モンゴルを舞台に激化する大国間の駆け引きと資源競争
中ロを横目に急接近する米モそれぞれの思惑とは

  • 2023/10/13

 日本ではこの夏、モンゴルに隣接する架空の「バルカ共和国」の鉱物資源をめぐる争いを描いた日曜劇場の人気ドラマ『VIVANT』が放映され、ロケ地モンゴルの人気が高まっているが、ここ米国でも、最近、モンゴルへの関心が高まっている。ドラマの筋書きよろしく、普及の進む電気自動車(EV)に使われる希土類元素(レアアース)とバッテリー用の鉱物の産出国であるモンゴルに接近したいという米国の切羽詰まった事情が背景にあるが、同時に、モンゴルの南北に位置する超大国の中国とロシアにくさびを打ち込みたいという外交上の思惑も見え隠れする。

米国では今、モンゴルに対する関心が急激に高まっている (c) Pexels

 他方、モンゴル側も、隣接する中国やロシアの言いなりにならないための地政学的カードとして米国を利用し、自国の開発と経済的発展のために関係を強化していきたいというスタンスだ。急速に距離を縮めつつある米モ関係の行方を、米国内の論調から分析する。

鉱山開発や災害支援、観光などで強まる連携

 モンゴルのロブサンナムスライ・オユーンエルデネ首相(43)は8月2日、訪問先の米国で、モンゴル国内に埋蔵されているレアアースや銅の開発について米国との連携を強化していく方針を示した。両国は、米国の民間投資をこれまで以上に活用してモンゴルの鉱物資源開発を進めていくことと、鉱山開発の技術支援を行うことについて合意したという。

訪米したオユーンエルデネ首相(左)と共に共同記者会見を行うカマラ・ハリス米副大統領 (c)ハリス副大統領のXポスト

 これに先立ち、6月上旬にはオユーンエルデネ首相と米EV大手テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)がオンライン上でミーティングに臨んだ。これにより、米国内で需要が急増しているEV向け鉱物資源を豊富に有するモンゴルが米国にとって重要な存在となっている事実が内外に示された。

 さらに米国は、今後5年間に予定している最大2500万ドル(約37億5000万円)規模の支援の対象国に、パンデミック後の経済回復が遅れているモンゴルを加えることを明らかにした。具体的には、夏の少雨や干ばつ、冬の草地を覆う雪氷などの複合的な気象条件によって家畜が夏に十分な牧草を食べることができず、冬の間に大量死する「ゾド(Dzud:寒雪害)」と呼ばれる被害を食い止めるための対策が計画されており、現在、米議会で予算の最終承認待ちだという。

 米国がモンゴルに接近を図っている分野は、レアアースや銅といった資源や災害支援にとどまらない。カマラ・ハリス米副大統領は8月2日にオユーンエルデネ首相と会談し、航空自由化(オープンスカイ)協定を結ぶことに合意した。米国とモンゴルを結ぶ航空便を定期的に就航させ、人的交流を促進することで、モンゴルのインバウンド観光業が活性化することも期待されている。

大切な家畜が大量死する災害「ゾド(Dzud)」に悩まされているモンゴルの人々にとって、2500万ドル(約37億5000万円)規模の米国からの援助は朗報だ (c)Pexels

 協定の締結を受けてか、米メディアでモンゴル特集を目にする機会が増えている。たとえば、ニューヨーク・タイムズ紙は9月13日付で、「なぜこれほど多くのミレニアム世代がモンゴルを訪れるのか」と題した記事を掲載し、アジア最後の秘境の一つと言われるモンゴルで自分探しをする米国人の若者たちの姿を伝えている。また、旅行サイトのロンリープラネットも9月30日付で「モンゴルで最高のクルマの長旅ルート3選」を紹介した。

 さらに、CNNもモンゴル料理の特集を組み、肉と野菜を油脂で炒めて麺とともに蒸すツォイバンや、小麦粉を練った生地でひき肉やたたき肉などを包み、油脂で揚げたホーショール、馬乳を原料とした馬乳酒など、モンゴル庶民の日常的なごちそうを米国人に紹介した。

 このほか、米国のテレビや新聞は、ローマ教皇フランシスコが8月下旬から9月上旬にモンゴルを訪れたことを詳しく報じた。教皇の訪問は、1245年に当時のモンゴル帝国の大ハーンだったグユクが招待して以来、実に777年ぶりに実現したため、モンゴルでもかなりの話題となった。

中国やロシアと対峙できる「第三国」としての米国

 モンゴルとアメリカが急速に接近しつつある背景には、中国の存在がある。

 まず、モンゴルと中国の関係について見てみよう。広く知られている通り、モンゴル諸族は古来より漢人の打ち立てた歴代中国王朝と軍事的・経済的に緊張関係にあったが、その基本的な構図は現代も変わらない。

 歴史を遡ると、人民共和国時代のモンゴルは、「ソ連の16番目の共和国」と呼ばれるほどソ連との関係が緊密だった。南の脅威である中国と対峙するために、ロシア人が率いるソ連に対して従属することが不可欠だったというのが、主な理由だ。その後、冷戦が終結し、ソ連軍がモンゴルから撤退すると、開放改革路線を採用して急成長していた中国からの投資が急増し、地元資本を次々と圧倒していったため、モンゴル国民の間では中国への警戒心が高まった。

中国のレアアース埋蔵量は全世界の44%、生産量は61%と圧倒的なシェアを誇る。 一方、米国は自国でもレアアースを産出するが、コスト面から調達先をモンゴルや中央アジア諸国に広げている(c) Statista

 そこでモンゴルは、「戦略的第三隣国パートナーシップ」を掲げ、中国以外の国々との経済関係を深めようとし始めた。その筆頭格が、軍事的に中国やロシアと対峙できる実力を有する米国だ。

 他方、その米国にとっても、世界のレアアース埋蔵量の40%以上、そして生産量の60%以上を誇る中国が西側諸国への輸出を制限することで脅しをかけていることに対抗する同時に、揺籃期にある自国のEV産業を育成するためには、レアアースを豊富に産出するモンゴルとの関係強化が不可欠なのである。

太陽光発電パネルから得られた電力で充電される電気自動車。 モンゴルは、そのバッテリーに使われるレアアースの産出国だ (c) Pexels

ジョー・バイデン米大統領は9月21日、ニューヨークで開催された第78回国連総会に出席し、中央アジアのカザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、そしてウズベキスタンの首脳たちと安全保障と経済面での協力強化に向けたパートナーシップの立ち上げで合意した。その席上、アメリカは各国との間で、レアアースやリチウム、コバルトなど、重要な鉱物資源の共同開発について合意した。

これにより米国は、中国をぐるりと取り囲むように位置する中央アジア5カ国、およびモンゴルと連携し、EVバッテリーに欠かせないレアアースやリチウムなどの鉱物資源開発に共同で取り組む体制を完成させたことになる。中国にとっては、当然、モンゴルを追い詰めて米国側へと追いやることは避けたいという思惑が働くことだろう。

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