米大統領選があぶり出した分断の本質
人々を投票に駆り立てた「排除への恐れ」
- 2020/11/26
世界的な注目を集めた米大統領選挙は11月3日に一般投票が行われ、民主党のジョー・バイデン大統領候補(78)が現職のドナルド・トランプ大統領(74)に対して600万以上の差をつけ、選挙人も当選に必要な270を超える306人を獲得し、勝利した。当地のメディアも2021年1月に始動するバイデン民主党政権の政策に関心を向け始めているが、政権移行には合意したものの、いまだ敗北を認めようとしないトランプ現大統領を中心に支持者らは結束を固め、組織ぐるみの不正疑惑など陰謀説も飛び出して、バイデンチームは融和の糸口さえ見出せていない。本稿では、自分が社会から排除されるのではないかという恐怖心が人々の間に亀裂を生み、その溝を広げつつあるという仮説を検証する。
投票率の高さが示すもの
異例の熱気に沸いた選挙戦だった。
筆者の住む西海岸のオレゴン州では、これまで大統領選挙の際、郵便による事前投票がメジャーな選択肢となってきた。1998年の住民投票によって、全米に先駆け郵便投票の制度化し、投票方法の民主化に踏み切った歴史を持つ当地では、今回も東部や南部、中西部の投票所などで報じられていたように、選挙当日に投票所に人々が並ぶことはなかった。しかし、それは決して住民が無関心だったということではない。事実、今回の投票率は、2016年大統領選の約70%を10ポイント近く上回る約80%となった。
同様の傾向は、他州でも見られた。たとえば、同じ西海岸に位置し、リベラルな風土で知られるカリフォルニアでは、世論調査などでバイデン候補の勝利が投票日以前から確実視されていたため、有権者が自身の票に意味を見出さず、投票率が低下しても不思議ではないようにも思われたが、今回の投票率は前回の75%を大幅に上回ることが予想されている。
これまで投票を棄権していた人々がこぞって参加するほど今回の選挙戦が白熱したのは、結果が分かっていても人々を投票行動に駆り立てた何かがあったことを示しているのではないか。もちろん、投票用紙の項目には、連邦大統領だけでなく、州選出の米議会議員や州内の住民投票も含まれており、有権者のお目当ては大統領選挙だけではないが、それでも主な関心事が大統領選にあったことに変わりはない。
もっとも、事前に結果が見えていたかどうかによらず、投票率は高かった。例えば、前述のオレゴンでは、リベラルなホワイトカラーが多い大都市のポートランドや、大学街のユージーンなどがバイデン氏を支持する「民主党ブルー」に、非ホワイトカラー労働者が多い遠隔地がトランプ氏派の「共和党レッド」に染まったものの、結果的には、事前に予測されていた通り、人口の多い都市部の支持を集めたバイデン候補が選挙人の勝者総取りで州全体を制した。それでも、トランプ支持者を含め、人々は投票を放棄しなかった。
他方、大勢が最後まで判明しなかったのが、激戦州のペンシルベニアだ。州全体で見れば共和党の「レッド」が優勢だったにもかかわらず、オレゴン州と同様、人口が多い大都会のフィラデルフィアやピッツバーグが民主党の「ブルー」となったことから、選挙人の勝者総取りによってバイデン氏に軍配が上がり、今回の勝敗が決した。このように、接戦か否かによらず、保革双方に強い熱意が感じられたのが今回の選挙の特徴だったと言えよう。
選挙の数日後にバイデン次期大統領の当確が出ると、筆者が日常的に利用するコワーキングスペースは「安堵」「解放感」にあふれ、人々は「やったね!」と喜んでいた。彼らは選挙前よりトランプ大統領への不平不満を口にし、彼の政治手法は滅茶苦茶だとの非難も繰り返し聞いていたため、驚きはなかった。
「ヒーロー」に祭り上げられた両候補
では、実際のところ、どちらの政党の候補が次期政権のトップに就くか次第で米国はどの程度変わるのか。
