技術革新がもたらしたデジタル植民地主義
データ活用をめぐる先進国と途上国のせめぎ合いを読む
- 2021/10/26
「公共財」という言説へのすり替え
他方、前述の通り、この報告書には途上国側から「先進国の論理で動くものだ」との批判が寄せられている。たとえば、インドで49の市民団体や研究者・活動家らが連名で発表した意見書では、「報告書の前提自体が誤っている」という厳しい評価が下されている。
この意見書で指摘されていることは、第一に「この報告書では、データを利用して利益を追求する企業や政府の目的が、<公共の利益><貧困根絶><生活の質の改善>という、もっともらしいスローガンで覆い隠されている」という点だ。つまり、データを生み出す人々の理解や同意がないままに商業利用が進められ、国境を越えて自由に取引されることによって途上国のデータ主権が侵害され、本来、データを生み出した個人に属するはずの権利が「公共財」という言説にすり替えられているというのだ。
さらにこの意見書は、データが商品や資源として扱われていることも問題視し、こうした見方によって、搾取や収奪が起きていると示唆する。その上で、「大手のテック企業の進出によって、本来、公共サービスであるはずの教育や医療の運営の在り方を企業が決めていることは看過できない」と、述べている。
このように、「先進国目線」でまとめられた世銀の報告書と、それに対する途上国からの反発は、南北の埋めがたい技術力や貧富の差、そして価値観の相違を改めて浮き彫りにした。こうした状況は、途上国にとって、いまなお植民地時代が終わっておらず、データ搾取という形で先進国の支配が続いていることを意味していると言えよう。
すべての国が参加したルール作りを
興味深いことに、2019年6月に大阪市で開催された第14回20カ国・地域首脳会合(G20大阪サミット)でも、「データ植民地主義」はすでに問題提起されていた。
同サミットでは、デジタル経済、特にデータ流通や電子商取引に関する障壁を取り除き、国際的なルールを策定するために、当時の安倍晋三政権によって「大阪トラック」が提唱された。日本をはじめ、米国、欧州連合(EU)、英国、ロシア、シンガポール、タイ、ベトナムが署名した一方、インド、インドネシア、エジプト、南アフリカは署名を拒否した。
このうちインドは、署名を拒否した理由として、「データ流通は貿易の重要な一部であり、ルール作りは有力なG20メンバー国だけでなく、すべての国や地域が参加すべきだ」と述べている。先進国のようにデータセンター(集積)やデータ分析のためのインフラがなく、法整備も進んでおらず、自主的かつ独自のデータ利用が困難な国にも発言権を持たせるべきだという主張だ。研究機関や施設が整った先進諸国ですら米テック大手に対抗することが難しいのだから、資源が乏しい途上国では言わずもがなだと言えよう。
日進月歩で技術革新が進み、データの国際間移動や利用がなし崩し的に行われる中、一部の途上国が「データ植民地主義」に反発し、抵抗し続けていることを忘れてはならない。事実、アフリカ連合は、若手の現地IT起業家を支援する「デジタルアフリカ」や、アフリカ人のイノベーターを育成する「Africa4Tech」などの協力を通じて、問題の解決に乗り出そうとしている。
第二次世界大戦を経て脱植民地化に向かう世界の歩みは、不可逆だと思われて来た。しかし、途上国のデータ活用をめぐる一連の議論によって、先進国による途上国の植民地主義的な搾取が実質的に続いていることが白日の下にさらされた。国際間の課税取り決めやデータ活用に関する新たな合意、そして既存の国際間協力の枠組みが、この根深い問題を解決に導くことができるのか、注視が必要だ。