カンボジア、首相交代で新たな時代は来るか?
終わらぬ独裁体制下で見える変化の兆し

  • 2023/9/12

 7月23日に実施されたカンボジアの国民議会選挙(定数125)は、フン・セン氏率いる与党・カンボジア人民党が120議席、王党派のフンシンペック党が5議席を獲得する結果となった。投票率は約85%と、極めて高かった。フン・セン氏は選挙後、首相退任を発表。8月22日には今回の選挙で当選した長男のフン・マネット氏が後継首相に就いた。38年間にわたりカンボジアの首相の座にあったフン・セン氏の退任は、歴史の大きな節目と言える。
 しかし、カンボジアの選挙をめぐっては、フン・セン政権によって「野党勢力の排除」が行われたため、国外に逃れた野党勢力の指導者や国際社会から批判の声が上がっている。

カンボジアのプノンペン郊外で、縫製業の労働者と面会するイベントに出席したフン・マネット新首相。この日、就任以来初めて公の場に姿を現した(2023年8月29日撮影)©️ロイター/アフロ

総選挙を絶賛する国内メディア
 カンボジアの英字紙クメールタイムズは8月3日付の社説で、野党勢力が総選挙を批判したことに対し、「恥を知れ」と激しい言葉で非難した。同紙を含むカンボジアのメディアは2013年以来、野党勢力の弾圧が続けられてきた中で独立性が薄れ、ほとんどが政府寄りの立場をとっている。こうした背景を踏まえたうえで、同紙の社説を紹介する。
 社説は、今回の選挙戦で野党勢力による「反選挙」キャンペーンが行われたものの、その目論見は失敗に終わった、と主張する。その証拠として、社説はまず無効票の存在を挙げる。前回2018年の総選挙では最大野党が解党されたため、選択肢を失った国民は、「投票には行くものの、有効票を投じない」という手段で与党への抵抗を示した。その結果、無効票率は8.55%と、通常の選挙の1~2%を大きく上回った。
 ところが、今回の選挙では、無効票率は5.6%だった。社説は、「挑発者による積極的かつ持続的なキャンペーンにも関わらず、無効票率は減少した」と強調する。「無効票率5.6%」を高いと見るか、低いと見るかは、立場によりさまざまだろう。確かに前回よりも下がったが、いまだ通常よりも高い状態であることも事実だ。
 また社説は、「カンボジアは完璧ではないかもしれない。しかし、ASEAN域内では現在、少なくとも3カ国以上が選挙後に内紛や権力闘争に直面している中、カンボジアは政治的安定の道しるべを示した」と述べ、総選挙によって政治的安定がもたらされたと主張した。

首相交代で、中国への依存脱却なるか

 同じ東南アジアのシンガポールは、カンボジアの総選挙と首相交代をどう見ているのか。シンガポールの英字紙ストレーツタイムズは、8月1日付の社説で「カンボジア、新たな時代の始まり?」と題した記事を掲載した。

 社説は、総選挙について「与党のカンボジア人民党が地滑り的に勝利を収めるだろう、という大方の予想通りの結果となった。最大野党のキャンドルライト党が国家選挙管理委員会によって参加資格を剥奪されたにも関わらず、投票率は84%という高い水準に達した」と概観した。その一方で、「非政府組織であるASEAN人権議員連盟は、この選挙が不公正だと非難した」と、域内で批判の声が上がっていることにも言及した。
 しかし社説は、国際社会の関心が、選挙の動向よりも、直後に行われた首相交代に移っていると指摘する。「今回の政権移行は、近隣諸国だけでなく、多くの国の関心を集めている」。社説は、フン・マネット新首相が、アメリカの陸軍士官学校を卒業し、イギリスでも教育を受けたことに言及。さらに、フン・マネット氏が中心になり、インドとの間で、防衛を含む協力関係の構築に乗り出していることも指摘した。
 こうした動きについて、社説は「中国一辺倒だったカンボジア政治が変わりつつある兆し」だととらえる。「フン・セン氏よりも年齢が上の各国の指導者たちが再選を目指そうとする中、フン・セン氏が70歳で退任した。この事実は、長年にわたりフン・セン氏を縛り付けてきた人間関係が、退任を機にリセットされる可能性があることを示唆している」

 フン・セン氏は、退任後も、与党・人民党の党首として政治的な影響力を維持している。新首相のもとで、シンガポール紙が指摘するような「新たな動き」が始まっているとしても、それもは百戦錬磨のフン・セン氏による巧みな外交術なのかもしれない。

(原文)

カンボジア:

https://www.khmertimeskh.com/501336098/shame-on-you-for-criticising-cambodias-general-election/

シンガポール:

https://www.straitstimes.com/opinion/st-editorial/new-beginnings-in-cambodia

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