であることは間違いないが、ミャンマー担当として40年の経験を持つ丸山市郎大使ら歴戦の外交官の交渉に望みをかけたい。

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