緊迫するウクライナ情勢と一帯一路戦略
米露対立に乗じて台湾有事をちらつかせる中国の思惑を読む

  • 2022/2/4

  ウクライナ情勢が緊迫している。ウクライナ軍内では、早ければ2月20日、北京五輪が終わった後に、ロシアによるウクライナ侵攻があり得ると指摘する声もあるようだ。ウクライナとロシアの双方にとって重要なパートナーである中国は、とりあえず「ウクライナ危機を煽動するな」と冷静を呼び掛けているものの、北京とモスクワの間には外交・防衛関係が確立しており、ロシアのウクライナ侵攻に合わせて中国がロシアを支援するか、台湾海峡で行動を起こすなど、なんらかのアクションをとるのではないかと見る専門家は多い。

 2021年末に米・ホワイトハウスが行ったブリーフィングで、記者からウクライナ侵攻と台湾侵攻が同時に起こる可能性について問われたブリンケン国務長官は、「そうならないようにあらゆる措置をとる」と答えたが、これは裏を返せば、米国側もそうした事態がまったくあり得ないと思っているわけではないということだ。その一方で、ウクライナ問題の行方次第では中国の一帯一路戦略にも大きな影響があるとの指摘もある。ウクライナ問題は中国にとって危機なのか、チャンスなのか。今日の局面を中国の視点から分析する。

クリミアの高速道路を移動するロシアの装甲車の車列。ロシアは、戦車や重火器を装備した10万人規模の軍隊をウクライナ付近に配備している (c) AP/アフロ

公式には停戦合意を支持

 中国政府は、公式には、ロシア、ウクライナ、そしてウクライナ東部の親ロシア武装勢力がドイツと欧州勢の支援を受けて2014年と2015年に結んだ停戦合意(ミンスク議定書、ミンスク2)への支持を表明し、今も「合意に基づいて、関係当事者の話合いで解決すべきだ」との立場をとっている。
 今月開かれる北京冬季五輪にはロシアのプーチン大統領が賓客として招かれているため、少なくとも世界のメディアの一面を五輪の話題で飾りたい中国としては、期間中に世界を騒然とさせることは起こしてほしくないのが本音だろう。実際、ブルームバーグはこのほど北京政府筋の話として、習近平サイドがプーチンサイドに対し、五輪が終わるまでウクラナ侵攻を自制するよう求めたと特ダネで報じた。中国もロシアもその報道を否定するコメントを発表したものの、同時に中国外交部は公式に「五輪開幕の7日前からパラリンピック終了の7日後まで(1月28日から3月20日)、伝統的な国連五輪休戦決議を順守すべきだ」とも主張している。
 おそらく、北京で開かれるプーチン習近平会談でもウクライナ問題は議題の1つに上るだろう。この席上、中国がウクライナ問題について何を望み、プーチンは中国にどのように応じるかが、一つの山場ではないだろうか。

食糧、エネルギー、軍事面で深まる関係

 まず、中国とウクライナの関係を見てみよう。中国にとってウクライナは一帯一路戦略の東欧ルートの要である中欧班(中国欧州直通列車)が経由する重要な地点である。2013年以降、習近平政権は東欧におよそ190億ドルに上る投融資を行っているが、このうち80億ドルがウクライナと調印された。
 また、中国はウクライナにとって3年連続で最大貿易相手国となっている。特に農業分野への投資が大きく、2012年には中国輸出銀行がウクライナに30億ドルの農業融資を行うことで調印し、食料・農業用物資の輸出協力が行われている。
 2013年には、中国の習近平国家主席とウクライナのヤヌコヴィッチ大統領(当時)が「戦略的パートナーシップのさらなる深化」共同声明に調印し、中国とウクライナの関係は一段と深化。クリミア半島で深水港や食糧備蓄区、原油・天然ガスの備蓄基地などの建設が進められている。つまりウクライナは、一帯一路戦略を進める中国にとって、食糧面でもエネルギー面でも国外拠点となりつつあるのだ。

