コロナ禍と強制立ち退きに揺れる米国社会
史上最も人種的に偏った格差の発生をいかに回避するか

  • 2020/12/31

 新型コロナウイルス感染拡大を受け実施された都市封鎖(ロックダウン)で経済が減速した米国。この影響で仕事を失ったり収入が減ったりした数百万単位の人々が、家賃や住宅ローンを支払えなくなり、強制立ち退きの危機に瀕している。米疾病予防管理センター(CDC)は2020年9月、強制退去を2020年末まで猶予・禁止する特例措置を発出。その後、米議会が9000億ドル(約93兆円)のコロナ対策法案を可決して猶予期間が2021年1月末まで延長されたが、第3波が襲来する中、立ち退きによって事態の悪化が懸念される状況に変わりはなく、家を追われる人の保護と、抜本的な対策を求める声が高まっている。

米国ではロックダウンによる経済への影響により、失業や収入減で家賃や住宅ローンを滞納する人が増えている © Mike / Pexels

家賃滞納で家を追われる低所得者

 全土で実施されたロックダウンは2020年5月から徐々に解除されたが、11月以降の第3波の到来を受け、カリフォルニア州など感染が悪化する地域で再び行われている。一方、その後の米経済は、株価が史上最高値をつけ、企業業績も急回復するなど、表面的には好調なようにも思われるが、調査企業の米ムーディーズ・アナリティックスの推計によれば、家賃を支払えなくなった1280万人の負債額は、12月31日時点で総額700億ドル(約7兆2570億円)に上るとみられている。

 当初、12月31日で失効するはずだった強制退去の猶予が1カ月延長されたとはいえ、期間が終了すれば、滞納分も一括して返済しなければならないことに変わりはなく、ロックダウンで失業や収入減を強いられ、貯えが尽きた低所得層の多くは、立ち退きしか道が残されていない。ニュースサイトの米Voxは、「借家人の家族も含め、今後数カ月で最大4000万人が強制立ち退きを強いられ、コロナの感染状況が悪化する恐れがある」と警鐘を鳴らす。

 事実、ハーバード大学、ペンシルベニア大学、イリノイ大学、ジョンズホプキンズ大学などの研究者がまとめたところでは、連邦政府の立ち退き猶予・禁止措置が発令される以前に、地方レベルの立ち退き猶予・禁止措置を失効させた27州では、感染者数が43万7000人増加し、死者数も1万700人増えたという。彼らは、「立ち退きによって感染が顕著に拡がった」と、結論付けている。

 また、ウェイクフォレスト大学のエミリー・ベンファー客員教授は、「全米で猶予が失効すれば、これまでになかった規模の危機が発生するだろう」との見方を示す。特に専門家らが懸念しているのは、重症化や死亡のリスクが高い高齢者や持病を持つ人々が一斉にホームレスになることによって医療危機に陥ることだ。

立ち退きで家を追われた借家人だけでなく、彼らから一般社会への感染拡大も懸念されている © Mary Taylor / Pexels

 このほど米議会で可決されたコロナ対策法案には、猶予を1月31日まで延長することと同時に、借家人に総額250億ドル(約2兆5920億円)を緊急支援することも盛り込まれたが、使途の詳細は不明である。言ってみれば、民主党のジョー・バイデン次期大統領が政権を発足させるまでの間のギリギリのつなぎ措置に過ぎず、抜本的な解決は次期政権の手にゆだねられることになる。

 こうした現状について、弱者に対する法的支援を行う米公共正義センターのジョン・ポラック専任弁護士は、「バイデン次期大統領が早急に行動を起こさなければ、立ち退き猶予・禁止の失効の隙を突いて、家主による立ち退き申し立てと執行が急増するだろう」と、予想する。

