車社会のハワイに鉄道が来た! 住民たちの声は
観光客に人気の「アラモアナセンター」との接続は未定
- 2023/8/1
ハワイの経済、観光、そして政治の中心であり、人口の8~9割が集中しているオアフ島で建設が進められていた鉄道路線「Skyline(スカイライン)」が6月30日、一部開業にこぎつけた。約76年ぶりという旅客鉄道の始動を、ハワイの人々はどう受け止めているのか。また、車社会のオアフ島は、鉄道の整備によって今後、どう変わっていくのか。期待の声と課題を整理する。
車から鉄道への移行で生活の質が高まる
この路線の全体計画は、ホノルル市街地の西側に広がる新興住宅エリアのイーストカポレイからアロハスタジアム、ダニエル・K・イノウエ空港(ホノルル国際空港)、ダウンタウンを経て、観光客にも人気の商業施設・アラモアナセンターに至る21駅、約32kmの区間だが、今回開業したのは、イーストカポレイ~アロハスタジアム間の9駅、およそ約17kmの区間である。路線の建設や事業運営を行うのはホノルル高速鉄道公社(HART)で、ホノルル市が市バスと一体的に鉄道の運行を担当する。注)実際の駅名はハワイ語と英語のダブル表記だが、本記事では特段の断りがない限り英語表記のみ。
アメリカの多くの大都市と同様、ホノルルでも朝夕の交通渋滞は悩みの種だ。渋滞解消を狙い、2005年にホノルル市郡や州政府が鉄道開設を決定、2011年に着工した。そして生まれたのがスカイラインだ。通勤、通学、買い物の足として大きな需要が期待され、市は1日に4万台の自動車が鉄道に移行すると試算する。リック・ブランジャルディ市長は、「二酸化炭素排出量の削減につながるだけではない。各世帯で自動車が不要になればその購入・維持資金をほかの分野に充てることで生活の質も高まる」と力説する。
今回の一部開業区間は、当初、2017年に開業するはずだった。しかし、工事は何度も中断した。建設費の見通しが甘く、当初30億〜40億ドル(約4330億~5770億円)とされていた建設費は人件費や機材コストの増加でどんどん膨れ上がり、財源不足で建設費を支払えない事態に何度も陥ったためだ。2022年に公表された報告書では完成時の建設費は100億ドル(約1兆4330億円)を優に超えると試算された。建設費の主要財源は税金や連邦政府の補助金だ。鉄道の建設財源を学校教育の充実や福利厚生などほかの用途に使うべきと主張する声も住民の間では少なくない。
「揺れすぎる」という声も
6月30日午後2時、一般乗客を乗せた一番列車が動き出した。30日から7月4日までの5日間はトライアル期間で、30日は完全無料、1~4日は市バスで導入されている「HOLOカード」というタッチ式カードを持っている乗客は無料で乗車できる。
発車時は、車内のあちこちで「イエーイ」といった歓声が上がった。ディズニーランドのライド型アトラクションが動き出したときのようなイメージだ。市によれば150人から200人程度の客が乗車していたというが、車内を見回した限りでは乗客数はもっと多いように思われた。
列車はアロハスタジアム駅を出発すると、しばらくはホノルル市街地を走る。ショッピングセンターと隣接している駅もある。住宅街の先には真珠湾、遙か先にはダイヤモンドヘッドも見える。そのまま走り続けると、車窓の景色から住宅などの建物が消え、田畑に変わり始めた。日本とはまるで違うワイルドなハワイの大地を列車は走り続ける。途中には駅前に何もない駅があった。ただ、駅周辺では住宅開発が始まっており、完成すれば「駅近」が売り物となる分譲住宅となるのだろう。
運転士がいない自動運転なので、車両の一番前はかぶりつきの特等席。最高速度は時速88kmで、目の前を流れる景色をみな興味深そうに凝視している。スマホで写真や動画を撮影している人も多い。高架上からの景色という普段とは違う車窓からの景色に誰もが満足気の様子だった。
軌道は一直線ではなく、アップダウンがあり、カーブも多い。駅を出発するときの加速も日本よりもスピードがあるように感じた。座っていれば気にならないが、車内で吊り革や支柱につかまっていないとよろけてしまうほどだ。こうした揺れを楽しんでいる人もいたが、「揺れすぎる」と不平を口にする人もいた。古い線路で保守作業がきちんと行われていないと揺れることはよくあるが、今回は完成したばかりの最新鋭の鉄道システムだ。つまり、揺れは最初から想定されているわけだ。市の広報担当者によれば、「揺れは高速で勾配やカーブのある高架を走行していることによるもの。スカイラインのような新交通システムはこの程度の揺れは当たり前」とのことだった。
ハワイ大学西オアフ校や東海大学の系列短期大学の最寄り駅を過ぎると、終着のイーストカポレイ駅に到着した。アロハスタジアム駅からはおよそ20分の道のりだった。下車して改札口に向かうと、列車に乗るために多くの人が駅に集まっていた。改札口の前ではHARTのスタッフが入場方法について説明していた。ホノルルには鉄道を知らずに育った人も少なくない。そういう人たちは改札口の存在にもまごついてしまうのかもしれない。
トイレがないのはなぜか?