意外に思われるかもしれないが、政権を握るのが民主党であれ、共和党であれ、米国の経済や社会には連続性と一貫性があり、人々の生活はさほど大きく変わらないと筆者は考えている。もっと言えば、「狂人」「ヒトラーのような独裁」というトランプ大統領評も、「社会主義者や左派による革命」という右派メディアによるバイデン氏への批判も、どちらもメディアが煽る割には根拠が希薄で、杞憂に過ぎないのではないか。
例えば医療保険制度は、どちらが与党になっても、民間企業が市場原理で運営するプランが柱となり、医療費も保険料も高騰し続けるだろう。大学の授業料も上がり続ける一方だ。雇用策も、どちらの政権とも基本的には新自由主義的な資本主義の論理で立案された政策を粛々と実行するだけであるため、民主党の下でも共和党の下でも経済格差は拡大し続けるだろう。教育カリキュラムがイデオロギーに左右され、全国レベルで180度転換することもない。また、保守派が反対する人工中絶や同性婚も、すでに制度化され、社会に定着しているため、保守派が多数の共和党が政権を握っても変更が生じるとは考えにくい。
警察が丸腰黒人を殺害する事件も、政権党によらず日常的に起きており、保革で大きな違いがある移民政策でさえ、歴代政権を俯瞰すれば、時の労働力ニーズに応じ、緩和策と規制策が党派のイデオロギーを超えて繰り返されてきた。かつて共和党レーガン政権が不法移民を合法化し、民主党オバマ政権が不法移民の強制送還を強化したのが、その好例だ。
税制も、政権により多少の違いはあるが、累進性が低く、企業減税が基調で、富裕層や資本家に有利という大筋の流れは40年にわたり一貫している。
米国の制度がそれだけ安定し、与野党が交代しても日常生活が大きく変わらないなら、今回、なぜこれほど多くの人々が選挙に参加し、政治信念を投票によって示そうとしたのか。それは、根拠の有無にかかわらず、人々が皆、「自分の利益が脅かされつつある」と感じていたからではないか。筆者は、彼らが互いに対立勢力によって社会的に排除されることを怖れているように思えてならない。それこそが、近年の分断された世相の本質であるように映る。その中で、結果的にはトランプ氏もバイデン氏も有権者にとってイデオロギー的な「敵」と戦うヒーローとして位置付けられ、政策や実績の評価は二の次になっていた観もある。
失われる社会の寛容性
選挙期間中、「隠れトランプ」の存在が話題となった。トランプ氏を支持しているにも関わらず、あえてそれを公言しない、あるいはできない人々だ。その理由として、彼らは口々にこう口にした。
曰く、「トランプ支持を公言すれば、人種差別主義者というレッテルを貼られるのではないか」「反エスタブリッシュメント(反権力)と見られる」「職や地位を失う」「脅迫や迫害が怖い」「航空機に乗る時にトランプ支持のマスクを着用し、強制的に降ろされる目にはあいたくない」「周囲の人から非難される」「過激な極右のトランプ支持者と同じに見られたくない」「格好悪い」「恥ずかしい」「社会通念に反した異常な趣味だと言われたくない」
実際、トランプ支持者には「非科学的で非理性的」「人としての同情心や徳に欠け、狂信的な敵」だという二元論的な目が向けられ、社会的に排除しようとされることが多い。そこには、相互理解や歩み寄り、相手の思いを汲む配慮は微塵もない。CNNやABCなどのテレビ局や、「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントン・ポスト」などの主要紙でも、「トランプとその支持者は民主主義の敵」だという暗黙の了解が支配的だ。
部分的であっても、トランプ氏の政策や主張を支持する意見を公的に表明できる雰囲気が存在しない今日の米国社会。それは、取りも直さず米国社会から寛容さが失われつつある証左であり、「誤った発言」によって社会的な尊厳や役割が否定されることへの不安が高まっていることを示している。こうした恐怖心にこそ、米社会の分断の本質を読み解くカギがある。