「春の革命」ビールとTシャツがSNSで話題
熊本発ミャンマーサポートプロジェクトの反響を読む

  • 2021/7/25

 2月1日に発生した軍事クーデターに抵抗する市民への弾圧が強まるミャンマー。最大都市ヤンゴンでは大規模な抗議行動こそ見られなくなっているものの、監視の目をかいくぐり散発的にデモが行われたり、各地で結成された民主派勢力の「防衛隊」が軍の取り締まりに手製の武器で抗戦したりする状況が続いており、7月23日までに931人が亡くなり、拘束者は累計6896人に上っている。そんな中、現地の人々を支援するために日本で発売されたビールとTシャツが話題を呼んでいる。

ミャンマーサポートビールはクーデターから5カ月目の7月1日に発売された © WITCH CRAFT MARKET

3本指のサインは軍への抗議
 真っすぐに伸ばされた人さし指と中指、そして薬指。7月1日に発売されたビールとTシャツには、どちらも3本指のサインがデッサンされている。市民の抵抗運動を表す「春の革命」というミャンマー文字とあいまって、シンプルながらも凛とした決意が伝わってくるデザインだ。2012年に米国で公開された映画「ハンガー・ゲーム」に初めて登場した3本指のサインは、その後、2014年に起きたタイの反軍政デモで「自由のため戦う人たちの団結」を表すシンボルとして使われるようになり、香港の民主化運動にも広がった。現在は、ミャンマーでクーデターによって全権を握った軍に抵抗する国民の抗議の意思の象徴となっている。

ビールのラベルと同じデザインの Tシャツも販売されている © little vintage

 販売しているのは、熊本県にあるクラフトビール専門酒屋の WITCH CRAFT MARKET(菊池郡大津町)と、古着屋の little vintage(熊本市中央区)で、収益は関西のNGO「日本ビルマ救援センター」(BRCJ)を通じて、 軍への不服従運動(CDM)を続けるミャンマーの公務員を支援する「One-To-One Save Myanmar campaign」 に全額送られる。

任期終了間際に発生したクーデター

大塚麻里子さん

 今回のプロジェクトを構想したのは、今年3月まで国際交流基金ヤンゴン日本文化センターに勤務していた大塚麻里子さんだ。2月1日以来、自宅待機が続いて事務所に出勤できないまま3年3カ月の契約期間が終了し、後ろ髪を引かれながら帰国した。

 熊本県大津町の実家に戻ってからも、日に日に悪化する現地の状況にいたたまれない思いを抱えていた大塚さんが、何かできないだろうかと相談を持ちかけたのが、幼馴染でWITCH CRAFT MARKET代表の田上晃子さんと、旧知の仲でlittle vintage代表の原田真助さんだった。こうして、3人の地元である熊本の人々にミャンマーで起きていることを知ってもらうためのプロジェクトが立ち上がった(コラム参照)。

 デザインは、日本に留学しているデザイナーのトーンさんに依頼した。クーデターの発生以来、祖国で闘う仲間たちを支援する方法を模索していたトーンさんは、大塚さんの構想に賛同し、喜んでデザインを引き受けたという。

 ミャンマーの現状を知ってもらいたい反面、日本人にも抵抗なく手に取ってもらうためには、弾圧の生々しい様子を描くわけにはいかないと考えたトーンさんは、「懸命に自由を訴えるミャンマー国民へのエールを表現するために」3本指をモチーフにすることに決めた。見る人に強い印象を与えるために、着色はせず、あえてモノトーンのデッサン画にした。

【大塚麻里子さん】
  2月1日の早朝、事務所からの電話でクーデターを知りました。その日から自宅待機が始まりましたが、ネットは遮断され、街中にはシュプレヒコールやクラクションの音が溢れ、何が起こるか分からない恐怖を常に感じていました。一夜にして自由を奪われたミャンマーの友人たちの怒りと恐怖、不安はいかばかりだったでしょう。それでも彼らは、一人暮らしの私を案じ、「麻里子は私たちの家族だから、いつでもおいで。今から迎えに行こうか」「不安な時はいつでも電話してね」と声をかけてくれました。
 また、帰国が迫っていることを告げた友人には、「クーデター以来、暗いニュースばかりだったけれど、麻里子の帰国はとてもいい知らせだね」と言われました。別れの寂しさより、私が安全な日本へ帰ることを喜んでくれた彼女の気持ちに、涙が溢れました。そう、ミャンマーの人はいつもあたたかく、お世話好きで助け合う精神に満ちているのです。
 帰国後も、現地では深夜1時から朝9時までネットの遮断が続いていたため、私は遮断される直前まで人々が懸命に発信するSNSを毎晩、寝ずに追い続けました。自分だけ安全な場所に帰ってきた罪悪感や、自分の心がミャンマーから離れてしまう不安を抱えながら、ただ祈ることしかできませんでした。
 そんな葛藤を親友の田上さんに打ち明けたところ、「何か一緒にやろう」と言ってくれたことから、このプロジェクトが始まりました。とはいえ、熊本のミャンマー人コミュニティーとは関わりがなく、コロナ禍のために集客型のイベントも難しかったため、ビール販売を通じて寄附を集めることにしたのです。地元の人々に少しでもミャンマーで起きていることを知ってもらい、気軽に支援できる仕組みを作りたいという構想に賛同してくれた田上さんをはじめ、トーンさん、原田さんに感謝しています。

