バイデン米大統領候補の国際協調戦略を読む
トランプ外交の巻き戻し戦略は国民の支持を集めるか

  • 2020/8/20

 米国の大統領選挙が11月に迫っている。野党・民主党の大統領候補に選出されたジョー・バイデン前副大統領は、現職のドナルド・トランプ大統領(共和党)と自身との政策の違いを強調しており、選挙戦は「米国第一のトランプ」と「国際協調のバイデン」の闘いの様相を呈している。本稿では両者の違いが特に際立つ外交戦略を取り上げ、バイデン候補が国際協調路線を打ち出す背景やねらい、米国民の支持の行方について分析を試みる。

今年11月に迫った米国大統領選で野党・民主党の大統領候補に選出されたジョー・バイデン前副大統領(出典:同氏の選挙キャンペーンサイト https://joebiden.com/)

「国際協調のバイデン」と「米国第一のトランプ」

 トランプ大統領は、2016年の大統領選で公約した「アメリカ・ファースト」を当選後から実行に移してきた。その内容は、同盟国との関係を金銭上の損得勘定で判断し、長期的な信頼関係を損ね、国際社会でリーダーとしての立場や役割を放棄する一方、核兵器開発に邁進する「敵国」の首脳、金正恩朝鮮労働党委員長と抱擁を交わして「野蛮な独裁者とラブレターを交換している」と批判を受けるなど、歴代の共和党・民主党政権が築いてきた同盟重視の方針から大きく逸脱するものだった。

 こうして米国は、新型コロナウイルス大流行の最中に世界保健機関(WHO)からの脱退を表明したのをはじめ、気候変動に関する国際的枠組みであるパリ協定からの脱退や、核兵器開発を疑われていたイランと米英独仏中ロが2015年に結んだ核合意の放棄、米国と欧州の安全保障枠組みである北大西洋条約機構 (NATO)の要と言える在独米軍の大幅削減など、戦後70年以上にわたって主導してきた多国間協調の国際秩序を自ら壊すことになった。

「米国第一外国」を主導してきたドナルド・トランプ米大統領(出典:同氏の選挙キャンペーンサイト https://www.donaldjtrump.com/)

 各種世論調査によると、トランプ大統領のこうした「米国第一外交」に対し、半数以上にあたる55%の人々が「支持しない」と答えており、「支持する」の40%を上回っている。ここに、バイデン候補の有利な状況が生まれている。

 バイデン候補は、トランプ大統領がもたらした米国の国際社会における孤立の巻き戻しを訴える。特に問題視しているのが、国家主義やポピュリズムのための同盟破壊であり、「弱体化した米国のリーダーシップの空白を(ロシアや中国のような)権威主義的な国家が埋めるだろう」と主張。米国主導の国際協調を復活し、世界の安全保障を高めることを公約に掲げている。

中流層の保護と民主主義陣営の連携強化

  また、バイデン候補は中流層の強化を強く打ち出す。「中流層の生活の安定が保障されれば、民主主義が強化され、最終的に米国の軍事的な安全保障につながる」「生活が改善されれば、ポピュリストや国家主義者、扇動者が台頭しづらいため、民主主義国家の政治がロシアなどの権威主義国家に操作されにくくなる」と、同氏は主張する。

 その地ならしとしてバイデン候補が掲げるのが、「中国の不公正貿易に立ち向かえる民主主義国家の団結」だ。世界の国内総生産(GDP)の約4分の1を占める世界一の経済大国である米国が他の民主主義国家と団結すれば、民主主義陣営のGDPの総和は世界の半分以上を占めることになり、「中国が無視できない存在になる」というのだ。

 具体的には、大統領就任の1年目に世界中の民主主義国家の首脳を米国に招いて「民主国家サミット」を開催。その席上で「自由世界」の実現に米国が貢献することを再確認し、新たなビジョンを示す計画だ。これにより、腐敗や権威主義、人権抑圧への対抗陣営を、米国が決めたルールや枠組みで率いることになる。

 その上で、セキュリティの高い民間主導の第5世代移動通信システム(5G)のネットワークを民主主義陣営内で開発し、貧困地域や過疎地を含めてあらゆる地域をつなぎ、人工知能(AI)など革新的な技術を通じて経済を活性化し、中間層を厚くするのだ。

 「バイデン政権」が掲げるこれらの政策は、米国第一のスローガンを掲げるトランプ政権がこれまで米国にとって最も親密な同盟国であった欧州連合(EU)の加盟国やカナダからの輸入を「安保上の脅威」とみなし、高い関税を課してきた方針を巻き戻すことを意味する。実現すれば、従来の多国間の通商枠組みが、一層、発展することになるだろう。

 とはいえ、バイデン候補は、すべての政策について国際協調を訴えているわけではない。同氏が副大統領を務めたオバマ前政権時代にまとめられた後、トランプ大統領のちゃぶ台返しによって脱退が決まった環太平洋パートナーシップ協定(TPP)については、復帰を言い出しにくい環境にある。

 自由貿易の考えに基づくTPPは、中流層や低所得層にすこぶる評判が悪い。「グローバル化の権化」のように言われていることもあり、オバマ前政権時代にグローバル化を積極的に推進したバイデン氏も、この4年の間に立場を翻し「グローバル化によって数百万人もの製造業労働者の職が奪われ、中流層の空洞化が進んだ」と指摘してきたことから、いまさらTPPへの回帰を唱えることは矛盾になるためだ。また、バイデン候補には、2001年の上院議員時代に中国の世界貿易機関(WTO)加盟を支持したという負い目もあるため、同氏の進める国際協調は、労働者の権利擁護や中国の不公正貿易との対決など、中流層保護に焦点を移したものになりそうだ。

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