開業前には「駅にトイレがない」ことがテレビや新聞で報じられ、大きな関心を集めた。実際にはトイレがあるものの、これは駅スタッフのためのもので、一般に向けには開放しない。市の広報担当者は公衆トイレを設置しない理由について、「アメリカ本土では地下鉄駅の多くではトイレがない。ホノルルもそれと同じ」と話す。本土でトイレがない駅があっても不思議はなく、トイレがないことがニュースになるのは長年にわたって鉄道がなかったハワイならでは言える。
アメリカの大都市の地下鉄でトイレがない駅が多い理由は、トイレが犯罪やテロの温床になりかねないという問題がある。しかも、トイレを破壊する行為も少なくなく、修理費用の負担も大きいという。確かにホノルル市内のショッピングセンターでも、トイレはセキュリティ上の理由から出入り口に鍵がかかっており、使用の際は従業員に鍵を解除する暗証番号を教えてもらって中に入るという仕組みをとっているところが多い。
なお、今回の開業時は多くの人の乗車が予想されるため、トライアル期間内のみ、トラブルを回避するため、各駅に仮設トイレが設置された。
開業初日に鉄道を利用した人の数は、およそ9000人。運行時間が午後2時から6時までの4時間だけだったことを考えると、集客という点では大成功だったと言える。トライアル期間の5日間の利用者合計は、7万1722人に上った。1日当たり1万4000人が利用したことになる。
そして7月5日から有料での運転が始まった。7月5日から9日までの5日間の利用者の合計は、1万8000人。1日あたり3600人だ。トライアル期間中の4分の1に減ってしまった。1列車当たりにすれば、20人程度しか乗っていない計算になる。日本であれば、利用者が少なく廃線が取りざたされる赤字ローカル線の水準である。
乗客数が少ないのも仕方がない。今回開業した区間にあるめぼしい施設といえば、いくつかのショッピングセンターと大学くらい。乗客数が十分な水準に達するためには全線開業を待たなくてはいけない。今後の計画では、アロハスタジアムから4駅先のミドルストリートまでの区間が2025年に完成する予定。この区間が開業すれば、空港関係者の通勤需要や空港を使う旅行者の利用が見込めるほか、パールハーバー・ヒッカム統合基地の最寄り駅もあるため、軍と取引のある企業の従業員の通勤利用も期待できる。さらに2031年には、ダウンタウンを経て、市の中心でオフィス街であるシビックセンターまで完成が予定されている。こうなれば、オフィス街の通勤需要も取り込むことができる。
ブランジャルディ市長は、輸送人員の見通しについて、「最初の段階では1日5000~1万人程度、ミドルストリートまで開業すれば1日2万5000人程度、そしてシビックセンターまで開業すれば1日8万5000人の乗車が見込める」と話す。さらに、最終目標であるアラモアナセンターまでつながれば、アラモアナセンターで働く従業員の通勤需要に加え、空港からワイキキに向かう観光需要の獲得も射程に入るが、用地取得が難航しているため、完成時期は未定だ。