イランから広がる「スカーフデモ」と米国社会
西海岸を中心に市民から大統領まで沸き上がる抗議の声

  • 2022/11/1

 イランの少数民族クルド人女性のマフサー・アミーニーさん(享年22、クルド名ジナ・アミーニー)が、イデオロギー的価値の強制を使命とする宗教・風紀警察に「ヒジャーブ(スカーフ)による髪の隠し方が十分ではない」ととがめられ、9月13日に逮捕された後で亡くなったことに対する抗議デモは、イラン国内だけでなく、全世界に波及した。米国でも、イラン系米国人が多く在住する西部カリフォルニア州のロサンゼルスを中心に、首都ワシントン、ニューヨーク、シカゴ、マイアミ、サンフランシスコ、シアトル、デンバーなどで草の根の抗議活動が行われ、マフサーさんの死後40日以上が経っても続いている。デモ参加者の要求や米政府の対応から、米国にとって「アミーニー事件」が持つ意味や論点を読み解く。

ロサンゼルスで10月1日に開催された抗議デモに参加する人々(c) Eve Barlow

真の狙いは現政権の打倒

 ロサンゼルスを含むカリフォルニア州南部は、イラン系の人々が推定70万人居住する、米国におけるイラン系米国人の中心地だ。1979年のイラン革命を逃れた人々やその子孫など、イラン国外で最も多くのイラン系が住む場所でもある。アミーニーさんの死を受けて米国各地で行われた抗議活動をリードしたのも、ロサンゼルスだった。

 地元紙「ロサンゼルス・タイムズ」の報道によれば、数千人が行進した10月1日のデモに参加したイラン系米国人コメディアンのマズ・ジョブラニ氏は、他の参加者と共に、「彼女の名前を唱えよ、それはマフサー・アミーニーだ!」と叫んでいたという。

マフサー・アミーニーさんは、イランの権威主義体制への抗議の象徴となった(c) Alen Gorloo

 ジョブラニ氏は、「このデモのことを全米が知ってほしい。これは、全世界の自由と民主主義のための権威主義との闘いであり、イランの人たちは民主主義のために闘っている」と、記者に語った。

 また、このデモでは、参加者たちがリーダーの掛け声に合わせ、クルド人独立派のスローガンである「ジン、ジヤン、アザディ(女性、いのち、自由)」をペルシャ語に置き換えた「ザン、ゼンデギ、アザディ」と唱和した。これはイラン本国でのデモで盛んに唱えられる叫びだが、本来は女性問題を重視する亡国のクルド人が各国に散らばりながら主張してきた合言葉でもある。

 ロサンゼルスの参加者たちは、イラン当局が女性たちにヒジャーブと、身体を首から膝下まで隠すイスラム・コートの着用を義務付け、それにアミーニーさんが違反したことで逮捕されて死に至ったことを悼み、連帯を表している。その意味では、デモは女性問題に根差していると言えよう。事実、参加者の多くは、フェミニスト的な視点から抗議をしている。

 だが、デモのメッセージは、一見、女性への抑圧に対する抗議という形を取りながら、実際にはイランの権威主義的な現体制の打倒を求めるものになっている。

 実際、デモ隊はロサンゼルス市庁舎の前まで来ると、「イランに民主主義を!イランの体制転換を!」と叫んだ。在米イラン人やイラン系米国人参加者の多くが現体制を逃れてきた者やその子孫であるからだ。

 こうしたデモは毎週末、ロサンゼルスで行われており、太陽と獅子をあしらった革命前のイラン国旗が多数ひるがえるものとなっている。

その一方で、デモ隊の多くはサングラスやマスクで、身元が判明しないようにしていた。参加者の一人、40代女性のフェレシュテ氏は、「イラン政府は、今日だけで何人の抗議者を殺したことか。自分もイランに帰国すれば政府に逮捕されるかもしれないために顔を隠している」と明かした。

 またフェレシュテ氏は、「世界中の指導者に何とかしてほしい。イランは助けが必要だ。米国の助けなしに現体制は倒せない」と、続けた。

制裁の強化やSNS発信を通じた支援も

 こうした国内からの突き上げなどもあって、米政府は対応措置をとり始めた。米国務省のプライス報道官は、「米国は現在、イランとの核合意交渉よりも、イラン国内でデモに参加している人々への支持に重点を置いている」と、発言した。バイデン大統領も、「抑圧的なイラン政府に対し、人々や女性が街頭で抗議する勇気に驚嘆している」と、述べた。

イランのアミール・カビール大学で抗議活動を行う人々 (c) Wikipedia

 さらに米政府は、対イラン制裁を強化している。米国務省、および米財務省の外国資産管理室(OFAC)は、9月から10月にかけて3回にわたり、宗教・風紀警察や革命防衛隊、諜報機関、刑務所、検閲担当の幹部を含む取り締まりの責任者たち数十人に対して資産凍結などの制裁を科している。ジャネット・イエレン米財務長官は9月22日、イラン政府に対して、女性に対する暴力を停止し、表現と集会の自由に対する暴力的な取り締まりをやめるように呼びかけた。
 ホワイトハウスのジャンピエール大統領報道官は10月26日、抗議デモが続くイランに対して、「イランの友好国であるロシアが、市民を弾圧する方法を助言している可能性があることを懸念している」と、発言した。現在進行中のロシアによるウクライナ侵攻と、ロシアへの武器供給が疑われるイラン、そして今回の「アミーニー事件」の間には接点があると米政府は考えているというわけだ。
 翻って、カマラ・ハリス副大統領は10月14日、アマゾンプライムビデオで現在人気を博している『ロード・オブ・ザ・リング: 力の指輪』にブロンウィン役で出演しているイラン出身の女優、ナザニン・ボニアディ氏と会見。デモ参加者への連帯を表明するとともに、イラン国内で人々がインターネットを使って自由に政権に抗議しやすくすることを約束した。

クルド人独立派の掛け声「女性、いのち、自由」は世界の言葉となった(c) Carolyn Mahboubi

 これに先立ち、米政府は9月に国内のIT企業に対して特別ルールを発表し、イラン国内で安全かつセキュリティの高いインターネット関連サービスを提供することは米国の対イラン制裁に抵触しないことを定めている。イラン当局が抗議活動の高まりを受けてインターネットを遮断したことを受けた措置だった。

 また、ソーシャルメディアの世界では、イラン出身活動家でニューヨーク在住のイェガネー・マファへール氏らが、若年層に圧倒的な人気を誇る短編動画アプリTikTokで「イランの人たちのインターネットが切られようとしています。このメッセージをシェアして拡散し、友人たちとこの問題を語り合ってください」と、呼びかけている。

 米ニュース専門局CNNの名物女性司会者でイラン育ちのクリスティアン・アマンプール氏は9月21日、ニューヨークの国連本部で行われる総会に出席するために米国を訪れていたイランのエブラーヒーム・ライースィー大統領へのインタビューの際、頭部をスカーフで覆うよう求められたにも関わらず、着用を拒否。その結果、ライースィー大統領は会見をキャンセルする事態となり、米国から世界的に世論を盛り上げることにつながった。

 米作家のブレア・イマニ氏も、「イランでは革命が起きている。あなたの周りで歴史が変わるのを黙って見ていてはいけない」と写真SNSサイトのインスタグラムに投稿。バリカンで自身の髪の毛を剃り、イランの女性への連帯と、家父長制による抑圧への対抗の意思を表明した。

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