アウンサン家とビルマ・ナショナリズム
悲劇の英雄は国をまとめることができるのか

  • 2020/3/29

 「国を守ろうと頑張っているスーチーさんを応援したい」「彼女のようなリーダーはいない」――。2019年12月10日、ミャンマー最大都市ヤンゴン中心部のマハバンドゥーラ公園は、アウンサンスーチー国家顧問兼外相の顔写真を掲げる数千人の群衆であふれた。この日、オランダ・ハーグの国際司法裁判所(ICJ)で始まったイスラム系住民ロヒンギャの虐殺を巡る国際法廷の審理に出席するスーチー氏を支持する集会だ。ミャンマーでは言論の自由の拡大とともに、こうしたナショナリズムの発露と思われる局面が目立ってきている。

国際司法裁判所で弁論を行うアウンサンスーチー氏を支援する集会がヤンゴンで開かれた(筆者撮影)

全国でスーチー氏の応援集会

 こうした集会は、ネピドーやマンダレーなど、ミャンマー全土で開催された。「国の威信を守ってくれる」「今こそ団結しなくては」などとスーチー氏支持の言葉が参加者の口をつき、スーチー氏の顔写真を振りながら国歌を歌う。愛国心とスーチー氏への愛情があふれる集会だ。スーチー氏を応援するミャンマー人らは、スーチー氏を追ってハーグでも結集。スーチー氏はこうした声援を受け、法廷でラカイン州での軍事作戦について人権侵害の可能性は認めたものの、ロヒンギャに対するジェノサイド(大量虐殺)を否定。ミャンマー・メディアはその模様を大々的に報じた。

 ミャンマー人は、自分たちの近代の歴史が苦難の連続であったと考えている。130年に及ぶ英国支配、独立直後から続く内戦、軍事政権による弾圧、世界の発展に取り残されていること…。そして、そうした苦難は現在でも続いており、自分たちは被害者だと考えている側面がある。その苦難の象徴が、独立を目の前にしながら志半ばで暗殺されたアウンサン将軍と、その娘で民主活動家として長年の軟禁生活を送ったスーチー氏なのだ。いまだに軍部の影響が強い政府のことは信頼しなくても、苦難を共にしたスーチー氏は支持する、という理屈は受け入れられやすい土壌がある。

アウンサンスーチー氏支持を訴えるヤンゴンの巨大な看板(筆者撮影)

 ミャンマー人が現在の苦難と感じている事柄は、例えばロヒンギャ問題だ。この経緯は非常に複雑なのだが、ミャンマー側には「ロヒンギャは不法移民とその子孫」という見方が定着しており、ロヒンギャがミャンマーの土地を奪っているという考え方が強い。しかし、国際社会はロヒンギャの味方ばかりしており、ミャンマーを虐めているというのだ。この自らを被害者とする考え方は、「ビルマのビンラディン」の異名をとる僧侶、ウィラトゥ師ら強硬派をはじめ、ミャンマー政府内部にも根強い。

 こうした反ロヒンギャ感情は、ミャンマーの仏教徒のイスラム教徒に対する嫌悪感に根付いている。宗教的な価値観の違いに加え、英国支配の時代に多数のイスラム教徒が移住してきたことなどにも原因があると指摘されている。この嫌悪感は一般市民に深く浸透しており、ヤンゴンの市民の間でも「あの店は(イスラム教徒の)インド系住民の経営だから気をつけたほうがいい」などの発言がよく聞かれる。

アウンサン将軍「神格化」の動き

 ナショナリズムの高まりは、ミャンマー政府の動きにも見て取れる。その代表格はやはり、独立の父、アウンサン将軍の復権だ。スーチー氏の父でもあるアウンサン将軍は、軍事政権下で民主化運動のアイコンとなっていたため、タブー視されてきた歴史がある。スーチー氏ら国民民主連盟(NLD)関係者らにとって、アウンサン将軍を国の最大の英雄として再び位置づけることは、悲願であったに違いない。

アウンサン将軍の人生を描く歴史映画の制作記念イベント(筆者撮影)

 スーチー氏は、前政権下の2013年に人権派映画監督のミンティンココジー氏らとともに、アウンサン将軍の映画化を目指したもののとん挫。政権を握った後の2019年になって、ようやく閣僚をリーダーとする国策映画の制作を開始した。

 このほか、2020年1月には、アウンサン将軍の図柄を取り入れた千チャット(約77円)紙幣が登場した。ゆくゆくはすべての紙幣に同将軍の肖像が印刷される予定だ。同月には、首都ネピドーに馬にまたがった同将軍の銅像が登場。第二の都市マンダレーでも、大理石製の像の建造が進んでいる。

アウンサン将軍の図柄を採用した新千チャット札(筆者撮影)

 また、これまで同将軍の命日だけ市民に開放されていた、暗殺現場の旧ビルマ政庁が2019年、商業施設としてリニューアルオープンした。赤いレンガ造りの建物がノスタルジーを感じさせ、「インスタ映え」するスポットとして若者らの人気を博している。しかし、入居予定のレストランが酒を提供する予定だったことが分かり、一部の保守的な市民から「同将軍が暗殺された聖地で酒を提供するとは何事か」と批判の声が巻き起こった。その後、当局が酒類販売の認可を取り消す事態に発展している。

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