3カ月ぶりに市中感染のベトナムがイベントシーズンに突入
予防対策を徹底しつつ熱が入る国内需要の喚起策
- 2020/12/7
11月30日夜、ホーチミン市内で新型コロナウイルスの感染者が2人確認されたと一報が流れた。感染したのは、ベトナム航空の客室乗務員とその友人だという。ベトナムでは、市中感染が3カ月近くにわたってゼロを更新していたが、感染経路が特定されていることもあり、現時点では大きな混乱や社会活動の制限などは見られない。年末に向けてクリスマス商戦など人の動きが活発化するこの時期、改めて気を引き締めることとなった。
個人のプライバシーより優先される「公」
国内1342例目の感染となったベトナム航空の客室乗務員は、日本発フライトで乗務した後、ホーチミン市内の隔離施設で4日間を過ごした。その間に受けた二度のPCR検査は、いずれも陰性だったという。その後、自宅アパートに戻り自主隔離を続けていたが、5日目に受けたPCR検査で陽性反応が出た。自宅では母親と友人2人と濃厚接触しており、12月1日現在、友人1人とその濃厚接触者ら3人もPCR検査で陽性が確認されている。これを受け、1日時点でのベトナム国内の感染者数は1351人、回復者が1179人、死者は35人となった。
7月末に確認された中部ダナンを中心とする感染、いわゆる「第二波」の際は、感染経路が特定できなかったこともあり、ダナン発着のフライトもレストランの営業も停止され、ロックダウンが行われた。それに比べれば、今回は感染経路が特定されていることもあって、濃厚接触者や接触者の確認と隔離、検査がスムーズに行われているように感じる。
一連の報道を見ていると、感染拡大を防ごうというベトナム政府の本気度が改めて伝わってくる。氏名までは公表されないものの、客室乗務員の住所は部屋番号に至るまで、また英語講師として働く友人の勤務先は語学スクールの名前と住所も、つまびらかに報じられている。続報では、この友人の濃厚接触者や接触者が3ケタに及んだため、移動経路や滞在先を深堀する記事もローカル紙に掲載されていた。ベトナムでは、ことコロナ対策に関して、個人のプライバシーよりも「公」が優先されることを改めて思い知らされる。
緩和の難しさ 海外往来に神経尖らせる政府
在ベトナム日本大使館によると、海外から帰国を希望しているベトナム人のうち、現在、日本に滞在している人は約2万人に上るという。そのため、感染の封じ込めが功を奏し、市中感染ゼロが続いていた9月から10月には、帰国者の受け入れや、外国人の入国が一部緩和される動きも見られた。もっとも、9月末に韓国からの帰国者を受け入れた際は、予定していた隔離先がすでに満室で、到着後に違う滞在先が提示されたのだが、3倍から5倍の費用がかかる宿泊施設だったため、乗客がストを起こし、国際線の運航が一部停止される事態が発生した。ベトナム人の場合、春頃までは隔離中の費用を国に負担してもらえたのが、9月以降は自己負担になったためだろう。受け入れ施設には限りがあり、帰国者の動きが本格化するのはまだ先になりそうだ。
影響は、ベトナム在住の日本人にも広がった。ある韓国人男性が出張で2カ月以上ベトナムに滞在し、10月下旬に東京経由で帰国しようとしたところ、成田空港の簡易検査で陽性が判明した。ベトナム滞在中に男性が接触した人物リストとして日本人を含む100人以上が挙げられ、筆者の友人も濃厚接触者6人の一人とされたのだ。
ホーチミン保健局からの電話で事情を知らされ、その日のうちに隔離施設へ収容する旨を告げられた富永さん(仮名)は、急いでスーツケース2つに荷物をまとめ、勤務先に状況を説明。その後、地域の保健局に引き継がれ、同区内の隔離施設に連れて行かれたという。到着してすぐにPCR検査が行われた。3晩過ごした後は市内ホテルでの隔離生活に切り替えられたものの、宿泊費は自己負担とのこと。隔離期間中に2回行われた検査も結果はいずれも陰性だった。なお、成田空港で陽性とされた韓国人男性も、その後、2回のPCR検査では陰性だったという。
このように、ベトナムでは、個人情報も感染者(可能性も含めて)の扱いも、コロナ対策の名の下には有無を言わさない対応が取られる。背景には、長く続く共産党の一党支配によって、トップダウンの体制が徹底していることが大きいだろう。加えて、誰も経験したことのない特殊な状況下では、政府の方針に従うほか選択肢がないという事情もある。何より、年初から始まった政府の徹底したコロナ対策によってベトナムが感染拡大の封じ込めに成功してきたという事実こそ、国民が政府や関係各所の取り組みを評価し、素直に指示に従う理由だと考えられる。
「日常」になった検温やマスクのある暮らし
市中感染が4カ月にわたりゼロだったホーチミンでは、市民の生活も比較的平穏だった。
10月、かれこれ10年以上の付き合いになるThuさんの婚約式に招かれた。結納と、ごく親しい身内に向けたお披露目の食事会を兼ねたもので、ベトナムでは一般的な婚礼関係のイベントだ。自宅でのこじんまりした集まりをイメージして会場に向かうと、花と緑をふんだんにあしらったデコレーションが飾られた庭にテーブルとテントが設置された盛大なものだった。100人を超える招待客の中でマスクをした人はいなかった。
公共の場所ではマスク着用が求められるが、それも最近では飲食店やショッピングモールに入る時に気をつける程度だったし、早朝の公園をウォーキングする際も、立ち止まって一呼吸ついたり、同じ場所で体操している人たちは、マスクから鼻だけ出したりしている人が多い。
タクシーやGrabなどの配車アプリを利用する際も、緊張感の緩みか、マスクをつけていない運転手をしばしば見かけた。一時期は滞ったマスクの供給も、最近では使い捨ての不織布マスクが50枚入りで8万ドン(約400円)前後で買えるようになり、コロナ以前の価格帯に戻った印象だ。素材や製造方法の種類も豊富で、選択肢が増えた。
検温も、施設や場面によって対応はまちまちだ。11月中旬、ホーチミンから飛行機で40分ほどの高原地帯、ダラットへ旅行した。筆者は8月以降、国内線はほぼ毎月利用しているが、空港内や機内は以前の人出が戻りつつある。施設内でも機内でもマスクの着用は徹底しており、搭乗口ではチケットチェックと併せて検温が行われていた。筆者も現地の人々も、それぞれ必要だと思う感染予防対策をとりつつ、外出や国内旅行を続けている。