米国Z世代クリエーターがTikTok動画で伝えるメッセージ
爆笑の裏側に隠された人種問題の根深さを読む
- 2020/9/11
若年層を中心に米国で大人気の短編動画投稿アプリ、TikTok。ユーザーは米国内で1億人、世界では8億人を超えると言われている。トランプ米大統領が出した大統領令に見るように、最近ではすっかり米中新冷戦の「駒」にされた観もあるTikTokだが、ここまでウケているのには理由がある。本稿では、1990年代後半から2000年生まれのZ世代と呼ばれる米国のクリエーターが実際に投稿した人種系動画の中から、特に再生回数が多い作品を紹介しつつ、彼らのメッセージや、爆笑の裏側にある米国社会の深層に迫る。
先入観と現実のギャップを誇張
TikTokの人気の秘密は、なんと言ってもコンテンツの豊富さだろう。ダンスやお色気系動画から、モフモフのかわいい動物、ほっこり家族、世界の絶景、ズッコケ系、さらには世相や社会問題を切り取ったシュールなお笑いや時事ネタまで内容はさまざまだが、ほとんどがパターン化されている。たとえばダンス系なら一つの楽曲に合わせてさまざまな振り付けで踊り、人種系なら定番のストーリーとオチで構成されているといった具合だ。
人種系の動画の中で特に多いのが、広く流布する人種的な偏見を取り上げ、クリエーターが自虐的にそのキャラを演じて視聴者を笑わせるパターンだ。中でも「有色人種である僕が白人の多い地域を散歩している時にどう見られているか想像する」というのは、定番だ。
例として、下の動画を紹介したい。アジア系米国人である「僕」が、近所に住む白人たちから見た自分の姿を想像している。「僕」は、自分が典型的なガリ勉の米国人ティーンで、周囲からも読書好きで物静かな好青年だと思われていると考えている。しかし、実際に周りが見ている「僕」の姿は、そんな自己イメージとは対照的だ(以下、動画の解説にネタバレが含まれることに注意されたい)。
つまり、彼らから見た「僕」の姿は、「ベトナム農民円錐わら帽子」をかぶって日本刀を抱えて走ったり、上半身裸のまま茶碗の米飯を一心不乱に掻き込んだりする一昔前のハリウッド映画のようなアジア人青年であり、この動画には、どれだけ米国社会に同化しようが、洗練された流暢な英語を操ろうが、いつまでも「外国人」と見られることへの苛立ちが凝縮されている。
それでも、「僕」の自己イメージと周囲のステレオタイプのギャップが馬鹿馬鹿しいほどに誇張され、自虐的に描かれているからこそ、偏見を持つ白人と差別を受ける側のアジア系米国人、どちらが見てもこの動画は腹を抱えて笑えるのだ。
毒を以て毒を制す
次の動画も、同じことが言える。ヘッドフォンで音楽を聴きながら自宅の前でエクササイズする黒人青年の「僕」。その姿を見て、近所の白人たちは「僕」が聴いているのはビートの重いラップだろうと想像する。これこそが「身体の大きな黒人は黒人シンガーが歌うラップ音楽が好き」というステレオタイプだ。
ところが、実際に「僕」が聴いていたのは、白人青年たちに人気のノリがいいポップミュージックだ。「こわもてで体格が良く、いかにもラップが好きそう」なイメージとは裏腹のオチに、視聴者は思わず笑ってしまう。先入観と現実のギャップを誇張することで、とかく世間が黒人の若者たちに対して抱きがちな「白人に脅威を及ぼす存在」というイメージや偏見を暗に戒めているのである。
もちろん、差別的な表現や偏見をなくすことを掲げる「ポリティカルコレクトネス」の空気が支配的な米国社会でこうしたステレオタイプの話題を出そうものなら、即座に非難され、差別主義者として社会から排除されることは間違いない。しかし、TikTok上ならステレオタイプの「正しくない」表現が誰かを傷つけたりしないか心配する必要はなく、罪悪感抜きで笑える上、そうした先入観や偏見がいかに誤っているか視聴者に気付かせることもできるのだ。顔を突き合わせた言葉の応酬であれ、書面上のやり取りであれ、人種問題の議論はともすれば終わりのない水掛け論に陥りやすいが、TikTok動画のメッセージは人の心にすっと入り込む。Z世代のクリエーターたちは、言うなれば「毒を以て毒を制す」戦術を採用していると言えよう。
立場の逆転から見えるもの
一方、米国では、白人文化こそ社会のスタンダードであり、それ以外は「エキゾチック」で「珍しい」、「異質」なものだという価値観が根強い。さらに、他文化について知ったかぶりすることによって「人種主義者ではない自分」をアピールしようとする白人も一定数、存在する。韓国系米国人青年が投稿した下の動画は、そんな米国社会の偽善性を鋭く風刺する。
この動画の設定は、白人とアジア人の立場が逆転した米国社会だ。多数派を占めるアジア人が少数派の白人に対して「どこの出身?いや、どこの州かではなく、もともとどこの国から来たのかという意味だよ」「ああ、イタリアか。ボクもクロワッサンは大好きさ」と、イタリアもフランスも一緒くたにした無礼な言葉を次々に浴びせる。
これは、米国でよく見られるやり取りを逆転させたものだ。容姿がアジア系でなら、米国生まれで米国籍を持っている人に対しても「本当のお国はどちら?」と尋ねる白人がなんと多いことか。そこには「この国は白人の国で、あなたはよそ者」というメッセージが込められている。そして、もし「日本」とでも答えようものなら、「ああ、日本ね!僕もキムチは大好きだよ!」といった具合に、日本と韓国の区別すらできていない頓珍漢な答えが返ってくる。クリエーターの金(キム)君は、まさにそうした状況をひっくり返して見せているというわけだ。
さらに金君は、白人がアジア系の人に「そんなに眼が細くてちゃんと見えてるの?」と尋ねたり、アジア系のガールフレンドを「シャイで控え目でエキゾチックだ」と自慢したりする場面も逆転させ、「白人の目はフルスクリーンのようにすべて見えているの?」「ガールフレンドが白人でね、おしゃべりで自己主張が強くて少しも黙らないんだ。めっちゃエキゾチックだよ!」と皮肉っている。
次の「懐かしい白人音楽よ、再び」と訴える黒人男性の動画も、同じように立場逆転型の投稿に分類できる。