(c) Pavlo Luchkovski /Pexels

 ウクライナは米国の同盟国であり、武器供与も受けている。しかし、中国とウクライナの軍事関係は深く、ウクライナ国防産業の最大消費国は中国である。ウクライナの航空エンジンメーカーであるモトール・シーチ社とロシアの取り引きが2014年のクリミア危機によって制約されるようになってからは、中国が最大顧客になったのだ。中国の戦闘機エンジンの開発は、ウクライナの支援がなければ不可能だった。2017~2018年には、中国航空発動機集団子会社などが株式の過半数を取得し、買収を試みたこともあった。結局は、米国の要請でウクライナのモトール・シーチは再国有化され、中国による買収は阻止されたのだが。
さらに中国は、ウクライナから航空空母ワリヤーグを購入し、改造して中国初の空母「遼寧」と名付けたほか、ポモルニク型エアクッション揚陸艦なども購入している。ソ連崩壊後に失業したウクライナの軍事専門家やエンジニアは、中国が積極的に雇用した。こうした人的交流も、今なお中国とウクライナの軍事領域の強い絆となっている。
 こうした中国とウクライナの協力関係は、ウクライナの独立以前から続いてきた。ソ連解体によってウクライナが独立した時には、いちはやく国家承認を行ってクリミアのウクライナ主権を認めたし、ウクライナが核の脅威にさらされた場合は安全保障を提供することも約束していた。こうした中国の親ウクライナの姿勢は、ゼレンスキー現政権に対しても変わりはない。一方のウクライナ側も、台湾が中国の一部であるとの立場を公表している。

米中対立を利用したいロシア

 もっとも、中露関係についても、旧ソ連が崩壊して以来、今が最も深まっており、蜜月関係だと言えるだろう。習近平国家主席は、個人的にプーチン大統領が好きらしい。習近平氏がアジア相互協力信頼醸成措置会議(CICA)サミット出席のためにタジキスタンのドゥシャンベに滞在中、66歳の誕生日を迎えた時には、プーチン氏が習近平氏の好物のアイスクリームを手にお祝いにホテルを訪ねるなど、プーチン氏も習近平氏に対してはそれなりに気を使っているようだ。
 それでも、ロシアがいまなお一帯一路構想に参加しておらず、あくまで「ロシアが主導するユーラシア経済共同体とリンクさせる」という立場をとっているのは、中国が一帯一路を通じて旧ソ連地域や東欧で影響力を増大させていることに警戒感を持っているためだとみられている。

ベルリンのブランデンブルク門前で「Stop [Russian President] Putin, Stop war」と書かれたウクライナ国旗色の横断幕を掲げるデモ参加者たち。プーチンがウクライナ国境付近に軍隊を集結させていることを批判し、ドイツに対し、ウクライナの利益を守るためにより積極的な役割を果たすよう呼びかけた(2022年1月30日撮影)(c) AFP/アフロ

 このユーラシア経済共同体と一帯一路は、実は微妙に牽制しあう関係だ。中国は中国で、クリミア併合も、ウクライナ問題も、決してロシア支持は表明していない。
 つまり、ウクライナ問題については、本来、中国とロシアは対立する関係にある。モトール・シーチの買収が失敗して一番喜んだのは、実はロシアだという話も聞く。
 中露利益が微妙に対立するウクライナ、そして東欧、旧ソ連に属していた中央アジア地域に、米国、欧州の利益が絡んでくる。ロシアの目的は、ウクライナの占領自体よりNATOの東方拡大を阻止し、ウクライナのNATO加盟を阻止することで欧州における安全保障の枠組みを再構築することだとみられている。
 これまでカラー革命などで旧ソ連や旧東欧国の親ロ政権をさんざんつぶしてきた世界最強国の米国が、オバマ政権以降、急激にレームダックした。そんな中、中国習近平政権が、野心を隠すことなく、米国最大のライバルを目指している。プーチン大統領としては、この米中対立を利用すれば、NATOの東欧拡大を食い止め、ウクライナを西側勢力との緩衝地帯として維持できると踏んだのだろう。
 YouTube番組に登壇したロシアの戦略研究家、ドミトリー・ススロフ氏は、「米国が中国対応に軍事リソースを割くために、国際的非難を受けながらもアフガニスタンから撤退する様子を見て、プーチン氏が『今なら米国から妥協が引き出せる』と楽観視したのではないか」と言う。ドイツをはじめ、欧州諸国がロシアへのエネルギー依存を深めていることも、プーチンの自信につながった。

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