低所得層の黒人を直撃

 また、全米低所得者向け住宅連合のダイアン・イェンテル所長は、「立ち退き危機に瀕している世帯の半分以上は、感染リスクが高い対面サービス業や、密で劣悪な環境下で低賃金労働に従事している有色人種であり、従来から黒人やヒスパニック系が直面してきた住宅問題がさらに悪化していると言ってよい。新型コロナウイルスは、構造的人種主義による不当な低収入や高い家賃にあえぐ彼らの多くをホームレス状態に追い込むだろう」と、指摘している。

 政治評論ニュースメディアの「ポリティコ」は、「黒人とヒスパニック系の多くは持ち家がなく、借家人である割合が白人の2倍に上る。コロナ対策による強制立ち退きの猶予期間が終わり、家賃不払いを理由とした立ち退きが始まれば、米国史上最も人種的に偏った経済的格差が生じることになる」と予想する。

借家率が白人よりも高い黒人は、多くが立ち退きを迫られ、さらに人種間の経済格差が拡大すると専門家は予想する ©Ono Kosuki / Pexels

 実際、米国勢調査局が2020年12月に実施した聞き取りによれば、「今月の家賃を払える自信がある」と回答したのは、黒人借家人のわずか29%、ヒスパニック系借家人の31%のみであり、黒人借家人の40%、およびヒスパニック系借家人の35%が「今月の家賃を払える自信は全くない」「少ししか自信がない」と答えている。他方、家賃が払えないと答えた白人回答者は21%にとどまった。

特別措置の趣旨を無視する司法

 2021年1月上旬現在、強制立ち退き猶予・禁止措置はかろうじて維持されている。しかし、リベラル左派系『ザ・ネーション』誌は、「実際の不動産管理や司法の現場では、感染拡大を防ぐという趣旨が尊重されていない」と、報じている。

 同誌によると、第3波のさなか、すでに数千、数万の借家人たちが家から追い出されているという。トランプ政権が命令を執行する意思に欠けることや、命令の文言のあいまいさなどが、家主や管理会社に口実を与え、判事たちが制度の趣旨を尊重せずに立ち退きを命じる原因となっているというのだ。

立ち退きを禁ずることで借家人をコロナから守る連邦政府の命令の趣旨は、必ずしも貫徹されていない © Ryutaro tsukata /pexels-

 たとえば、CDCの命令では、猶予を求める借家人は、ウソをつけば偽証罪に問われるという了解のもとで「収入が減った、もしくは絶たれた」という事実を申告することになっている。証明書類や証拠がすぐに提出できなくても、手続きを簡略化することで感染のリスクがある立ち退きから借家人を守るのがその目的だ。しかし、一部の家主はこれをゆがめて解釈し、証拠が提出できない、書類に不備があった、という「立証責任の不備」を盾に、コロナ禍の中でも借家人を立ち退かせる事由として用い、一部の裁判官がその主張を認めるという、本来の目的とは逆の結果を招いている。

 猶予を申請したある女性の場合、勤務先のファストフード店であるマクドナルドにまで家主が電話をかけて、給与額を聞き出そうとしたという。別の借家人のケースでは、今すぐ提出義務のない給与明細や、食料品の買い物のレシートの提示を求められたほか、「テレビは持っているか」「ネイルサロンに行っていないか」といった、偽証を前提とした尋問まで行われたという。

 前出のイェンテル所長は、「多くの失業者はコロナ流行中の不自由な環境下で十分な証明をそろえることができず、住居を追われている」と危機感をあらわにする。また、ベンファー客員教授も、「借家人たちは、司法制度が家主側に有利であることを知っている。だからこそ、猶予申請の資格のある多くの借家人たちが、偽証罪による訴追・収監のリスクを恐れ、、制度の利用をためらっている」と、指摘する。

 さらに、猶予の資格がある者でも、日頃の素行が悪いと家主や管理会社に目を付けられた借家人の場合は、コロナ禍の中、立ち退きを求められることが多い。さらに、家主や管理会社は借家人に対してCDCの命令を伝える義務がないことから、多くの有資格者が家やアパートから追い出されている。

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