2日で2万件以上の反響

 しかし、「故郷の人々にミャンマーの現状を伝えたい」というささやかな思いから始まったプロジェクトは、予想していなかったスピードと規模で動き始める。

 7月1日の朝、3人がそれぞれビールとTシャツの発売をミャンマーへの思いと共にSNSにアップすると、投稿はあっという間に話題となった。特に、WITCH CRAFT MARKETの Facebookページの投稿には、夜までに1.2万件以上の「いいね!」がつけられ、シェアも2300件を超えた。注文も全国から殺到し、用意していた400本のビールは、翌日にはほぼ完売。急きょ、追加製造することになったという。

WITCH CRAFT MARKETの Facebook投稿には、その日の夜までに多くの反響が寄せられた

 拡散を後押ししたのは、ミャンマー人たちだった。投稿から数時間の間に内容がミャンマー語に翻訳され、民主主義を求めるミャンマー語の匿名ページに写真とともに再掲されたことで、ミャンマー人の若者たちの間で一気に広まったのだ。このミャンマー語の投稿への「いいね!」も、発売から2日間で2万件を超え、3000回以上シェアされた。さらに、「“春の革命”という名前のビールが日本で発売されたそうです」「ミャンマーでは飲むことができませんが、このビールを作ってくれた会社のページに “いいね!” を押しました」「私は普段、ビールを飲まないのですが、このビールはぜひ味わってみたいです」というミャンマー語のコメントも相次いで寄せられた。

ミャンマー語に翻訳された投稿は、7月24日時点で2万6000以上の「いいね」!を獲得し、8500回以上シェアされ、340件以上のコメントが寄せられている

 ビールとTシャツが大きな反響を呼んだ理由について、コメントを書き込んだ20代のミャンマー人たちにFacebookで連絡を取り、意見を聞いた。
 タイのチェンマイ大学で経済学の修士号を取得後に帰国し、現在は地方都市に住むメイさんが指摘するのは、タイミングの良さだ。「ミャンマーの人々は、今も軍政を倒すことを諦めていません。しかし、不服従運動(CDM)や仕事の喪失によって生活が苦しくなっており、疲労が高まっています。そんな時に3本指がデザインされたビールとTシャツが日本で発売されたことを知り、自分たちが忘れられていないと感じられて嬉しかったのだと思います」

軍に対し抗議行動する市民たち © Myanmar Now / Twitter

 また、ヤンゴンに住むウィンさんは、「残念ながら、ミャンマー人の中にも“春の革命” から目をそらす人がいる中で、日本人がミャンマーを応援するためにビールやTシャツを作ってくれてありがたいし、励まされました」と話した。

【 WITCH CRAFT MARKET 田上晃子さん】
 2018年に親友の大塚さんが住むミャンマーを訪れ、現地の方々の温かさに触れて大好きになりました。その時に見た景色や文化、人々の生活がクーデターによって様変わりしている様子を報道で目にしながら、何かできることはないかと考えていました。
 5年前の熊本地震の際、私たちは世界中から支援と励ましを頂きました。日常生活を奪われたにも関わらず、復興に向け頑張ってこられたのは、そのためです。あの時と同じように、コロナ禍とクーデターで仕事や家を失った方々の力に少しでもなればと、プロジェクトを立ち上げました。大きな力ではないかもしれませんが、ビールを飲むことが支援につながれば、幸いです。
【 little vintage 原田真助さん】
 私は、2019年秋に little vintageでミャンマーのイベントを開催したのをきっかけに、ミャンマーに関心を持つようになりました。クーデター発生後のあまりに理不尽な現地の様子に胸を痛め、何かできないだろうかといろいろ考えたのですが、洋服屋としては、やはり洋服を売って貢献するのが一番良いと思い、チャリティーTシャツを作ることにしました。
 この3本指のTシャツを機に、お客様1人1人が洋服を買うことの意味を今一度見つめ直し、ミャンマーで起きていることや世界の平和に思いを馳せていただけたらと願います。

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