フン・マネット氏、フン・セン首相「後継者」への道
強権化進むカンボジアの礼賛記事から次期リーダー問題を読む

  • 2022/11/10

 カンボジアは2023年7月、5年に1度の国民議会選挙を迎える。1993年に新生カンボジアの共同首相に就き、以来、30年にわたり国の指導者を務めるフン・セン首相は、2023年の総選挙にも出馬する意向を示しており、フン・セン体制はしばらく続くものとみられている。一方で首相は昨年12月、長男のフン・マネット陸軍司令官を事実上の後継指名する演説をしている。
 カンボジアの英字メディア、クメールタイムズは、9月20日から22日の3日間に渡り、「社説」として、フン・マネット氏がいかに次期首相にふさわしいかを論じた記事を掲載した。記事には、「フン・セン首相は次期総選挙にも出馬する」と明言されており、首相交代の時期がいつになるかは言及されていない。しかし記事には、フン・セン首相とその周囲が、フン・マネット氏後継の道を盤石なものにしようとする意図がみえる。

カンボジア・プノンペン市内のオリンピック競技場で開かれた軍用トラックの引き渡し式であいさつするフン・セン首相の息子、フン・マネ氏(2020年6月18日撮影)(c) AP/アフロ

人民党による野党勢力の抑圧

 記事内容を伝える前に、カンボジアの政治状況について知っておく必要がある。
 カンボジアの国民議会は現在、123議席のすべてを、フン・セン首相が率いる与党・カンボジア人民党が独占している。この一党独裁状態は、前回2018年の総選挙で生まれた。
 そのさらに5年前、2013年の総選挙では、人民党に対抗する勢力として、カンボジア救国党が存在していた。救国党は最大野党として、現政権に不満を持つ層や若者の支持を受け、総選挙では人民党に肉薄する勢いをみせた。総選挙では人民党が辛勝したものの、救国党の支持拡大は、与党関係者が「目が覚めた」と思わずこぼしたほどの勢いだった。
 この選挙で危機感を強めた人民党は、野党勢力の抑圧に乗り出した。一方の救国党は、選挙に不正があったとして国会をボイコット。与野党は対立したままの膠着状態が続き、やがて2017年の地方選挙を迎えた。この選挙でも得票数においては人民党と救国党が競る形となり、人民党はさらに危機感を強めた。そして、「救国党と共謀して国家転覆を狙った」として、米国勢力を抑圧のターゲットにし、米系英字新聞や米系NGO、ラジオ放送局などを相次いで弾圧した。さらには、救国党の党首(当時)だったケム・ソカー氏を、国家転覆罪で逮捕。党首が逮捕されたとして、救国党を「解党」した。
 人民党による野党勢力の弾圧は、国際的に批判を浴びたが、カンボジア政府は意に介さず、2018年の総選挙は、事実上、野党勢力を欠いたまま実施された。
 このような政治状況下で、フン・セン政権に批判的な勢力はカンボジア国内にはほぼ存在しなくなった。米系以外に存在していた独立系の英字紙も編集長の交代などで批判的な記事を掲載できなくなった。フェイスブックは監視下にあるとされ、批判的な投稿は「フェイクニュース」、あるいは「国家転覆を狙った」などとして摘発されることもあった。また、カンボジアでは現在、国内から発信されるウェブサイトはすべて、国が管理するプロバイダーを通すようにする、というインターネットゲートウェイ政策が検討されている。

敷かれたレールを盤石にするための社説3部作

 クメールタイムズ紙が掲載した「社説」は、従って、フン・セン首相が後継指名したフン・マネット氏を礼賛する目的の記事であり、首相が敷いたレールを盤石にするための下ごしらえである。そのことを踏まえた上でこれらの読むと、フン・マネット氏にどのような「リーダー像」を担わせたいのか、が垣間見えるだろう。
 フン・マネット氏についての社説3部作は、「なぜフン・マネット氏が次期首相なのか」を、説明している。
 社説はフン・マネット氏の立場について、「10年前、フン・セン首相もフン・マネット氏も、後継についてははっきりとした意思は持っていなかった。しかしフン・マネット氏は今、公式に人民党の中央委員会によって将来の首相候補として承認された。残る問題は後継がいつなのか、ということだ。フン・セン首相は、2023年の総選挙には出馬すると明言している」と、説明している。
 フン・マネット氏のリーダーシップについて社説が具体的に挙げたのは、まず、2011年、タイとの国境線をめぐる武力衝突における和平構築力だ。カンボジア、タイ国境にあるプレアビヒア寺院敷地内に敷かれた国境線について両国は長年にわたって対立してきた。これが再燃し、両国軍が国境でにらみあう事態となったのが2011年。社説は、「フン・マネット氏はこの時停戦に向けて交渉に尽力し、タイ側からさえも信頼を得た。彼は最前線でその力を試されたのだ」と書いている。
 また、新型コロナの感染が急拡大した際には、「たった2日で」閉鎖状態にあったプノンペンの高級ホテルを丸ごとコロナ病床に変えた、という判断力と行動力も称えた。首都だけでなく、シェムリアップや、タイ国境で感染者が急増したオッドーミエンチェイ州でも治療センターや隔離センターを迅速に設置した、という。
 そして社説は、カンボジアには「平和的な権力移譲が必要」であると主張する。これまでの歴史の中で、武力闘争なしに指導者が交代したことはなかった、と社説はいう。だからこそ、フン・セン氏からフン・マネット氏への継承はカンボジアにとって貴重なのだ、という。さらに次期首相は、フン・セン首相の「カリスマ性」を引き継ぎ、また30年以上にわたる功績を背負うことができる候補者でなければならない、と指摘した。
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 来年の総選挙もこのままでいけばフン・セン人民党が圧倒的に優位だといわれている。しかし、今年6月に実施された地方選挙では、与党・人民党が圧勝したものの、救国党の流れをくむといわれるキャンドルライト党が、2割を得票している。言論や表現や政治活動を抑制された中では、かなりの奮闘だと言っていい。フン・マネット氏の後継者への道が盤石かどうかは、まだ未知数だ。

 

(原文) 
①https://www.khmertimeskh.com/501153220/why-hun-manet-is-the-prime-minister-in-waiting/
②https://www.khmertimeskh.com/501153884/why-hun-manet-is-the-future-prime-minister/
③https://www.khmertimeskh.com/501154648/if-not-hun-manet-who/

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